ウォルター・ヴァン・ベイレンドンク(Walter Van Beirendonck)が8月、新たなファッションコンペティション「ビッグ デザイン アワード(big design award)」のために来日した。ウォルターといえば、自身のブランド「ウォルター ヴァン ベイレンドンク」を手掛ける一方で、アントワープ王立芸術アカデミーのファッション学科長も務める。自身もアントワープ王立芸術アカデミーを卒業しており、同校を卒業したデザイナー6人で“アントワープシックス”と呼ばれるなど、80年代から今なお、パリでコレクションを発表し、クリエイションをけん引。指導者としても実績を残しており、多くの世界的デザイナーを送り出している。なぜ、デザイナーとしても指導者としても世界のトップで居続けられるのか。多彩な顔を持つウォルターにデザイナーとして、指導者として、審査員としてなどの話を聞いた。今回はその前編。
WWD:今回、「ビッグ デザイン アワード」の審査員を務めるが、審査をする上で重視していることは?
ウォルター・ヴァン・ベイレンドンク(以下、ウォルター):私はあまり審査員を引き受けないのだが、今回は私の元生徒のミキオ(坂部三樹郎「ミキオサカベ」デザイナー)とユウスケ(デザイナーの発知優介)が携わっているので、彼らをサポートしたいと思い引き受けた。審査の際は、その場の直観を大事にしている。作品を見て、まずデザイナーの感性や輝き(スパーク)を感じ取り、その後で話をしたりしてより深く理解していくようにしている。
WWD:それはコンセプトも重要になってくるということか?
ウォルター:重要なのは、まず作品を見たときに何かを感じられるかだ。その後でより深く掘り下げて、作品のコンセプトやアイデア、それらをどのように服に反映しているのかなどを見ていく。しかし、まずは直観的に何かを感じられること、感情を揺さぶられることが大切だ。
WWD:「ビッグ デザイン アワード」はアジアを拠点としたものだが、アジアの可能性についてどのように感じているか?クリエイティブ面とビジネス面の両方について伺いたい。
ウォルター:あらゆる国に成長や成功の大きな可能性があると思う。「ビッグ デザイン アワード」はアジアの候補者だけを対象にしているわけではなく、欧州やその他の地域も対象としているし、近年は若者が国際的な土壌で育つことがいっそう重要になっていると思う。このようなアワードは、若いデザイナーが国外で認められる第一歩となるもので、そういう意味で非常に重要な位置付けにある。
WWD:世界での日本の立ち位置をどのように感じている?
ウォルター:常に最前線を走っている。日本人デザイナーの仕事の仕方には独特の雰囲気があり、ベルギーのデザイナーと少し似ているところがあるように感じる。面白いコレクションやアプローチの多くは日本人デザイナーの手によるものだ。「アンダーカバー(UNDERCOVER)」や「アンリアレイジ(ANREALAGE)」などの非常に実験的な作品は、フランスやイタリアのデザイナーには見られない大胆な作風だ。
WWD:アントワープ王立芸術アカデミーにおいては、日本人学生と他国の学生とで違いは感じるか?
ウォルター:当校ではどの国の学生にも同じように接して育てているので、日本人の学生の違いについては話せないが、日本人の学生が当校に入学し始めた頃のことは覚えている。ミキオなどがちょうど第一世代だと思うが、それまで欧州系の学生ばかりだったところに、文化的な背景が全く違う学生が来たわけだ。アジア系の学生ということで、場合によっては欧州系の学生と比べて難しいことがあったり、逆にむしろスムーズにいくことがあったりしたが、学校側としてはとてもエキサイティングなことだった。
WWD:アントワープ王立芸術アカデミーの教育方針と、学生に求めていることは?
ウォルター:とても幅広い質問だが、最も重要なのは、学生たちが自分らしさを見つけて成長していくことだ。それをドローイングや、実際の服作りに必要な各ステップにおける高い技術力と組み合わせて、彼らが実社会で活躍できるように準備させること。本物(オーセンティック)であることをとても重視している。
WWD:学生から一番相談されることは?
ウォルター:当校では学生一人一人と向き合っていて、私も少なくとも週に2回は彼らと会っている。とても個人的というか、マンツーマンでの指導をしていて、彼らの作品とも向き合って、デザインなどに問題があれば相談に乗っている。なので学生から質問や相談があるというより、共に作業をしていく、という感じだ。一緒に作業をしたり見たりしながら、この素材のほうがいいか、この色のほうがいいか、というようなことを話し合いながら作り上げていくので、コラボレーションに近いかもしれない。
WWD:世界的に活躍するデザイナーもファッションスクールの卒業生ではない場合がある。ストリートファション系のデザイナーは特にそうだ。世界のファッションスクールの卒業生に足りないものは何か?
ウォルター:ファッションスクールを卒業することで、技量や知識などの面では有利になると思うが、もちろん別の道から行くという方法もある。ラフ・シモンズ(Raf Simons)などがその好例で、彼はファッションスクールは卒業していないものの、私の下で1年半近くインターンをしていた。そこで多くを学んだわけだが、彼のその後の活躍は誰もが知るところだろう。学校に行くという通常通りの道もあれば、異なる道もあるということだ。ファッションスクールで学ぶことは成功を保障するものではないし、学ぶ側の能力や性格にもよる。ラフ・シモンズが通常とは違う方法を取ったのは実に彼らしいし、実際それで成功している。
WWD:世界のファッションシーンをどのように見ている?
ウォルター:今は過渡期にあって、誰もこの先がどうなるのか分からない状態だ。誰もが違うことをやりたいと思っており、問題があることも分かっているが今は全般的に難しい時だと思う。私個人としては、ファストファッションとハイファッションの両方に関して、必要以上にモノを大量生産しているので、将来的にはそれが変わることを願っている。これは消費者にも問題があるわけだが、最近は消費者も何を着るべきか、何を買うべきかがより意識的になってきている。メディアもこうした問題に関する情報発信をしたり、消費者を啓発したりするなどの大きな役割を担えると思う。それがよりよい将来への第一歩になるだろう。