ラグジュアリービジネスに長く携わってきたベテランPRの2人が新会社、オープンドアーを設立した。主な事業内容は企業のコミュニケーションのサポートで、現在はLVMH モエ ヘネシー・ルイ ヴィトン(LVMH MOET HENNESSY LOUIS VUITTON以下、LVMH)グループなどのCSR(企業の社会的責任)関係で活動している。ラグジュアリーブランドのPRについて、特にマネジャー職の永遠の課題であるチームビルディングついて2人に話を聞いた。
WWDジャパン(以下、WWD):新会社設立を聞いて、“え、あの2人で!?”と驚いた業界関係者は多いと思います。 これまでそれぞれにラグジュアリーブランドのフロントに立ってきて、特にメディア関係者にとって存在感が大きかったからです。お2人は2009年からの7年間は、グッチジャパンのマーケティング&コミュニケーション部で一緒に働いていたんですよね。
根道美奈オープンドアー プレジデント(以下、根道):私はグッチジャパンに2回にわたり、トータル15年間在籍しました。トム・フォード(Tom Ford)がクリエイティブ・ディレクターを務めていた1回目の在籍時には、菅原さんは広告代理店で「グッチ」(GUCCI)」を担当していたから、知り合ってからは20年くらいになります。トムの退任で一度やり切った感もあり、05年の夏に退職してニューヨークへ留学しました。
菅原秀子オープンドアー エグゼクティブディレクター(以下、菅原):同じタイミングで、私はグッチジャパンにPRコミュニケーション・マネジャーとして入社しています。フリーダ・ジャンニーニ(Frida Giannini)の時代ですね。
根道:NYでMBAを取得して帰国した2009年にお誘いいただいて再びグッチジャパンへに入社し、マーケティング&コミュニケーション・ディレクターに就任して、以降2016年までの7年間、菅原さんとは同僚でした。
WWD:その後16年に根道さんは、ルイ・ヴィトン ジャパンにバイス・プレジデントとして入社し、「グッチ」のアソシエイトディレクターになっていた菅原さんとは、いわばライバル関係になったわけです。そこで見たもの・思ったことについてはこの後で話していただきますが、まずは一緒に会社を立ち上げた経緯を教えてください。
根道:私は昨年10月に、菅原さんは今年の1月にそれぞれ退職しました。で、私から「一緒に会社をやらない?」と声をかけたら「やる!」と二つ返事が返ってきた。すごくカジュアル(笑)。計画していた訳ではなく………。
WWD:菅原さんは返事をする前に “何の会社?”とは聞かなかったのですか?
菅原:聞かなかったです(笑)。それぞれ思っていたことはあるけど、第一声は「一緒にやらない?」だけ。その後も長時間話し合うというより、すぐに「コミュニケーション戦略をお手伝いするPR会社を作つくる」で一致しました。
WWD:20年以上同じ景色を見てきた2人の “あうん”の呼吸ですね。話は行きつけのご飯屋さんで進んだとか。
菅原:西麻布のね。別の会社にいたときも、連絡は取りあっていました。でも私たちが“友だち”かと言えば、なんか違う。旅行もするけど公私混同はしない距離感です。
WWD:オープンドアーの事業内容は?
根道:ブランディング、PRコミュニケーション戦略、CSR活動の支援を3つの柱としています。ファッション、アート、カルチャー、ホスピタリティーなどあらゆるライフスタイル分野で企業のブランド価値、社会的存在価値を高めるサポートをしたいと思っています。
菅原:商品に関わるPRも大事だけど、特に力を入れたいのがCSR。企業活動においてCSRは年々重要になっていますが、日本には専任のポジションを設けている企業はまだ多くない。そこを私たちがサポートできると考えています。
根道:現在は、LVMHグループの女性をサポートするCSRプログラムのお手伝いしています。什器などのデザイン・製作を行う会社ワークスタジオが開発した、廃棄衣料を原材料とした建築材の板のブランディングとコミュニケーションも担当しています。
「伝統と革新」は簡単じゃない
WWD:ヨーロッパのラグジュアリー企業に長く身を置いて得たこととは?
菅原:大きなイベントに携わったり、社会貢献を学んだりと、楽しい仕事でした。企業理念として多くのラグジュアリーブランドが掲げるのが「伝統と革新」。だけどその両方の実現は本当に難しいです。革新だけに向かってしまうこともあれば、伝統に固執してしまうことも。難しいけど両方ないとブランドは続かない。だからこそそこに携われる“快感”がありました。結局はブランドや企業など、担当している仕事を“愛して”いないとできないのだと思います。ドライに見えるかもしれないけど、外資でも最後は誠意や愛情。愛がないと、革新だけに走りがちですから。
WWD:同時に歴史ある企業やブランドの場合、伝統への固執も前進を妨げますね。
根道:バランスですよね。素晴らしいブランド、好きな会社だからこそ、“変えたくない”と思っちゃう。グッチジャパンに2回目に入社した直後、当時の上司に言われたのは、「あなたが多少冒険して失敗しても揺らぐブランドではない。だから安心しなさい」でした。私の失敗で大切なブランドに傷をつけてしまったらどうしよう、と心配して、勇気が持てないときだったから背中を押されました。
WWD:「グッチ」時代に2人が一緒に手掛けた仕事で思い出深いものは?
根道・菅原:漫画「ジョジョの奇妙な冒険」とのコラボレーションでしょうか。11年と12年に実現した雑誌「シュプール」の表紙とジョジョのオリジナルストーリーの別冊(小冊子)で、グローバルでのウインドー展開にまで発展しました。あれは “「グッチ」らしさ“ 漫画らしさ”の両方を壊さずに新しさを見出せたと思います。
WWD:漫画の登場人物が「グッチ」を着ているなど大胆なコラボでした。こういったプロジェクトが始まるきっかけは雑誌の編集部や代理店との会話だと思いますが、PRマーケティング担当としてメディアとの仕事で意識していたこととは?
根道:どんな話でもまずは耳を傾ける、でしょうか。「ジョジョ」のときも、先方は最初「無理ですよね」と言いながら話を持ってきました。私も「本社に通すのは難しい」と思ったけど、頭の半分では面白いと思ったから「今回実現しなくても次につながるかも」とイタリア本社へ掛け合いました。これはラグジュアリーに限りませんが、PRの仕事は一人では生み出せないから、最初に「たぶん聞いてもらえない」と周囲に思われたら仕事が広がりません。
菅原:それを聞いて、代理店時代にクライアントから「あなたはうちのブランドのことわかってないわね」と言われることが多くて、悔しかったことを思い出しました。先輩たちが同じことを言われているのを見ても「そうじゃない。こちらは3年後のことを考えているのに」と歯がゆかった。だから私も逆の立場になったときはまずは聞く、を意識していました。そういう姿勢でいると周囲が面白い話を持ってきてくれますよね。とか言って私自身、何年も同じブランドを担当する中で「自分が一番よく知っている、だから他の人の意見を聞かなくてもわかっている」と考える時期がありましたけどね(笑)。
WWD:PRの仕事は、社内外の人や組織をつなぐ仕事でもあります。
根道:ひと昔前は外資のPRコミュニケーションは社内でも聖域っぽいというか、「本国やクリエイティブ・ディレクターがこう言っているから」で押し通す、みたいなところがあり、それが重要でもあったけど、今は店やMDの動きを踏まえてPRがとるべき戦略も変わります。小売業であればMDとリテールとPRコミュニケーションがバランスよく機能したときにうまくいきます。
菅原:自分の部署の業績だけを考えていたらその3者が一体にはならないから難しい。かと言って“仲良し”では進歩しない。営業は売り上げ目標があり、コミュニケーションはイメージを保ち、とそれぞれに使命がある。だからそこには必ず議論が生まれます。「ブランドのためよかれ」と思っての議論を続けながら、今とるべき「革新」を選びとってゆくのだと思います。
グレーをグレーのまま受け止める
WWD:マネジャーとしてチームを束ねる仕事をする中で意識していたこととは?
根道:手柄を独り占めせず、本社のスタッフにチームの誰がどんな仕事をしたのかを伝えることは心掛けていました。「評価された」と思うことがやりがいとなり、次につながりますから。
菅原:私は本来「背中を見て」というタイプ(笑)。でもあるとき根道さんに「それじゃダメ」と言われた。「言わずとも気づいてよ」もダメなんだと。確かにコミュニケーションの仕事は些細なことでも直接話すことが本当に大切で、誰かが困ったときに、大きな声でSOSを出せば一気に進むようなチームワークを大切にしてきました。
根道:ファッションの仕事は全部が白と黒ではなく、「これがかっこいいことなのか、かっこ悪いことなのか」など話しながら答えを導き出してゆく部分が多い。だから部下から話しかけられたらよほどのことがない限り「後で」とは言わずに、その場で聞くようにしていました。話しかけにくい上司では、グレーな課題が入ってこなくなります。
WWD:グレーが大事なのはファッションの特性かもしれないですね。かっこいいとか革新的とか、あるいは白黒などつけられないけど新しいものを作っていく世界だから。
菅原:“規定だとNGだけど、やりたいからいったんグレーで受け止める”ことが本当にたくさんある。グレーを作ると時間はかかるけど、グレーの中で模索すると結果として “花丸”になることが多いです。
WWD:PR業を目指す若者に一言。
根道:PRの仕事は一時期人気の職業だったけど、最近は大変と思われているのか、そう人気でもなくなっている。この仕事はとても楽しくて夢があるからぜひ目指してほしいとは思います。
WWD:いずれフリーランスのPRのプラットフォームのようなものもつくりたいとか。
根道:まだ構想段階ですが、出産や結婚、介護などの理由で働くことから離れざるをえなかった優れたフリーランスをサポートする仕組みをつくれたらな、と思っています。