ミラノからパリへ移動して、引き続き連載を担当します。どうぞよろしくお願いします。
初日早々、衝撃の体験をしました。少し長くなりますがお付き合いください。
ミラノから移動し、夜遅くにパリのホテルにチェックインしました。夜ですし、雨が降っているし、初めて泊まるホテルなので少々緊張気味。アパートメントタイプ故、セキュリティーが厳重です。鍵を使って宿泊者エリアに入り、鍵を使ってエレベータで上がり、鍵を使って部屋に入りました。
1フロアに3部屋だけ。静かで安心だけど、少々閉ざされた感もあります。部屋の明かりをつけてきれいな部屋にホッと一安心。コートを脱ぐか脱がないか、と、その時!
ピンポーン。
部屋のベルが鳴りました。
「ハロー」と問いかけても返事はなし。静かなフロアと雨の音と無言のピンポン。怖じ気づきつつ、フロントの人が忘れ物を渡しに追いかけてきたのかな位に思って扉を開けるとそこには……
バラを一輪持った男性が立っていました。
おじいさんに近い年齢の、背が高い男性です。凍りつく私と、フランス語でもごもごと話しかけつつバラを渡そうとするおじいさん。その距離30センチ。
なぜ花売りがこんな場所まで来るの?鍵をいくつも使わないと来られないはずのこのフロアまでなぜ???と自問する間もなく、反射的に「ノー!」と言って扉を閉めました。
扉の近くで外の様子をうかがっていると、1分位してエレベーターが動く音がしました。どうやら降りていったようです。心臓のドキドキが止まりません。そっと扉を開けて外を見ると誰もいませんでした。バラもありません。
部屋に戻り、先にチェックインした同僚2人に速攻、LINEを送りました。若い2人とパリ出張に来ている上司としては緊急事態です。今のパリには必要以上の緊張感がありますから。
以下はそのやり取りです。
私「部屋のベルが鳴って開けたら花売りが立っていて本当に恐かった。2人も気をつけて!」
記者I「えっ(困惑)」
記者Y「『ヴェトモン(VETEMENTS)』の招待状じゃないですか、それ!」
私「え?」
記者Y「受け取らなかったんですか?笑」
私「受け取らずに閉めました。まじな話?」
記者Y「まじです。部屋の前とかに置いてありません?」
私「ない」
記者Y「拒否られたからフロントに預けられているかもですね」
私「勘弁して!」
記者I「恐怖!」
とまあ、恐怖心をあっという間に解消してくれたLINEって便利、という話はさておき、そう、バラ売りの男性は「ヴェトモン」の招待状の配達人だったのです。パリではレストランなどに花売りの人が入って来ることはよくありますが、どうやらそれを模した演出です。
その後フロントで、バラの造花一輪と小さな小さな招待状を受け取りました。フロントスタッフに「怖かったよ!ナンなの!あなたたち、彼を中に入れたでしょ。共犯?」と訴えると、ケラケラ笑っていました。そこ、笑うところじゃないから!!と睨みをきかせつつ、恐怖心が抜けて脱力後はこちらも笑いが止まらず。バラ一輪を手に、深夜のパリでいつまでも大笑いです。その絵もきっとある意味怖かったでしょう。
ドキドキを共有すると仲良くなるという、デートの戦法があるそうですが、そういう狙いでしょうか?少なくとも、話題の「ヴェトモン」の世界にいきなり引きずり込まれたことは確かです。
「ヴェトモン」のデムナ・ヴァザリアは、弊紙とのインタビューの中で、これまでショー会場に中華レストランやゲイバーを選んできた理由について「“本物”のリアルなパリであることが重要だから」と話していましたが、招待状配達の演出はまさにパリのリアル。そして、少し挑戦的。「ノー」と言って扉を閉じたこちらの対応も予測していたのかもしれませんね。「ヴェトモン」チームは、そんなコミュニケーションも楽しんでいそうです。
翌日、「ジャックムス」のショー会場に、デムナを中心に徒党を組んで現れた「ヴェトモン」軍団の様子を見て、彼らのいたずら魂を確信しました。そこがチュイルリー公園内のシンプルなテントの中であれ、フードを被り、絡み合って笑いながら歩く彼らの周囲だけには混沌とした雑踏のような景色が広がっていました。
申し訳なかったのは花売り役のアルバイト(だったと思われる)の男性です。ごめんなさい。でも、本当に怖かったのです。
そんな「ヴェトモン」のショーは、パリ時間本日3日の夜9時から。どんなリアルが飛び出すか、楽しみです。
なお、動揺に加え、造花がリアルだったため約2日間、水を入れた花瓶に挿しました。
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