アン・ソフィー・ヨハンソン「H&M」クリエイティブ・アドバイザー(左)とセシリア・ブランステン「H&M」環境サステイナビリティー統括責任者
「H&M」は、サステイナブル素材を駆使したハイエンド・コレクション“コンシャス・エクスクルーシブ(CONSCIOUS EXCLUSIVE)”の新作を4月11日に発売する。9回目となる2019年春夏のインスピレーション源は、“自然の美しさと癒しの力”。レッドカーペットでも着用できることを掲げるコレクションらしくスパンコールやラッフルをあしらったドラマチックなイブニングドレスや、テンセルとオーガニックリネンを用いたテーラードセットアップをはじめ、リヨセルや再生ポリエステル製のよりカジュアルなプリントアイテムまでをそろえる。さらに、再生プラスチックや再生シルバーと半貴石を組み合わせたジュエリーや、再生ポリエステル製の水着などもラインアップ。植物やミネラルなど自然界の優しい色味を基調にした、リラックスムードを感じるコレクションに仕上がっている。
“コンシャス・エクスクルーシブ”2019年春夏コレクションのキャンペーンビジュアル
“コンシャス・エクスクルーシブ”2019年春夏コレクションのキャンペーンビジュアル
“コンシャス・エクスクルーシブ”2019年春夏コレクションのキャンペーンビジュアル
“コンシャス・エクスクルーシブ”2019年春夏コレクションのキャンペーンビジュアル
“コンシャス・エクスクルーシブ”2019年春夏コレクションのキャンペーンビジュアル
“コンシャス・エクスクルーシブ”2019年春夏コレクションのキャンペーンビジュアル
同コレクションの最大の特徴は最先端のサステイナブル素材を積極的に取り入れていることで、これまで海洋に投棄されたプラスチックを原料にした再生ポリエステル「バイオニック(Bionic)」や漁業網などのナイロン廃棄物を100%再生した「エコニール(Econyl)」などをフィーチャーしてきた。今シーズンは新たな素材として、パイナップルの葉から取り出したセルロース繊維で作られた天然皮革の代替素材「ピニャテックス(Pinatex)」、柑橘系ジュース類の副産物をリサイクルしたシルクのような質感の「オレンジファイバー(Orange Fiber)」、植物由来で柔軟性のある発泡素材「ブルームフォーム(BLOOM Form)」を採用している。
また、今回は発売に先駆けて、4月6日に日本初のポップアップストアを東京・南青山のラ コレッツィオーネに1日限定でオープン。会場では、同コレクションを販売するほか、オーガニックコットンや再生ポリエステルなどベーシックなサステイナブル素材のみを使った“コンシャス・コレクション(CONSCIOUS COLLECTION)”のウィメンズとキッズアイテムもそろえる。
1月末にドイツ・ベルリンで開催された“コンシャス・エクスクルーシブ”発表イベントに登壇したアン・ソフィー・ヨハンソン(Ann Sofie Johansson)=クリエイティブ・アドバイザーとセシリア・ブランステン(Cecilia Bransten)環境サステイナビリティー統括責任者に、コレクションの製作背景からサステイナビリティーに関する取り組みの現状までを聞いた。
−まず、イベントをベルリンで開催した理由は?
アン・ソフィー・ヨハンソン「H&M」クリエイティブ・アドバイザー(以下、ヨハンソン):ベルリンは、ボヘミアンな街でアートやクリエイティブ・シーンも活発。なので、今回のコレクションのコンセプトにぴったりだと思いました。
−2012年にスタートし、9回目になる“コンシャス・エクスクルーシブ”だが、今回はよりカジュアルな印象を受けた。今シーズンのポイントは?
ヨハンソン:今回は確かにカジュアルなアイテムが多いですが、ただ「カジュアル」というよりも「ボヘミアン」という表現がふさわしいかもしれません。ロサンゼルスの雰囲気をほうふつとさせるリラックススタイルが特徴です。しかし、“コンシャス・エクスクルーシブ”のDNAは最初から一貫して変わらず、特別な日にドレスアップできるアイテムをそろえるとともに、毎回最先端のサステイナブル素材を採用しています。
「オレンジファイバー」と「テンセル」を使ったクロップドトップス
「ピニャテックス」と再生ポリエステルで作られたジャケット
「ブルームフォーム」と再生ポリエステルを使用したサンダル
−パイナップルの葉から作られたレザーの代替素材など今回もユニークな素材使いが目を引く。新たに採用した素材について教えてほしい。
セシリア・ブランステン「H&M」環境サステイナビリティー統括責任者(以下、ブランステン):革新的な天然繊維の「ピニャテックス」は、収穫の際の廃棄物だった葉の部分を天然皮革の優れた代替品として生まれ変わらせたもの。今までは行きどころのなかったものを 無駄なく再利用して、レザーのような素材を作り出すことができました。今回発表したジャケット一着には、およそ16kgのパイナップルの葉が使われています。また、オレンジファイバーに関しては、H&Mファンデーション(H&M FOUNDATION)が主催する第1回「グローバル・チェンジ・アワード(Global Change Award)」(循環型のファッション業界を実現するための革新的なアイデアを競うコンペティション) で受賞したアイデアです。このアワードから生まれた素材を使えることは、非常にうれしいですね。そして、「ブルームフォーム」は、(藻類の大量発生による有害な水の着色現象である)藻類ブルームを引き起こす可能性の高い淡水域から集めた藻類バイオマスを使用した、植物由来の柔軟性のある発泡素材です。今回はサンダルのソールに使用されていますが、靴のソールの代替品はなかなか他にないので、今後の広がりをかなり期待できるのではないかと感じています。
−昨年には初の秋冬コレクションを発表した。今後も春夏だけでなく秋冬を提案していく予定か?
ヨハンソン:はい。次回の新素材についてはまだお伝えできませんが、もちろん全く新しいものを使用したコレクションを提案する予定です。もしかしたら、素材ではなく、染色やプリントなど生産工程にフォーカスしたものになるかもしれません。いずれにしても、包括的によりサステイナブルなものになります。年々、私たちが使用してきたサステイナブル素材のリストは増えています。例えば、昨年の秋冬コレクションではベルベットを採用。ただし、開発期間は2年にも及びました。新素材の開発は本当に時間がかかるため、サプライヤーと密に連携をとる必要があるのです。
−現在は素材へのフォーカスが中心だが、今後は生産工程に関しても最先端のサステイナブルな方法を取り入れていくということか?
ヨハンソン:「H&M」では生産工程において化学薬品の使用に関する厳しい規制が設けられていたりとさまざまなことに取り組んでいて、現状でも可能な限りサステイナブルであるように努めていると言えます。今後は「ドライダイ(Drydye)」など水を使わない染色方法にもチャレンジしてみたいと思っていますし、大量の水を必要とするプリントの工程においても他の可能性を探る必要があると考えています。なので、素材だけでなくサステイナブルな生産工程をフォーカスすることも、今後のコレクションでは視野に入れていく予定です。
−今シーズンはウィメンズのみの提案だが、メンズやキッズにも取り組む予定は?
ヨハンソン:そうですね。コレクションのテーマやコンセプトにフィットするようであれば、また是非発表したいですね。キッズに関してはWWFとのコラボレーションや通常のコレクションなどでも積極的にサステイナブルなアイテムを手掛けていますし、メンズもニーズを感じているので、必ず取り組んでいきたいと考えています。
ベルリンで行われたイベントの様子
ベルリンで行われたイベントの様子
ベルリンで行われたイベントの様子
−「H&M」の中で“コンシャス・エクスクルーシブ”が担う役割とは?
ヨハンソン:“コンシャス・エクスクルーシブ”の良いところは、「H&M」が取り組んでいるサステイナブル・ファッションへの理解や認知を高めることができる点です。持続可能なファッションに関心を持つ人とのつながりを深めることはとても重要だと考えていますし、サステイナブル・ファッションが“ファッション”として成り立つことを知っていただくのは非常に大切です。サステイナブルな商品を発売しても、誰も着用しなかったら結果的にサステイナブルではありませんよね。なので、サステイナブル・ファッションであっても“ファッション”が何よりも重要な要素であり、最優先されるべきだと考えています。
−“2030年までに全ての商品をサステイナブルまたはリサイクル素材に切り替えること”を目指しているが、それは「H&M」のみか?それとも、グループ全体か?
ヨハンソン:「H&M」だけでなく「コス(COS) 」や「& アザー ストーリーズ(& OTHER STORIES)」などH&Mグループの全ブランドにおいて実現する計画で、そこには「H&Mホーム(H&M HOME)」も含まれます。
ブランステン:すでに全素材のうち57%がサステイナブルまたはリサイクル素材になっています。“2020年までに100%のコットンをリサイクルまたはサステイナブル・コットンに切り替える”という目標も掲げているのですが、これについては現時点ですでに95%を達成しています。
−通常のコレクションでも、かなりサステイナブル素材への移行が進んでいるということだが、逆にどういった点で“コンシャス・エクスクルーシブ”は異なるのか?
ヨハンソン:はい、「H&M」では全商品においてサステイナビリティーを意識しています。ですが、“コンシャス・エクスクルーシブ”ではパイナップルの葉やオレンジの皮に由来する繊維など最新のサステイナブル素材を採用していて、サステイナビリティーという視点でさらに一歩先を行くコレクションになります。通常のコレクションには最先端の素材は使われませんから。これらの新素材は、いずれ規模が拡大して通常の商品にも使われるようになるかもしれませんが、現在のところは“コンシャス・エクスクルーシブ”で実験的に使い、素材の可能性やお客さまの反応を見ています。なので、新素材を実験的に使用することが、このコレクションの大きな特徴ともいえます。そして、ここから得た知識や経験を生かして、最終的には通常のコレクションにも使えたらと考えています。
ブランステン:実際のところ、テンセルは“コンシャス・エクスクルーシブ”でまず採用し、そこから通常の商品にも使われるようになりました。再生ポリエステルも同様で、今や世界最大規模のユーザーになっています。もしかしたら、次は「オレンジファイバー」や「ブルームフォーム」でそれを実現できるかもしれませんね。
ベルリンで行われたイベントの様子
ベルリンで行われたイベントの様子
−今後あらゆる商品にサステイナブルな素材を用いることになると、商品の価格帯は変わる?
ブランステン:それはありません。“コンシャス・エクスクルーシブ”に関しては、特別な新素材を取り入れているため、高めの価格帯に設定されています。一方、通常のコレクションに関しては幅広い商品をラインアップしているため、価格の低いものから高いものまでがあります。例えば、ドレスなど特別な日に着用できるようなアイテムは高価格帯に設定されていますが、Tシャツやパンツなどベーシックなものに関してはロープライスです。今後も全体の仕組みは変わることはなく、サステイナブル素材が取り入れられるために全体の価格が上がることはありません。サステイナブルな商品は、一部の人だけのものではなく、全ての人の手に届くものでなければならないと考えています。
−H&Mのような大企業がサステイナビリティーに対する取り組みを行うことの意義をどのように考えているか?
ブランステン:非常に重要です。大企業として大きな責任があるのはもちろんですが、それと同時にファッション業界に大きなインパクトを与えて抜本的な変化を起こすことができる可能性を秘めています。そういう意味では、大きなチャンスと言えるでしょう。
ヨハンソン:そうですね。真の変化を起こしたい時、それを実現させるために多くの人にリアルにリーチできるH&Mの世界的な規模は有益だと思います。
−近年、消費者のサステイナビリティーへの意識も高まっているように感じるが、この変化をどのように受け止めているか?
ヨハンソン:まさに世の中のサステイナビリティーへの意識は高まっています。特に若い世代の間で浸透しているようで、彼らは洋服がどこでどのように作られたかに高い関心を持っているのです。私がH&Mに入社した1980年代を振り返ってみると本当に大きな変化ですが、私たちは正しい方向に進んでいると思います。今後、(世界の人口が増える一方で資源は減っていく中で)これまでと同じようにビジネスを継続することは難しくなります。そのため、新しい方法を見つける必要があり、ファッションの循環型アプローチが重要になります。すなわち、REWEAR(再着用)、REUSE(再利用)、そしてRECYCLE(リサイクル)が唯一の手段であり、私たちが前進する鍵になるのです。もちろん私たちはファッションを愛し続けますが、そのうえで将来的に全てのものがサステイナブルになることを目指しています。ファッションとサステイナビリティーは、もっともっと密接な関係であるべきだと考えています。
ブランステン: 多くの人が責任感を持って、サステイナブルな選択と決断をし始めていることは、とても素敵なことです。そして、サステイナビリティーへの意識を持っている消費者が、私たちにアクションを起こさせることもあります。例えば、“コンシャス・エクスクルーシブ”では、生産工程の透明性を示すためにオンラインで 生産国や工場、従業員、原材料を紹介しています。また、われわれは“2030年までに、100%の素材をサステイナブルまたはリサイクル素材に切り替えること”以外にも、“2020年までに2万トンの古着を回収すること” や“2040年までにクライメット・ポジティブになること”を目標に掲げています。短期的ではなく長期的なゴールを設定し、それに向かって取り組んでいくことが大切です。
JUN YABUNO:1986年大阪生まれ。ロンドン・カレッジ・オブ・ファッションを卒業後、「WWDジャパン」の編集記者として、ヨーロッパのファッション・ウィークの取材をはじめ、デザイナーズブランドやバッグ、インポーター、新人発掘などの分野を担当。2017年9月ベルリンに拠点を移し、フリーランスでファッションとライフスタイル関連の記事執筆や翻訳を手掛ける。「Yahoo!ニュース 個人」のオーサーも務める。