ビジネス

解雇や休業補償、発注キャンセル 新型コロナにまつわる悩みをファッションロー弁護士に一問一答

 「WWDジャパン」4月20日号および「WWDビューティ」4月23日号の特集「コロナに負けるな 諦めず、知恵を集めよう!」では、新型コロナウイルスによって浮き彫りになったファッション&ビューティ業界の課題に対して“法律”という切り口から解決策を探った。回答してくれたのは、ファッション業界に関する法律問題(=ファッションロー)に詳しい海老澤美幸弁護士だ。(この記事はWWDジャパン2020年4月20日号、WWDビューティ2020年4月23日号からの抜粋に加筆しています)

 本来、ビジネスにおけるトラブルを解決する手段の一つとして法律は有効だが、今回のような前例のないケースに既存の法律を当てはめようとしても、なかなかうまくいかないことも多く、専門家の間で見解が分かれることもある。しかしそれでも“法による解決”は確実に有効な一手であり、企業や労働者を救うカギになるだろう。本記事では、特に関心が高いと思われるトピックや、紙面で紹介しきれなかった課題を公開する。(※本情報は取材時点の情報となります。日々状況が変わっていますので、個別の事案については弁護士に直接ご相談ください。)

- 労務に関するQ&A -

Q:海外で頻発している一時解雇ってなに?

海老澤:一時解雇(=レイオフ)は、会社の業績が悪化した場合に人件費を減らすため、業績回復までの間一時的に解雇することをいい、米国などでしばしば行われています。この場合、再雇用が約束されてはいますが、「解雇」(会社の経営に必要な人員削減を目的として行われる解雇は「整理解雇」と呼ばれる)であることに変わりありません。

日本は世界的に見ても労働者保護に厚く、解雇のハードルが高い国です。労働契約法においても、客観的に見て合理的な理由がなく、社会通念上相当であると認められない解雇は無効と定めています。特に会社都合で解雇する整理解雇は厳しく判断される傾向にあり、次の4つの要件を満たすことが必要とされています。①人員削減の必要性があること、②解雇回避の努力が尽くされていること、③解雇される者の選定基準が合理的であること、④事前説明をして納得を得るための努力をすること。これらを満たすかどうかについて十分な検討をせずに安易に従業員を解雇すると、従業員から訴えられるリスクがあります。またパートやアルバイトといった非正規雇用についても、解雇する場合は4要件を満たす必要がありますのでこの点も注意が必要です。

Q:店舗で働くスタッフは休業期間中の給与は補償されない?

海老澤:会社に責任がある休業の場合、会社は従業員に対して休業手当を支払わなければならないとされています。また、これは正社員だけでなく派遣社員やパート・アルバイトなどの雇用形態にも適用されます。今回、新型コロナウイルスによる休業が“会社に責任のある休業”と言えるかにどうかついてはさまざまな意見がありますが、個人的には、新型コロナによる休業も“会社に責任のある休業”に当たるのではないかと考えています。

厚生労働省の「新型コロナウイルスに関するQ&A(企業の方向け)」によると、「不可抗力の場合は支払い義務がない」とされており、①その原因が事業の外部から発生した事故であること、②事業主が通常の経営者として最大の注意を尽くしてもなお避けることができあい事故であることの2点を満たさなければ不可抗力とはいえないとしています。また、判例などでは“会社に責任のある休業”の範囲はかなり広くとらえられており、例えば業績回復のための一時休業や原材料不足による休業なども会社に責任のある休業に含まれると考えられています。

今回、緊急事態宣言が出されているものの“休業要請”で強制力はなく、そもそも営業自体を続けることは制限されていません。この状況下でアパレルが営業し続けることは実際には難しい選択ではありますが、接客方法を工夫するなど営業継続の方法はあると思います。そうすると、今回の新型コロナによる休業は“会社に責任のある休業”と言わざるを得ず、休業手当を支払う必要があると考えられます。

- 企業間取引に関するQ&A -

Q:ブランド側から発注を受けて、工場では商品を作り終わっているのにキャンセルされてしまった。

海老澤:ブランドから発注を受けて工場が商品を生産する、いわゆる製造委託契約は通常、請負契約と整理できます。ブランドと工場との間に契約書があれば契約書に従うことになりますが、契約書の中で取り決めていない場合やそもそも契約書を交わしていない場合には、民法に従って判断することになります。請負契約において発注者であるブランドは、工場が商品を作り終わるまでの期間中はいつでも損害を賠償した上で契約を解除することができるとされています(民法641条)。今回のケースでは、工場が商品を作り終わっているということですから、ブランドは契約を解除(=キャンセル)することはできず、商品の代金を支払わなければならないでしょう。

また、下請法の適用が可能な場合には、工場が納入した商品の受領をブランドが拒むことは下請法違反に当たるので注意が必要です。受領拒否だけでなく、代金の支払い遅延や代金の減額も下請法違反です。そのほかにも、例えばブランドの指示で生産を延期し、裁断済みの生地を工場側の費用負担で預からせるような場合も下請法違反に当たる可能性があります。

なお、経済産業省が3月10日に「新型コロナウイルス感染症により影響を受けている下請事業者との取引について、一層の配慮を親事業者に要請します」というリリースを出していますので、発注側は普段以上に下請企業に対して配慮が必要となります。

- イベントや撮影に関するQ&A -

Q:イベントや撮影の中止・延期で仕事をキャンセルされたスタイリスト、フォトグラファー、ヘアメイクなどフリーランスを救う方法は?

海老澤:フリーランス(受注者)と発注者であるイベント会社や出版社などの間には請負契約が成立します。契約書がある場合は契約書に従いますが、契約書がないことも多いでしょう。その場合には民法に従い判断します。請負契約において、発注者は受注者が仕事を終えるまでの期間中いつでも契約を解除できますが、これによって受注者が被る損害を賠償しなければなりません。この場合、発注者が賠償しなければならない損害は広く認められており、受注者が本来得られるはずだった利益、例えばイベントや撮影が中止されなければ得られた利益なども含まれると考えられています。

もっとも、実際は仕事内容が曖昧なままスケジュールだけが広く押さえられているなど、契約が成立したと言えるかどうかが微妙なケースも少なくありません。こうしたケースでは、発注者から「契約は成立していないから支払わない」などと言われ、受注者が泣き寝入りせざるを得ない状況も多くみられます。また、契約が成立していたとしても、受注者が発注者に損害賠償を請求するなど、発注者に対して強い態度をとることはなかなか難しいのが実情です。そこで、受注者であるフリーランスの方々には、今回のことを契機にぜひとも契約書を作成し、キャンセル料の設定など、キャンセルされた場合の取り決めをしておくことをご検討いただきたいと思います。

Q:ファッション撮影でクラスターが起こった場合、責任はどこにある?

ファッション撮影を組んだ出版社が何らかの責任を負うのか考えてみましょう。ファッション撮影の場合、フォトグラファーやスタイリストなどの撮影スタッフと出版社との間には通常、業務委託契約が成立しています。業務委託契約の場合には、労働契約の場合とは異なり、原則として、委託者(出版社)は受託者(撮影スタッフ)に対して安全配慮義務違反を負わないものと考えられています。仮に出版社と撮影スタッフとの間に労働契約のような関係があれば別ですが、通常、撮影スタッフは仕事を断ることもできますし、独立して仕事をしているので、そういった関係は認められないと思います。

そうすると、撮影が原因でクラスターが発生した場合に、撮影スタッフが出版社に対して業務委託契約を根拠に責任を問うことは難しいと考えられます。例えば編集者が、自分が感染者だと分かっていて「クラスターを起こしてやろう」と思っていたり、明らかな症状が出ているのに無理やり撮影を組んで、このことが原因で撮影スタッフが感染したと言えるような場合は、その編集者に不法行為責任を、出版社には使用者責任を問える可能性はありますが、これはかなりまれなケースでしょう。そうでない場合には、出版社に責任を問うことは難しいということになるのではないでしょうか。次に、例えばカメラマンが感染していることを知りながらわざと撮影に臨み、これによりスタイリストが感染したような場合、スタイリストがカメラマンに対して不法行為責任を問える可能性はありますが、これもまれでしょうし、そもそも撮影によって感染したと証明するのはとても難しいのではないかと思います。

新型コロナウイルスの最新記事はこちらから


 「WWD JAPAN.com」はファッション&ビューティ業界を応援すべく、週刊紙の「WWDジャパン」と「WWDビューティ」に掲載した新型コロナウイルス関連ニュースを無料開放します。記事やコラムから未曾有のピンチを克服するヒントや勇気を感じ取ってくだされば幸いです。

 なお、他のニュースはこれまで通り、有料会員限定記事とさせていただきます。購読は、こちらからお申し込みください。


YU HIRAKAWA:幼少期を米国で過ごし、大学卒業後に日本の大手法律事務所に7年半勤務。2017年から「WWDジャパン」の編集記者としてパリ・ファッション・ウイークや国内外のCEO・デザイナーへの取材を担当。同紙におけるファッションローの分野を開拓し、法分野の執筆も行う。19年6月からはフリーランスとしてファッション関連記事の執筆と法律事務所のPRマネージャーを兼務する。「WWDジャパン」で連載「ファッションロー相談所」を担当中

関連タグの最新記事

最新号紹介

WWDJAPAN Weekly

27メディアが登場、これが私たち自慢の“ナンバーワン”【WWDJAPAN BEAUTY付録:化粧品専門店サバイバル最前線】

11月25日発売号は、毎年恒例のメディア特集です。今年のテーマは "ナンバーワン"。出版社や新興メディアは昨今、ウェブサイトやSNSでスピーディーな情報発信をしたり、フェスやアワードなどのイベントを実施したり、自社クリエイティブやIPを用いてソリューション事業を行ったりなど、事業を多角化しています。そのような状況だからこそ、「この分野ならナンバーワン!」と言えるような核を持てているかが重要です。

詳細/購入はこちら

CONNECT WITH US モーニングダイジェスト
最新の業界ニュースを毎朝解説

前日のダイジェスト、読むべき業界ニュースを記者が選定し、解説を添えて毎朝お届けします(月曜〜金曜の平日配信、祝日・年末年始を除く)。 記事のアクセスランキングや週刊誌「WWDJAPAN Weekly」最新号も確認できます。

@icloud.com/@me.com/@mac.com 以外のアドレスでご登録ください。 ご登録いただくと弊社のプライバシーポリシーに同意したことになります。 This site is protected by reCAPTCHA and the Google Privacy Policy and Terms of Service apply.

メルマガ会員の登録が完了しました。