森川拓野デザイナー率いるメンズブランド「ターク(TAAKK)」が、2020-21年秋冬コレクションを1月16日パリで発表した。パリ・メンズ・ファッション・ウイークへの参加は、東京都と繊維ファッション産学協議会が主催するファッションコンペ「ファッション プライズ オブ トウキョウ(FPT)」受賞によるものだ。公式スケジュールの中でプレゼンテーションとして時間を設け、ランウエイショーを45分刻みで合計3回行った。
本番1秒前まで絶対に妥協しない
筆者が会場に着いたのは、1回目のショーが始まる1時間前。バックステージでは森川デザイナーが忙しなく動き回っている。ここまで苦楽を共にしてきた仲間、ニューヨークで出会って絶大な信頼を寄せているスタイリスト、キャスティングのスタッフも全員が慌ただしい。特にスタイリストとは、通訳を通して入念にルックの最終確認を重ねている。「ネックレスの重ね付けはくど過ぎる、一つ外そう」「シャツの前ボタンは閉めず開けた状態の方がいい」「開けた状態だとランウエイを歩いた時にシャツが美しく見えないから、動き過ぎないように中のTシャツとシャツを軽く留めよう」——森川デザイナーを支える身近なスタッフは、針と糸を手にボトムスのウエストやトップスのサイズ調整を指示通りに行なっていく。同時に、森川デザイナーはバックステージを駆け巡り各モデルのルックを整えていく。風を切るように素早く動いていたかと思えば、次の瞬間には時が止まったかのように静止して、真剣な表情で目を凝らしてルック全体を眺める。周りが一切見えず高い集中力を維持していたのだろう。筆者はそんな森川デザイナーをずっと観察していたが、ショーが始まる前にバックステージで彼と目が合うことは一度もなかった。彼の表情が唯一ゆるんだのは、ショー直前に会場内の様子を見て「少しずつ観客席が埋まっている」と口にした時だった。
間もなくショー開始時間。10分前に息を切らしながらバックステージへ入ってきた女性スタッフは、近くのスーパーで購入した品をリレーのバトンをつなげるようにほかのスタッフへと急いで渡した。中身は黒の靴下とTシャツだった。直前になって数が足りないことが判明し、急きょ買い出しに走っていたのである。モデル全員に必要な小物も行き渡り、ようやくルックは完成したようだ。しかし森川デザイナーは少しのシワやレングスを1ミリ単位で手直しするなど、時間がいくらあっても足りない様子だった。自分が納得のいく形に仕上げるまで絶対に妥協しない、したくなかったのだろう。
ショーに込めた自然への強い思い
日常や自然の中の音を使って曲を作るサウンドデザイナー、ヨシ・ホリカワ(Yoshi Horikawa)の「タンブル(Timbres)」をBGMに、予定時刻から大きく遅れることなくショーが始まった。デニムにベルベット調の繊維を植毛してフロッキー加工を施したコート、廃をかぶって黒ずんだようなプリントのテーラードジャケット、燃える花が描かれたセットアップ、苔を彷彿とさせるモヘアのような柔らかい肌触りのニットウエアなど、独特の風合いの生地と柄がコレクションに深みを与える。ダークトーンの色彩は悲哀のようだが力強さもあり、薄暗い森の中で奏でる美しい旋律のようであった。ショー後のバックステージでようやく目が合った森川デザイナーは、無事に終えられたことにまずは安堵の表情を浮かべた。「今季に限らず、“自然”から着想を得ることが多い。オーストラリアの大規模火災は記憶に新しいが、昨今は自然に関する悲痛なニュースばかり。目を背けたくなるような悲しい事象の内側に潜む声に、常に耳を傾けるようにしている。しかし、決して物悲しいコレクションにはしたくなかった。“一度立ち止まって考えて欲しい”とコレクションを通じて訴えかけたかった」。
世界への挑戦は始まったばかり
初となるパリでのショーの1回目を終えた感想をたずねると「今までは来場者が来て当たり前だったが、パリでは挑戦者の立場として、来ない事が当たり前の状態でスタートした。(3回のうち)1回目のショーを終えてまずは気持ちが落ち着いた。今日ここにいるスタッフ誰一人として欠けていたら納得のいく仕上がりにならなかっただろうから、あらためて感謝している」と答え、そそくさと2回目のショーに向けて準備を始めた。最終的に3回のショーを合計して約300人が来場したという。
筆者よりも長く「ターク」を取材してきた大塚デスクは、ショーを見た後感慨深い表情だった。「きれいなコレクションに仕上がっていた。応援してきたインディーズバンドがメジャーデビューを果たしような、嬉しいけれどどこか寂しい——出来が良いだけに、そんな気持ち」とポツリ。「ターク」のパリでの挑戦は始まったばかり。活躍の場を広げて世界へ羽ばたき、私たちをますます寂しい気持ちにさせてほしい。