ファッションビジネスのコンサルタントとして業界をリードする小島健輔氏が、日々のニュースの裏側を解説する不定期連載をスタート。第1回はECと店舗売り上げの関係と、勝ち組「ザラ」の戦略を深掘りする。
「ECにお客が流れて店の売り上げが落ちている」と嘆く店長の声を聞くことがあるが、それって本当なのだろうか。同じブランドでECが伸びたら店舗の売り上げは減るのだろうか。EC比率がどこまで上がったら店舗の売り上げが落ち始めるのだろうか。
■ECが伸びても店舗売り上げは落ちない
そのブランドの商圏顧客数も1人当たり購入額も一定であるなら、ECが伸びた分、店舗売上は減りそうなものだが、必ずしもそうはならず、逆に店舗売り上げが伸びるケースもある。そのわけは、ECは新規顧客を開拓する広告効果が大きいからだ。
ECサイトには、広告媒体的な新規顧客獲得効果や店舗に顧客を誘導するウェブルーミング効果があり、ECで得られた新規顧客の売り上げは店舗売り上げの減少をもたらさないし、ECで得た情報を実体験しようと店舗を訪れる顧客が店舗の顧客になれば、店舗の売り上げも増える。オープン流通の家電などでは各ECや各店舗で売価が競われるから、店舗からECへ顧客が流れるショールーミング効果が大きいが、直営店やFC(フランチャイズ)店に販路が限定されるファッションブランドでは売価が競われず(ブランド統一の値引きやセールは多いが)、ウェブルーミング効果の方がはるかに大きい。
SPAC※1のメンバー企業の平均では、店舗だけで購入する顧客/ECだけで購入する顧客/両方で購入する顧客の比率はほぼ7対2対1。年間の購入額は、店舗だけの顧客を100とすればECだけの顧客は67、両方で購入する顧客はなんと220もなる。ECだけの顧客が店舗でも購入するようになると67が220に増える可能性があり、2割を占めるEC顧客の全員が店舗でも買うようになってくれれば両方で購入する顧客が1割から3割に増え、皮算用では店舗売り上げが28.3%も増える。
EC注文品の店受け取りやECから店に取り寄せての試着といったC&C(クリック&コレクト)がいかに店舗売り上げに貢献するか、これでご理解いただけよう。
※1.SPAC… 筆者のクライアントを中心とするアパレル企業の研究会
■ECを伸ばすと店舗売り上げが落ちるケース
現実にはECを伸ばして店舗売り上げが落ちるケースもある。その要因は商品供給が絞られることにある。
かつてのECは店舗在庫と切り離してEC向けの在庫を確保し注文に引き当てていたから、EC比率が高まるほど店舗在庫が薄くなり、機会ロスで店舗売り上げが減少する弊害があった。店舗で欠品した商品を求めて顧客がECに流れれば在庫も一段とEC倉庫に移り、店舗売り上げの減少が加速するリスクが指摘されていた。
在庫データの一元化が進んだ今日でも、多くのECモール事業者は欠品による機会ロスを恐れて出品者の在庫を自分の倉庫に抱えようとするから、データは一元化されていても物理的には分断されたままだ。ゆえにECモール在庫と自社EC在庫、店舗在庫の互換には二重物流の手間とコストを要し、顧客への出荷も遅れるから現実的ではない。
ECモールに在庫を預けないドロップシッピング※2方式なら自社ECとの壁はないが、EC比率が高まるほど倉庫在庫が積み上がり、その分、店舗在庫は薄くなる。ECがマイナーにとどまっていた時代には問題とはならなかったが、EC比率が10%を超えるあたりから店舗への商品供給が細り始め、店舗在庫の奥行きが浅くなって機会ロスで売り上げが落ちていく。
EC以前の時代には店舗在庫とDC※3在庫の比率は80対20、DCに補給在庫を積む定番比率の高いチェーンでも60対40ぐらいだったが、EC比率が高まった今日ではEC比率分の在庫がDCにシフトし、EC比率が15%なら65対35、同20%なら60対40になり、もとよりDC在庫比率の高かったユニクロなどは40対60に逆転している。
※2.ドロップシッピング…受注情報を宅配伝票データにしてオンラインで出品者に送り出品者が顧客に出荷する方式で、出品者は在庫を分散させず複数のECサイトに対応できる
※3.DC(Distribution Center)…商品を一旦保管し、物流センター内で荷さばき・流通加工を行った上で出荷指示に基づき各届先までの配送すること
■店在庫引当型C&Cという「ザラ」の決断
EC向けDC在庫が増えていけば店舗在庫は相応に薄くなって機会ロスが増え、DC在庫の消化回転も足を引っ張って全社の在庫効率が劣化していく。もとよりダム型物流で倉庫在庫を積み上げるユニクロ(UNIQLO)はともかく、スルー物流に徹して本国にも各国にもDC在庫を持たなかったインディテックス(INDITEX)は、ECの拡大とともに積み上がるEC向けDC在庫が全社の在庫効率を悪化させ、その分、供給が薄くなって店舗売り上げが翳り始めるに及び、EC比率が10%を超えた18年6月に大きな戦略転換を決意した。
「ザラ(ZARA)」を展開するインディテックスのECは11年に欧州6カ国で開始と出遅れたが、17年(18年1月期)には41%も伸びてEC比率が10%(EC展開国では12%)に達し、18年(19年1月期)には12.2%に伸びて円換算で4173億円とH&Mの3874億円、ギャップ(GAP)の3665億円(推計)、国内ユニクロの730億円(グレーターチャイナ圏を合わせても1290億円)を引き離してSPA(製造小売り)最大となり、EC向けDCの在庫負担と店舗在庫の圧迫は放置できなくなっていた。
「今後は、EC向けDCは増設せず、顧客に最も近い店舗の在庫を引き当て、店受け取りや店出荷に切り替える」というのがその決断で、C&Cの戦略的意図がダム型物流の他社とは大きく異なる。もとより店発注によるスルー物流で店舗にしか在庫を持たなかったインディテックスにとって、EC向け在庫をDCに積み上げるデメリットは大きく、店在庫引当型C&Cという決断となった。それが実行されだした18年下期以降、17年に減速していた既存店売り上げが明らかに好転したから効果絶大な決断だった。
■戦略的意図で店舗からECに売り上げを移す
ECを拡大してもC&Cで店舗売り上げも伸ばすというのが最新の戦略的帰結だが、店舗チャネルが非効率化して維持しても収益が望めない場合、意図してECに売り上げを移すという選択もある。
売り上げ対比の運営コストが50%前後にも及んで収益が見込めない百貨店が主販路という大手アパレルなどは、売り上げ減少が続いて不採算の地方百貨店や郊外百貨店の売り場を無理して維持せず、地方や郊外の顧客を自社ECに誘導して引き継ぐという選択が見られる。自社ECの伸びが年率30〜40%というハイペースの一方で地方や郊外の店舗は2ケタ割れが目立つから、意図した戦略的販路シフトだとわかる。
ECと店舗を合わせた売り上げは多少減っても、高コスト販路から低コスト販路に顧客と売り上げが移れば収益は加速度的に改善されていく。収益が改善された分を店舗に投資せず、デジタル投資や有望分野のM&A(企業の買収・合併)に投じるというのが大手アパレルの戦略トレンドのようだ。
小売業者はC&Cを軸にECも店舗販売も伸ばして店舗運営を効率化すべくデジタル化を進め、大手アパレルは不採算販路から脱してデジタル化に投資を振り向け、商品開発を効率化してD2C※4、さらにはC2M※5などのビジネスモデルに転換する、という戦略シナリオの違いがある。C&Cもデジタル革新もアパレルチェーンとアパレルメーカーで二方向に分かれるのかもしれない。
※4.D2C(Direct to Consumer)…小売業者や直営店舗を通さずECなど顧客に直販するビジネスモデル
※5.C2M(Consumer to Manufacture)…一歩進んでIoTな無在庫サプライに踏み込むビジネスモデルで、短納期パーソナルオーダーや店頭3Dプリンター出力販売などが挙げられる。
小島健輔(こじま・けんすけ):慶應義塾大学卒。大手婦人服専門店チェーンに勤務した後、小島ファッションマーケティングを設立。マーケティング&マーチャンダイジングからサプライチェーン&ロジスティクスまで店舗とネットを一体にC&Cやウェブルーミングストアを提唱。近著は店舗販売とECの明日を検証した「店は生き残れるか」(商業界)