インディペンデント雑誌「ハイアーマガジン(HIGH(er)magazine以下、ハイアー)」は2015年の創刊以来、ファッションや音楽のみならず、政治や教育、社会情勢、セックスまで、実に多様なテーマを独自の切り口で発信し、若者を中心に支持を拡大してきた。東京藝術大学に入学してすぐに「ハイアー」を立ち上げたharu.(ハル)編集長は6月、アーティストのマネジメントとコンテンツプロデュースを行う会社HUG(ハグ)を設立し、新たな活動をスタートさせた。そんなharu.編集長に今回、「ハイアー」創刊の経緯や雑誌の未来、自身の活動目標などについて話を聞いた。
WWD:「ハイアー」を創刊した経緯をおしえてください。
haru.:自分を表現するひとつの手段として創刊しました。小学校時代からドイツと日本を行き来していて、どちらの言語も満足に話せなかったから、話すこと以外で世界とつながる方法を模索していたんです。ドイツにいた17歳のころにZINEを作り始め、高校卒業の直前、クラスメートを巻き込んで1冊のZINEを作った時、「これなら世界とつながれる!」と思いました。そして大学に入学してすぐ、「雑誌作りを通して人とつながり、誌面に自分の考えを反映させることで世界ともつながる」という私の考えに共感してくれた人たちと一緒に、「ハイアー」を創刊しました。
WWD:政治や社会情勢なども積極的に扱っていますが、どのような意図があるのでしょうか?
haru.:「ハイアー」は私と世界がつながるためのツールなので、私の生活にまつわる全ての事柄がテーマになります。その時に関心があるモノ・コトを扱っているだけですが、「ハイアー」を手に取ることで読者の認識もアップデートされる、そんな作用があればいいなと思っています。
WWD:“認識のアップデート”とは?
haru.:新しい価値観や考え方に触れ、より高度な認識を持つことですね。私が尊敬するアーティストのヨーゼフ・ボイス(Joseph Beuys)は、「一人ひとりの認識が変われば、社会システムそのものも変えられる」と考え、それを“社会彫刻”と呼んでいました。私もそれを信じていて、「ハイアー」の延長にも“社会彫刻”があります。例えば、男女別で行われている性教育を変えること。「ハイアー」はセックスや生理についての記事も掲載していて、それは「自分の体の話をしようよ!」というとても自然な提案です。「性についてオープンに話していいんだ」という認識が拡大すれば、近い将来、性教育が男女合同で行われるようになるかもしれません。
WWD:近年、「ハイアー」以外にもフェミニズムや政治などを扱う媒体が増えてきた印象があります。
haru.:そうですね。特にフェミニズムを扱う媒体は多くて、一種のムーブメントになっています。「ハイアー」はあくまで個人の考えを反映した作品、いわばアートピースなので、本屋さんに置いてあって誰でもアクセスできる媒体がそういったトピックを扱うのはいい流れだと思います。でも、単なるムーブメントで終わらせたら意味がありません。当事者意識を持てる切り口で発信し、一人ひとりが身近なこととして受け取る必要があります
WWD:haru.さん自身もSNSで多くのフォロワーを抱え、大きな影響力を持っています。
haru.:「ハイアー」の認知度が徐々に広がった結果だと思います。私自身は大きな影響力や発言力を持ちたいとは思っていません。誰かに「右を見ろと」言われて右を見るような社会では意味がないからです。一人ひとりが意思を持って選択することが重要です。
WWD:読者はどのような人が多いのでしょうか?
haru.: 10代後半〜20代前半の女の子が多いですが、男の子にも読んでもらっています。「ハイアー」自体、読者を性別で分けようとは思っていないし、誌面にも男の子が頻繁に登場するので、それが反映されているのかも。制作チームも男女ごちゃ混ぜです。
WWD:雑誌不況といわれて久しいですが、今後も雑誌は残ると思いますか?
haru.:表層的なトレンドだけを追った雑誌は淘汰されていきますが、ひとつのテーマを深く掘り下げた雑誌は今後も存在し続けると思います。雑誌の面白さは、自分が属するコミュニティーにはないような新しい価値観・世界観を垣間見ることができること。SNSを用いて個人単位で情報を発信できる時代においても、雑誌には人の心を動かす力があると信じています。先日、ある雑誌の編集長を取材したときに、「単にトレンドを追うのではなく、考え方・生き方の選択肢を提示したい」とおっしゃっていて、強く共感しました。「ハイアー」も、ある集団の世界観を単純に切り取るのではなく、それを人生の選択肢として提示していきたいです。
WWD:ドイツにいたころにZINEを作り始めたとのことですが、いつから海外生活を始めたのでしょうか?
haru.:初めてドイツを訪れたのは小学生の頃です。父親の仕事の関係でドイツに移り、2年半暮らしました。そのあと、中学校を日本、高校をドイツで過ごして、大学進学のため再び日本に戻ってきました。
WWD:高校時代をまるまるドイツで過ごしたんですね。
haru.:そうです。日本の学校とは全然違いましたよ。政治への関心がすごく高くて、歴史の授業では自分がどの政党を応援しているかを平気で主張しちゃうし、気づいたら討論会みたいになっていました(笑)。過去にナチス(国家社会主義ドイツ労働者党)が支配していた時代があるから、同じ過ちを繰り返さないようにしようという考えが浸透していて、当事者意識が強いんだと思います。私が政治を身近なことだと感じるのは、ドイツでの生活があったからかもしれません。
WWD:日本の若者は政治に無関心だといわれていますが、どう思いますか?
haru.:やばいです。無関心すぎる。でも、当事者意識があるかどうかは教育システムが大きく影響しているので、全てが本人の責任ではありません。日本の学校は、事実を淡々と教えるだけだから、身近に感じられないんだと思います。
WWD:どうして日本に戻られたのでしょうか?
haru.:日本のことをもっと知りたかったからです。どれだけドイツの生活になじんでも、見た目は日本人。学校でも日本の代表みたいに扱われて、「haru.、日本はどうなの?」って聞かれることがよくあったのですが、日本の事情を全く知らないから何も答えることができませんでした。そういう経験もあって、「私は日本人だし、日本のことをもっと知りたい」と、日本の大学に行くことに決めました。また、高校までの進路は家族に決定権を握られていた感覚があったため、大学は自分の意思で選択したいと思ってドイツを出ました。
WWD:東京藝術大学を選ばれた理由は何でしょうか?
haru.:「東京」「美大」と検索したら東京藝術大学が出てきたからです(笑)。芸術には興味があって、漠然と「美大に行きたい」と思っていましたが、日本の大学を全然知らなくて、ネットでいろいろと調べていました。その中で、ポートフォリオや論文を提出して受験する「先端芸術表現科」という学科を東京藝術大学に見つけ、作品を創る上での考え方を重視する姿勢に強く共感し、受けることにしました。藝大は両親の母校でもあるんですけど、それは意識せずに選びましたね。
WWD:今年3月に大学を卒業し、 6月にアーティストのマネジメントを行う新会社ハグを設立しました。「ハイアー」を中心にフリーで活動してきましたが、どのような経緯で会社設立に至ったのでしょうか?
haru.:私自身、ハグの親会社であるトリハダから1年ほど前からサポート受けていて、以前よりも制作活動に集中できるようになったことから「アーティストのマネジメントを行うプラットフォームを作ろう」と構想しました。「素晴らしいアーティストをもっと世の中に広めたい」という思いはずっと持っていて、サポートする立場からそれをかなえたいと思ったんです。私から話を持ちかけたところ、トリハダにも共感してもらうことができ、会社単位で取り組む運びとなりました。
新会社ハグの設立に際し、メッセージ動画を公開した
WWD:マネジメントのほか、どのような事業を行うのでしょうか?
haru.:制作事業です。アーティストを抱えたプラットフォームができるので、案件ごとにチームを編成し、クライアントのニーズに応えたコンテンツを企画・制作します。「顔の知れたメンバーで行う」というスタンスは「ハイアー」と変わりませんが、会社として取り組む以上、より社会への作用を念頭に置いて事業に取り組みます。
WWD:「ハイアー」は広告を入れずに制作するなど、商業的な制作物とは一定の距離を保ってきました。会社設立にあたって心境の変化があったのでしょうか?
haru.:「ハイアー」は表現を制限されることを避けるために広告を入れないだけで、広告自体が嫌いなわけではありません。むしろ、世の中に大きく貢献できる可能性を秘める広告は、ずっと作ってみたいと思っていました。そのほかの商業的な制作物も、クリエイターの想像力を生かしながら、本人たちの制作活動も知ってもらうきっかけになります。ただ、広告に限って言えば、もっと同世代を巻き込んで「あっ!」と思わせるものを作りたい。今、世の中に溢れる広告には、私たち世代の考えや生活が反映されていないから、つまんないと思っちゃうんですよね。
WWD:最後に、経営者として、また個人としての今後の目標を教えてください。
haru.:目の前のことにしか打ち込めないので、目標を立てるのは苦手ですが(笑)、経営者としては、周りにいる魅力的なアーティストをより多くの人に知ってもらえるように努めます。個人としては、いろんな人との交流を通じて自分の考えをアップデートすると同時に、その考えを発信することで、社会全体の認識もアップデートできたらいいなと思います。つまりは“社会彫刻”をしたいです。