「上海の小売りを無料で案内しています。気軽にお問い合せください」。中国・上海出張を前に、同僚からツイッター上でこんな投稿をしている現地百貨店マンがいると教えられ、「それならば!」と本当に気軽に問い合わせてみた。ツイート主は洞本宗和・上海新世界大丸百貨マーケティング部部長。同店は大丸松坂屋百貨店と業務提携しており、洞本部長も同社社員として2017年から上海に駐在している。17年といえば、中国EC大手のアリババがデジタルと既存小売りを組み合わせた“ニューリテール”を提唱した翌年。猛烈なスピードで日々進化する中国の小売りの現状を、日本の百貨店マンはどう見ているのか。駐在員の目線で語ってもらった。
WWD:中国はキャッシュレスが完全に浸透し、人間の代わりにロボットが配膳するレストランや、無人コンビニなどもあります。リテール事情は日本より格段に進んでいる印象ですが、実感としてはどうですか?
洞本宗和・上海新世界大丸百貨マーケティング部部長(以下、洞本):“無人”って、先進的な中国小売りのキーワードの一つのように思われていますよね?“無人ブーム”は2年ほど前に巻き起こり、上海にも無人コンビニが何店舗かできましたが、実は今ではほとんどなくなっています。海外の投資家へ技術力をアピールするかのように上海虹橋空港内には今も残っていますが、市中にあった無人コンビニはほとんどがなくなりました。無人コンビニにもいくつかタイプがあって、一番最初に登場したのは入り口に鍵がかかっているコンテナボックス型。話題にはなりましたが、段々「入店する際のスマホ認証が面倒」となってしまった。「アマゾン ゴー(AMAZON GO)」と同じタイプの、歩いてゲートを通るだけで会計ができる無人コンビニもありましたが、手に取っていない商品まで購入したことになってしまうなど、まだまだ不便が多かった。テクノロジー系のスタートアップ企業が手掛けているだけに、肝心の品ぞろえに魅力がなかったというケースも散見されました。それが無人コンビニが広がらなかった理由です。
WWD:無人ブームが既に過去のものとは衝撃です。日本では徐々にコンビニでもセルフレジの導入が増えてきたところですが……。
洞本:日本は人手不足解消を狙った無人化ですが、中国は一説によると流動的な労働人口が2億人くらいいるそうです。例えばフードデリバリーサービスが今こちらでは猛烈に増えていますが、配送費は1回あたり百数十円ほどと聞く。日本の「ウーバーイーツ(Uber Eats)」だと恐らく600円前後ですよね。中国の労働力の豊富さを表していると思います。中国市場に限った話ではありませんが、売り手側の人件費削減だけを目的にした無人化は失敗します。最初は話題になったとしても、客側にベネフィットがないとサービスとしてうまくいきません。
WWD:ブームは去ったのだとしても、何かしら無人ブームを乗り越えて残っているものはないんでしょうか?
洞本:ブームの中で生まれて、今も残っている技術ももちろんちゃんとありますよ。客が自身のスマホに入れたメッセージアプリ「ウィーチャット(WeChat)」上のミニプログラムで会計を行い、退店時にそのバーコードを店員に見せる方式がそれです。セルフレジ手法の一つですが、店側は専用のレジマシーンを設置する必要はありません。派手さはないですが、客は支払いのために行列しなくていいので着実に広がっています。スーパーの「カルフール(Carrefour)」やコンビニの「ファミリーマート」などもこれを採用しています。
WWD:次々とプレーヤーが登場し、生き残るサービスと淘汰されるサービスが決まっていく中国市場の速さを象徴するようなエピソードですね。
洞本:こちらに住んでみて感じるのは、中国の人や企業は、よくも悪くも完成や完璧を求めません。(ローンチしたサービスや商品に)ちょっとぐらい無理や問題があったとしても、「ああ、そう」というぐらい。日本は企業も国民も完璧を求める傾向があるので、小さな落ち度であってもクレームが多数届いたり、サービス自体が終了になったりというケースがありますよね。そういった日本の手法にももちろんよさはありますが、中国市場の方がトライ&エラーはしやすい。こちらでは何か新しいサービスが登場すると雨後のタケノコのよう類似サービスができますが、その中で淘汰や改善が進んでいきます。それこそがイノベーションを生む土壌だと思う。ときどき、その怒とうの流れに呆気に取られてしまうようなこともありますよ。例えば17~18年にこちらで一世を風靡した自転車のシェアサービスですが、あまりにも参入プレーヤーが増えすぎたことと、そもそもどの会社も収益モデルがしっかり描けていなかったことで、徐々に勢いを失っていきました。それでも、「とりあえずやってみる」「スタートしてから考える」というこちらの進め方は、今の時代はメリットが大きいと感じます。
日本企業ももっとトライ&エラーが必要
WWD:日本も「〇〇ペイ」が乱立し、キャッシュレス化に向け進んでいますが、日本の小売りが、中国から学ぶべきことは何でしょうか?
洞本:先ほど紹介したような、「ウィーチャット」上でのセルフ決済は日本の小売りも導入しやすいと思います。あと、キャッシュレス化については、スマホ決済ばかりに焦点を当てるのではなく、従来のクレジットカードの仕組みでもやれることは多いのではないでしょうか。それ以外だと、こちらではレストランに入るとテーブルごとにQRコードが掲示してあって、そこからオーダーをする仕組みが広がっています。これも取り入れやすいと思います。大きな枠組みの話でいえば、日本企業ももっとトライ&エラーをしていかないとダメだと感じます。大企業であればあるほど、日本ではほんの一部からの反対を恐れてやめてしまうというケースが多い。試しにやってみて、本当にダメだったらその時考えればいいという中国の考え方とは対照的です。
WWD:ニューリテールの話でいえば、実店舗に店頭カメラを導入し、RFID(電子タグ)を全商品に付けて店頭での顧客データを集めるといった中国の手法は、このところ日本のファッション業界でもよく話題になっています。でも、上海でSCなどを周ってみると、意外とカメラなどを導入している企業はそんなに多くないのだと気付きました。
洞本:そうした手法でOMO(Online Merges with Offlineの略。オンラインとオフラインの融合)を進め、顧客体験を向上させることは小売りの未来の一つを指し示したとは思います。ただ、中国でも大多数の小売り企業はそれに取り組んでいない、もしくは取り組めていません。今、上海では商業施設の飽和が日本以上に進んでいる状態といえますが、あらゆることが日本の数倍のスピードで進んでいく中で、淘汰される実店舗が決まっていくのも早いでしょう。現に、上海きっての繁華街で上海新世界大丸百貨もある南京東路地区であっても、SCの上層階は既にテナントが抜けてしまっています。こちらのアパレルEC化率は25%を超えるともいわれているので、アパレルテナントだった場所がジムや本屋、子ども向け教育施設にどんどん変わっている。そんなふうにアパレルテナントの淘汰が進む中では、結果的に店頭にカメラを持ち込んでニューリテールやOMOを実践している店が残る、ということにはなるのかもしれません。
WWD:そうした中国の小売り事情を日本にも伝えるため、洞本さんはブログ発信やツイッターに投稿していた“上海無料案内”を行っているわけですが、それらをやろうと思ったきっかけは?
洞本:中国の小売りが急速に発展する時期にせっかく駐在することになったので、どうせならこちらの小売り情報を発信しようとブログを始めました。結構読んでもらえるようになったんですが、駐在歴も約3年となり、段々インプットが減っているなと感じていたんです。それで、アウトプットの機会を強制的に設ければインプットも増えるはずと考えて始めたのが“上海無料案内”です。無料案内は19年6月から募っていますが、月10件ほど問い合わせをいただく中から、タイミングが合う方、平均で5組ほどをご案内しています。視察の定番はニューリテールを提唱しているアリババのスーパー「盒馬鮮生(フーマーフレッシュ)」。毎回、「ここが以前と違う」という気付きがあって、まさに強制的にインプットの機会を設けた意味があります。
WWD:やはり小売りの関係者が上海視察の案内を頼むというケースが多いんでしょうか?
洞本:案内を呼び掛ける前は小売り関係者からの問い合わせが多いだろうと考えていたんですが、実際はもっと幅広いです。小売り関係者の他、コンサルやベンチャーキャピタル、ウェブサービス関係の方などをご案内しました。訪日観光客を呼び込むにはどうしたらいいかという視点で、日本の地方都市活性化を目指している方からも問い合わせをいただいたことがあります。
WWD:最後に、洞本さんは上海新世界大丸百貨ではどんなお仕事をしているんでしょうか?
洞本:現地スタッフに対し、店作り支援やコンサルティングを行っています。日系ブランドを誘致する際などは、日本の窓口から連絡した方がスムーズというケースも多いんです。