ファッション

“記憶のコラージュ”が生み出す田名網敬一の世界 奇想天外なモチーフと極彩色の原点は幼少期の体験

 現代美術家・田名網敬一の作品に触れて驚かない人はいないだろう。極彩色と奇想天外なモチーフがいくつも登場する世界は、どのようにして生み出されるのか。これまで田名網が創作してきた作品は、ペインティングや立体作品の他にも、グラフィックやイラストレーション、実験映画、アニメーションと多岐にわたるジャンルを横断し、世界中のアーティストから絶大な支持を得ている。

 そんな田名網の個展「Tanaami × adidas Originals」が渋谷のナンヅカ(NANZUKA)で開催されている。同展は「アディダス オリジナルス(ADIDAS ORIGINALS)」のアーティストコラボレーションプロジェクト「アディダス ギャラリー(adidas gallery)」の一環として企画された特別展だ。80歳を超えてもなお、驚異的なバイタリティーで活動を続ける田名網は、想像と創作の間から現れたような軽妙さとすごみのあるたたずまいで、ときに過去の感情や光景を交えながらも淡々と制作背景や創作の日々について語った。

WWD:「Tanaami x adidas Originals」の開催に至った経緯を教えてください。

田名網敬一(以下、田名網):「アディダス」の社内に加瀬さんという僕の熱烈なファンがいて、画集を出版する時に援助してもらった事があったんです。その方が2〜3年前に「アディダス」のドイツ本社に転勤されて、新たなプロジェクトとしてグローバル規模で協業したいという今回のオファーをいただいたのがきっかけです。

WWD:これまでいくつものファッションブランドと協業してきましたが、決め手は何ですか?

田名網:基本的にファッションブランドとの仕事は好きなんです。というのも僕の作品は静止画だからです。洋服にデザインをすると光の反射やよじれで絵が動いて、それが街中で見られる。1枚の静止画は飾られたまま動かないでしょう。だから動きが見えるという意味でファッションは、僕のアートワークとは別世界なので純粋に楽しいんです。

WWD:アニメーションとは違う動きですか?

田名網:アニメーションは映像なので動き方がまったく違います。ファッションには、人が着用することで日常の中で“生きて動く”という面白さがあるんです。

WWD:今回、極彩色の世界の中でアレンジされた「アディダス」のロゴが印象的です。

田名網:ブランドの仕事をする場合、たいていロゴをいじることは断られるんですよ。例えば、「コカ・コーラ(COCA-COLA)」のロゴは自由にデザインさせてくれないでしょう?ロゴは企業イメージにとって一番大切なものなので、ロゴを自由にデザインできたことがこの作品の最大のポイントと言えます。だって、僕の絵の中に手を加えない「アディダス」のロゴが、そのまま入っているとすればものすごい違和感じゃないですか。

WWD:極彩色のクモなどのモチーフも含めて、田名網さんの作品は“色”が重要な意味を持つと思います。“色”への意識は、アーティストとして活動を始めたときから今まで変化はありますか?

田名網:ないですね。突然、極彩色の色合わせがひらめいたのではなく、幼少期の経験が影響しているからですよ。幼少の頃、今の日本橋高島屋の裏側一帯は服地問屋街だったんですが、その中の1軒が祖父の経営している店で、僕も住んでいました。店はスーツの裏地のロゴやネームを刺しゅうする仕事を請け負っていました。当時のスーツの裏地にあるブランドロゴは今よりも格段に大きくて、名刺大サイズくらいあったんです。チラッと見える派手さが、上質なスーツのステータスだったのか、それくらいのボリュームが必要だったんでしょうね。刺しゅう用の金糸も、キッチュなデザインにものめり込んでいきました。

WWD:当時のブランドロゴのデザインに惹かれたんですね。

田名網:ブランドロゴは反物みたいに切って貼るから、長い紐のような束になってとじられているんです。店の棚の上には何百本というきれいな色の糸が詰まっている。その時の極彩色の刺しゅう絵の世界にのめり込んだわけ。金色のラクダが砂漠を歩いていて、空には円盤が浮かんでいるようなシュールな絵がいっぱいあったんですよ。絵本を見るよりも面白かったから、毎日3階の倉庫に行っては刺しゅう糸で遊んでいました。この刺しゅう糸による極彩色体験が今でも強烈に刷り込まれているんです。

WWD:色彩感覚はどのように培ったんでしょうか。

田名網:日本橋高島屋の裏に住んでいたので、遊び場は高島屋でした。当時、日本橋高島屋での買い物は最高のステータス。いろいろな人種がひしめいてる中でエレベーターに乗ったりして遊ぶわけです。そこで見た着物の景色も極彩色のイメージ。この体験こそが色彩感覚を培ったんだと思います。

WWD:戦争の原体験も作品に影響を与えていると聞きました。

田名網:戦争経験は“記憶のコラージュ”をするための引き出しにあるモチーフの一つに過ぎないです。むしろ極彩色の世界は、子供の頃に服地問屋街や日本橋高島屋の中で見た景色に影響されています。

WWD:“記憶のコラージュ”とは?

田名網:特に幼少期が強いのですが、僕の創作動機は記憶に基づいています。一概に記憶といっても食の記憶や戦争の記憶、遊びの記憶、母親と暮らした記憶など、ありとあらゆる記憶が存在する。僕の絵はそれらの記憶がコラージュされてできているんです。一つの作品が100とか200くらいの要素で構成されているのは、今までのあらゆる時代の記憶が凝縮されて張り合わされたもの。幼少期から、そして60年代のニューヨークでの経験から続く“身体性”に基づくものまで、喜怒哀楽の感情で考えても数えきれない記憶があって、それが1枚の絵の中に凝縮されている。あれもこれもやりたいという意欲でこういう絵ができあがるんです。

WWD:田名網さんの作品では「経験」と「記憶」の他に「夢」もキーワードですよね。

田名網:人間は一生の3分の1は寝ているわけですから、その3分の1を無駄にしたくない。40年以上前に夢を自分の世界に取り込もうと思ったんですよ。明恵(みょうえ)上人の「夢記」を読んだことも、夢にまつわる作品を手掛けたきっかけですね。

WWD:朝起きて夢を書きため続けたとか。

田名網:見た夢はすぐに忘れちゃうでしょう。だから、朝起きてその日見た夢の記録を日課にしていたんですけど、精神状態がおかしくなっちゃったんです。日毎にもっと面白くならないと意味がなくなってしまいそうで、奇形な描写の夢を期待してしまう。でも、夢は常に期待に答えてくれるものではないですから。

WWD:強迫観念のような感情に変化したと。

田名網:はい。その結果、眠れなくなって病院に行ったら夢の記録をすぐにやめるように言われて睡眠薬を飲んだらすぐに回復しました。それからしばらくは夢の記録をやめるようになりました。

WWD:最近は記憶にとどめておきたいような夢を見ますか?

田名網:意識的に見る夢よりもはるかにつまらないものばかりです。毎日連続で夢を見ているときは、“面白い夢を見ること”を自分に課すわけですから、想像を絶するモチーフが出てくる。次第に日常にも影響してきて、作品に掛ける気持ちが湧き、面白い夢を見ようという心構えと現実がシンクロするわけです。創作においては有意義な作業のサイクルが生まれるんですが、その結果、具合が悪くなってしまったんです。夢の記録をやめると、日常のワンシーンのような書きとどめる意味がないようなものばかり見るようになりました。

WWD:今後の構想は?

田名網:これまでの活動を続けていくということくらいでしょうか。未来に対してあまり良い展望がないんですよ。それよりも過去の記憶は無尽蔵で際限がないから楽しいですよね。たとえ10歳でも頭の中には膨大な記憶が刷り込まれているでしょう。その後、記憶は生きる年齢に比例して無限大に広がっていく。表現するための原石は、無尽蔵に記憶の中に隠されているから、制作の際に大量の記憶がよみがえる。今、未来を想像すると貧困なイメージになってしまうかもしれないですよね。現在を標的にしたらつまらないものになってしまう気がするんです。

WWD:今の世相をより強く反映しそうだからなのでしょうか。

田名網:そうですね。僕の作品は要素の一つ一つが時代に関係なく記憶の引き出しに収納されていて、そこから選び取ってコラージュする。子どもの頃の記憶も最近の記憶も、それぞれカットアップして組み合わせるから自分らしい世界になるんですよ。

■Tanaami x adidas Originals
日程:2月2日〜3月9日
時間:11:00〜19:00
定休日:日・月曜・祝日
場所 : NANZUKA
住所 : 東京都渋谷区渋谷2-17-3 渋谷アイビスビル地下2階
入場料:無料

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