「ジバンシィ(GIVENCHY)」のアーティスティック・ディレクター、クレア・ワイト・ケラー(Clare Waight Keller)が3年間契約を満了して退任することを受け、同ブランドの次期デザイナーが誰になるのかということに注目が集まっている。
「ジバンシィ」は4月10日にクレア退任を発表したが、今後のクリエイティブ体制については後日発表するとしている。
1998年からLVMHモエ ヘネシー・ルイ ヴィトン(LVMH MOET HENNESSY LOUIS VUITTON以下、LVMH)の傘下にある「ジバンシィ」だが、さまざまなタイプのデザイナーらがこの数カ月間にLVMHからアプローチを受けたことを明かしており、水面下での動きがあったようだ。同ブランドはこの件について一切コメントしていないが、情報筋によると新デザイナーとの契約はまだ締結されていないという。
新デザイナー候補として名前が挙げられているのは、「1017 アリックス 9SM(1017 ALYX 9SM)」のマシュー・ウィリアムズ(Matthew Williams)、「パコ ラバンヌ(PACO RABANNE)」のジュリアン・ドッセーナ( Julien Dossena)、「グッチ(GUCCI)」デザインチームのダヴィデ・レンヌ(Davide Renne)、そして「ジル サンダー(JIL SANDER)」で洗練された女性らしいデザインを手掛けるルーシー・メイヤー(Lucie Meier)とルーク・メイヤー(Luke Meier)夫妻らだ。
「ジバンシィ」はLVMH傘下のブランドとしては比較的小規模で、「ディオール(DIOR)」「ルイ・ヴィトン(LOUIS VUITTON)」「フェンディ(FENDI)」などの陰に隠れがちではあるが、エッジの利きつつ気高く上品な魅力がある。
英国人デザイナーのクレアは、2018年にメーガン・マークル(Meghan Markle)=サセックス公爵夫人(メーガン妃)のウエディングドレスをデザインし、18年にロンドンで開催された「ザ ファッション アワード(The Fashion Awards)」では「ブリティッシュ・デザイナー・オブ・ザ・イヤー・ウィメンズウエア(British Designer of the Year Womenswear)」を受賞した。また、米雑誌「タイム(TIME)」が19年に選出した“世界で最も影響力のある100人”にも名を連ね、ブランドと共に彼女自身も大きな注目を集めた。
パリ・ファッション・ウイークで3月1日に披露された20-21年秋冬コレクションがクレアによる「ジバンシィ」のラストコレクションとなったが、彼女の退任、および別のクチュールブランドに移るのではないかという噂は数カ月前から囁かれていた。
クレアは「世界的なオートクチュールに力を入れることは、私のキャリアでのハイライトのひとつよ。『ジバンシィ』の素晴らしいアトリエやデザインチームと共に、本当にたくさんの最高の瞬間を過ごしてきた。彼らの並外れた才能と献身的な姿勢は永遠に忘れない。表舞台で称賛されることのない製品やコミュニケーション、小売りに携わる影のヒーローやヒロインたち、そして世界各地のチームメンバーやパートナー、サプライヤーのみなさんに心から感謝を伝えたい」とコメントしている。
「ジバンシィ」は、アーティスティック・ディレクターの退任、そして新型コロナの影響で工場が閉鎖されていることを理由に、ウィメンズのプレ・スプリング・コレクションの発表と20-21年秋冬のクチュール・コレクションの制作をしない。しかし、プレ・スプリングとランウエイを合わせた大規模なメンズコレクションの制作を予定しており、6月にショールームで販売する見通しだ。
創業者のユーベル・ド・ジバンシィ(Hubert de Givenchy)が1995年に引退した後は、デザイナーとしてジョン・ガリアーノ(John Galliano)、アレキサンダー・マックイーン(Alexander McQueen)、ジュリアン・マクドナルド(Julien MacDonald)らが活躍してきた。2005年にはリカルド・ティッシ(Riccardo Tisci)がデザイナーに就任し、ゴスのテイストを取り入れた斬新なデザインを発表するなどして同ブランドに12年ほど在籍した。なお、クレアは1952 年のブランド立ち上げ以降初の女性アーティスティック・ディレクターだった。
「ジバンシィ」でのクレアの功績として名高いのは、クチュールをランウエイに復活させたことだ。大きな変化を避けてメンズショーに注力していたティッシとは反対に、クレアはイギリス王室が主催する競馬レースイベント「ロイヤルアスコット(Royal Ascot)」など、メーガン妃御用達ブランドとしての地位も確立させた。また、ジュリアン・ムーア(Julianne Moore)、レイチェル・ワイズ(Rachel Weisz)、ガル・ガドット(Gal Gadot)、ミア・ゴス(Mia Goth)らのレッドカーペットでの衣装も手掛けた。
クレアは「ジバンシィ」のブランドイメージに対して、取捨選択をしながらいいところを取り入れるアプローチ法を取り入れてきた。中性的なコレクション制作、黒と白を基調とした広告キャンペーン、そして若手ポップスターのアリアナ・グランデ(Ariana Grande)をアンバサダーに抜擢する一方で、20年春夏キャンペーンではマーク・ジェイコブス(Marc Jacobs)と英女優のシャーロット・ランプリング(Charlotte Rampling)という年齢層が高めのめずらしい組み合わせの2人を起用している。
シドニー・トレダノ(Sidney Toledano)LVMHファッショングループ(LVMH FASHION GROUP)会長兼CEOは、「彼女のクリエイティブなリーダーシップ、そしてアトリエとチームとの素晴らしいコラボレーションのおかげで、メゾンはユーベル・ド・ジバンシィの理念、そして彼独自のエレガンスを再認識することができた。クレアの今後の活躍を応援している」と、彼女の最後の功績に感謝の意を表した。
クレアは主に趣味よく控えめで上品なクチュールに精を出していたが、巨大な翼のようなバックパックなど、時に強靭で破壊的なテイストも取り入れた。また、18-19年秋冬のクチュールショーでは、その年に91歳で死去したジバンシィの時を超えたエレガンスと気品を称え、彼のアイコニックな創造性やテクニック、格言を反映したコレクションを捧げた。
クレアの手掛けたウィメンズコレクションには、80~90年代をほうふつとさせるものや、ダメージ加工のデニム、最先端の仕立てからラッフルドレスに至るまでさまざまなスタイルが見られる。ファッションプレスの間でもクレアの人気は高く、特に彼女のクチュールショーの評価が高い。
またクレアは、ランウエイでメンズクチュールを披露したり、19年6月には伊フィレンツェで開催されたピッティ・イマージネ・ウオモ(PITTI IMMAGINE UOMO)にゲストデザイナーとして参加するなど、メンズの存在感アップにも貢献してきた。しかし、レザーグッズなどほかのラグジュアリーブランドが利益を上げているカテゴリーに関しては大きな前進をもたらしていない。
クレアは「ジバンシィ」のアーティスティック・ディレクターへの就任直後に、それまで在籍していた「クロエ(CHLOE)」での6年間について、「本当にやりたいことができたわけではなかった」と明かしている。クレアは「クロエ」で手掛けたコレクションでも大きな支持を獲得しており、ブランドの勢いを回復させるなど確かな実績を残している。なお、11年に「クロエ」に入る以前は、「プリングル オブ スコットランド(PRINGLE OF SCOTLAND)」でデザイナーを6年間務めていた。
落ち着いた穏やかな話し方で笑顔の多いクレアはファッション業界の上層部でも人気が高く親しみやすいと評判だ。故カール・ラガーフェルド(Karl Lagerfeld)氏や「ヴァレンティノ(VALENTINO)」のピエールパオロ・ピッチョーリ(Pierpaolo Piccioli)とも親交が深い。
ニットやメンズウエアにおいては、トム・フォード期の「グッチ(GUCCI)」でシニア・ウィメンズ・デザイナーを務めた経験もあり、「ラルフ ローレン(RALPH LAUREN)」や「カルバン・クライン(CALVIN KLEIN)」にも在籍していた。
43万9000のフォロワーを抱える自身のインスタグラムでは、「ジバンシィ」でのフィッティングや写真撮影の裏側をハイライトした投稿も行った。クレアの今後の動きについてはまだ明らかにされていない。
今回、パリの代表的なクチュールブランドの重要ポストが空くこととなったが、ファッション業界はいま複雑な時期にある。新型コロナの感染拡大によって国際的なファッション・ウイークにも甚大な影響が及び、世界の新たな需要に向き合う必要に迫られているからだ。ラグジュアリーの消費活動はほぼ停止状態となったことで、ファッション業界の速すぎるペースやその他の弊害についても疑問の声が上がっている。