記事でも伝えた“かしこまらない”松原さんの接客、もとい“コミュニケーション”をお聞きいただこう。「WWDジャパン」編集部の時計担当である三澤が客役、三澤と長年タッグを組むライターとカメラマンがその友人役に扮して、松原さんの接客(コンパクト版)を受けた
“時計専門店”という言葉を聞いたことがありますか?――答えは「NO」で構いません(笑)。かくいう僕も、時計担当を拝命した1年半前までは聞いたことがありませんでした。つまりは“時計”を“専門”に売る“店”のことなんですが、具体的に想像しづらいですよね……?時計の販路は百貨店やセレクトショップ、家電量販店などいくつかありますが、その一つが時計専門店です。時計しか売っていないので専門性はとても高く、結果としてよく“予習”した男性客が多いです。つまり女性や一見さんには、なかなかにハードルの高い存在でもあります。でも「高級時計だけで構成される、ぜいたくな空間を知らないなんてもったいない!」――そんな素直な思いが本連載スタートのきっかけでした。「気負わず、ふらっとのぞいてください」、店舗スタッフはやさしくほほ笑みますが、「そうですか、じゃあ……」と言える(僕のような)ずうずうしさを持った人は多くないはず。そこで、この連載なんです!高級時計の世界に、ほんの少し早く入ったオールドルーキーの僕が素直な感想とともに伝えるので、近くにあるのに遠い存在の時計専門店を少しでも身近に感じてもらえたらと思います。
連載第2回で紹介したいのは、ベスト新宿本店。前回紹介したイシダ表参道と同じく、ベスト販売が運営しています。ベスト新宿本店のオープンは、同社の創業年でもある1979年。新宿駅東口にあり、地下鉄のB9出口からは徒歩30mの距離です。地下1階、地上5階の6フロア構成で、売り場面積は約480平方メートル。取り扱いブランド数は約50、常時5000本の時計が並び、“日本で唯一の、正規品と中古品を扱う時計専門店”を自負します。今回ベスト新宿本店を選んだ最たる理由は、“「ウブロ(HUBLOT)」を年間2億円以上売るスゴ腕の販売員がいる!”と聞いたから。
「松原です」――そう言って現れたのは若くて小柄な女性。失礼ながら、“えっ!?”と思いました。でも次の瞬間、一気に興味が湧いて、あれこれ聞いていました。
WWD:おいくつですか?
松原蘭ベスト新宿本店スタッフ(以下、松原):27歳です。
WWD:お、お若い……。
松原:新宿本店で“一番若い女性販売員”ということになります。
WWD:ちなみにベスト販売へは新卒入社?
松原:はい、2015年の入社で5年目です。
WWD:勤務先は新宿本店ひと筋ですか?
松原:はい、最初は1階でドイツ時計の「ユンハンス(JUNGHANS)」やスイス時計の「テンデンス(TENDENCE)」「フレデリック・コンスタント(FREDERIQUE CONSTANT)」などを販売していました。販売価格が15万~20万円のゾーンです。17年に3階に移って、「IWC シャフハウゼン(IWC SCHAFFHAUSEN)」を担当するように。「ウブロ」担当になったのは18年のことです。
WWD:松原さんは、年間2億円以上「ウブロ」を売ると聞きました。
松原:進行中の数字なのですが、ほぼ確定と言っていいと思います。19年2月期の個人売り上げは1億9000万円で、すごく悔しかったんです。それで今年は2億円達成を強く意識しました。もちろん接客時に、それは一切出しません。そんなことしたら、お客さまに失礼なので。頭の片隅には常に置きながら前進しました。
WWD:となると、新宿本店のブランド別売り上げランキングは「ウブロ」が1位?
松原:いえ、1位は「オーデマ ピゲ(AUDEMARS PIGUET)」で、「ウブロ」は2位なんです。ですから、次の目標は1位獲得ですね!ちなみに次点は「ブライトリング(BREITLING)」「IWC シャフハウゼン」です。
WWD:「ウブロ」の平均販売価格は?
松原:140万~150万円です。
WWD:では購入の際、客が「ウブロ」と共に迷うブランドは?
松原:「ロレックス(ROLEX)」「オーデマ ピゲ」「オフィチーネ パネライ(OFFICINE PANERAI)」が多いです。
WWD:面と向かって聞かれると答えに窮するかもしれませんが、ほかの販売員にはない松原さんのすごさとは?
松原:“かしこまらない”ということでしょうか。それと“接客”ではなくて、お客さまとの“コミュニケーション”だと思っています。まずは聞き役に徹して、そのうえで似合わなければ素直にそれを伝えます。逆に言うと、いち早くそう言える関係性を築くべく努めています。ブランドごとの販売価格の多寡は私の中で関係ありません。ひとえに、お客さまに“来店してよかった”と思ってほしいんです。
WWD:すごくちゃんとしていますね……。
松原:アレ、ちょっとかっこつけすぎちゃいました(笑)?もっとざっくばらんに言うなら、今どきの顔じゃないところがいいんだと思いますよ。メイクも軟派じゃないというか、あまり女っぽくないんです。そういうさばさばしたところが受けているのかな、と。
WWD:なんとも冷静な自己分析……。では、これを読んだ他の販売員が即実践できるテクニックはありますか?
松原:“周りを巻き込む”こと。一人で来店されるお客さまの場合、50代の男性スタッフに「どう思います?」と感想を求めます。お客さまとしても、老若男女の意見が聞けると安心できると思いますので。お友だちと来店された場合は、お友だちを巻き込みます。彼らはお客さまの“いつも”をよく知っており、キャラクターや服装、時計にまつわる失敗談などの情報はとても重要です。奥さまとの来店なら、奥さまから口説きます(笑)。奥さまのGOサインなくして成立はありませんので。それに、連れて来られた人の“つまらなそう”は気になってしまうんです。
WWD:なるほど。ちなみに接客時間はどれくらいですか?
松原:人によるので何とも言えませんが、平均すると40分ほどでしょうか。長い人は半日以上いらっしゃいます。決定までに2、3回来店する人も多いですね。
WWD:松原さんイチ推しの「ウブロ」のアイテムは?
松原:“クラシック・フュージョン(CLASSIC FUSION)”です。
WWD:とてもシンプルですよね。
松原:ええ、だからオールマイティーに使えます。「ウブロ」は国別の限定モデルに力を入れていて、当然、日本限定モデルは日本人の感性に合ったものになっています。マーケティングの賜物ですよね。そして、これらはわれわれ正規販売店でしか購入できません。それと「ウブロ」のコーナーにあるからシンプルに見えていますが(笑)、しっかり主張できる時計ですよ。「ウブロ」と聞くと派手でゴツいイメージを持つ人が多いですが、「それだけではないんですよ」と伝えると響きます。かつては体の大きなスポーツ選手や“やんちゃ”な層に人気がありましたが、今ではマス層からの声が高まっています。
WWD:いわゆる“普通”のサラリーマンということでしょうか?
松原:そうです。「ウブロ」の購買層は8割が男性で、30~35歳が多いです。ただ、ここ数年、20代男性が増えています。
WWD:先輩や上司がよい時計を着けていて、それに憧れる層ですね。
松原:その通りです。当店では分割払いが無金利なので、商品にもよりますが月額1万~2万円で100万円前後の高級時計が手に入ります。
WWD:それはありがたいですね。最後の最後で迷っている客の背中を押す“キラーワード”はありますか?
松原:「このまま“この子”を連れて帰りたくありませんか?」でしょうか(笑)。
最後に前川真二ベスト新宿本店店長にも、松原さんのすごさについて聞きました。「洞察力だと思います。高額商品をお求めのお客さまは下準備にも力が入り、“自分にはこの時計が似合う!”“この時計しかありえない”と思い込む人も。その気持ちにしっかり寄り添いながら、ときに思いもよらない提案をしてくれるのが彼女です」。