医療用ガウンの不足を解消しようとする政府の要請に、奈良県で縫製工場を営むアパレルベンチャーのヴァレイ(上牧町)が名乗りを上げた。「ケイタ マルヤマ(KEITA MARUYAMA)」などの婦人服を手掛ける同社は、全国に組織する縫製職人のネットワークを活用し、2カ月で約10万枚の医療用ガウンを生産する。谷英希社長に今回の取り組みと事業にかける思いを聞いた。
――緊急事態宣言が全国に広がった4月16日、医療用ガウンの生産に乗り出すことを発表した。その経緯は?
谷英希ヴァレイ社長(以下、谷):2月末、経済産業省からアプローチがあり、繊維関係の有識者を集めたピッチを5月末に開催するので登壇してほしいという依頼があったのがきっかけ。7都府県に緊急事態宣言が出された4月7日には経産省の担当者から電話があり、医療用ガウンの生産を打診された。現場では、いま数百万枚のガウンが不足していて、本来使い捨てのガウンを数日間着続けている。物資が足りなくて医療崩壊してしまう状態だと聞き、二つ返事で引き受けた。
――6月末までに最低10万枚。普段は小ロット生産中心ようだが、大丈夫?
谷:職人1人で1日最低20枚、仮に月20日働けば約400枚は作れる。当社が全国に組織する「マイホームアトリエ」に登録する200人の在宅職人のうち、現在稼働可能なのが50人。そこに契約工場を加えれば、月産5万枚は可能だ。医療用なので通常だと衛生管理面の制約があるが、雨ガッパで代用するほどの緊急事態のため、参入のハードルは下がっている。ビジネスとしてはチャンスであり、少なくてもうちができない理由はないと思った。
――原材料の供給も逼迫している。
谷:弊社はユニチカから不織布を仕入れる予定だが、国内の在庫は現在、医療マスク用に供給されていて在庫がない状態だ。5月半ば過ぎには調達し、5月末に1回目の納品を目指している。国からの要請とは別に、弊社独自の医療用ガウンも製造販売する。撥水性のあるナイロン素材を使ったもので、4月末までに1万mを確保し、5000枚を供給したい。地方のクリニックにも届くよう、いま販売代理店を募集している。
――日本の縫製業を次世代につなぐことを経営ビジョンに掲げている。
谷:この取り組みでできる社会貢献は2つある。一つは医療現場に対して。実際にいくつかの医療機関にヒアリングしてその惨状を知り、医療崩壊の実態を実感した。本来助かるはずの病気が助からない事態になってはいけない。二つ目は全国の縫製職人さんに対して。アパレルからの発注は4月納品分で終わっていて、現状、5月以降の仕事の見通しが立っていない状態だ。職人さんの中には、子育てや介護などの事情で外に働きに行けない人や家計を支えている人が多い。しかも、フリーランスなので基本的な休業補償がなく、収入源の確保が大きな課題だった。
――新型コロナ感染が収束した後、業界はどう変化すると思うか?
谷:まず、僕たち経営者にできるコロナ対策は経済を回していくこと。経済活動が止まり、その結果、人が死ぬようなことは絶対避けないといけない。当社の場合は、職人さんに依頼する縫製の仕事をいかに作っていくかに尽きる。コロナ禍でアパレルは、特需を得られた企業とそうでない企業に二分されているが、現状に甘んじることなく、これまで通り常に先のことを見据えて動いている。コロナの感染拡大が収束すれば、アパレル生産はもとの中国やバングラディシュ、ベトナムに戻るだろう。アフターコロナ、ヴィズコロナ時代は、コロナと向き合い、自社の事業をどう運営していくかを考えた経営者だけが新たなイノベーションを起こせる。国ができることは何かを決断することであって、考えて実行に移すのは民間企業がすべきことだと思う。
――コロナ禍によってアパレルメーカーや縫製工場の廃業や倒産が増えることが予想されるが、どう乗り越えればいいのか。
谷:一般消費者が普通に買い物に行けて、アパレル業界が復興できるまでに2、3年はかかると思う。だから、弊社も猶予を少し与えられただけでピンチであることは間違いない。雇用調整助成金など国の支援制度や銀行の融資などを活用すれば、大きな蓄えがなくても半年は存続できるはず。ただ、その先は何も手を打たなければ淘汰されるだけ。誤解を恐れずに言えば、廃業したほうがいい場合もある。新たな価値を見出して事業展開していける企業でなければ、アフターコロナは生き残れないだろう。