伊勢丹新宿本店、外商部の嶋崎信也さんは、誰もが知る大企業の社長やプロスポーツチームの監督などの名だたるVIP客からの指名を受けるストアアテンダントだ。「WWDジャパン」6月29日号の販売員特集で掲載しきれなかった彼の接客術を紹介する。
世界中の上質な商品やサービスを知るVIP客の心をどうやってつかむか。嶋崎さんが出した答えの一つはスピードである。VIP客はとにかく多忙で、何よりも時間を大切にする。嶋崎さんのもとにはLINE WORKS(業務用のLINE)を通じて直接、顧客のリクエストが届く。クッションが欲しい、シャンパンが欲しい、等々。時には自ら車を運転して顧客の家に配達をすることもある。アマゾンプライム顔負けのサービスが、買い物の選択肢が多いVIPたちに選んでもらえる秘訣なのだ。
1992年に伊勢丹(当時)に入社してから30年近く、変わらず 新宿本店の店頭に立ち続けている嶋崎さん。大手百貨店のような大組織は異動がつきもので、ずっと同じ店で販売を担当する事例は珍しい。それだけの実績を上げてきた証拠だろう。誰にも負けない売り上げを維持してきた嶋崎さんだが、「がむしゃらに数字を取る時代は終わった」と語る。業界のEC化が進みリアル店舗の存在感が薄れている今、上質なサービスをさらに極めることが百貨店に求められているからだ。
彼のこだわりはスピードだけにとどまらない。嶋崎さんは「販売は演出」と表現する。新宿本店の車寄せで顧客の乗った車のドアを開けるその瞬間から“ショー”の始まりを意識している。何度も店を訪れてくれている客を驚かせることも重要と考え、「今日は何で驚かせよう」と事前に計画をするという。もちろん買い物や食事のルートも入念に練る。ある顧客の夫人の誕生日会を店内のラウンジで開催した際には、ハワイ好きであるとの情報をもとにサプライズでフラダンサーを手配した。顧客の大切な人を幸せな気分にすることが、信頼を深めることにもつながるという。
嶋崎さんは“気の利いたお節介”をサービスのモットーにしている。VIPの顧客のみならず、店内で困っていそうなお客さんには必ず話しかける。あまり詳しくない売り場について質問されることもある。嶋崎さんは「終電で寝ている人を見かけたとき、起こしてあげるようなお節介」と例え、少し恥をかいてもその人のためになる優しさが必要だと話す。自分が解決できなくとも同店には80人のストアアテンダントが在籍しており、コミュニケーションで互いをサポートする体制が整っている。ストアアテンダント全員が参加するアプリ上でのグループチャットを駆使し、それぞれの専門性を持つ80人が協力して一人の客をもてなしているのだ。「得意不得意もあるので、私一人でお客さまの多様な要望に応えることは難しい。でも当店には80人のスペシャリストがいる。こんなおもてなしは百貨店以外ではできないと思う」。
ECの進展の普及 に加え、新型コロナウイルスで新しい生活様式が叫ばれる中、多くの小売業は曲がり角にさしかかっている。だが、30年近く伊勢丹新宿本店で顧客と対話してきた嶋崎さんの絶妙な“お節介”は、多くの人を惹きつける普遍性を持っている。