新型コロナウイルスがヨーロッパでも広がる最中の2月末にパリ・ファッション・ウイーク(以下、パリコレ)で披露された「パコ ラバンヌ(PACO RABANNE)」の2020-21年秋冬コレクションは、個人的に今シーズン最も印象に残ったブランドの一つだった。というのも、パリコレ全体に見られた“強さ”や“プロテクト(身を守る)”というキーワードが非常に洗練された形で表現されていたからだ。そして会場選びから音楽や空間演出まで、ランウエイショーで見せることの意義を考えさせられるコレクションでもあった。
会場はマリー・アントワネットも最期を過ごした元牢獄
会場は、10世紀から14世紀まで王宮として使われた後に牢獄となり、マリー・アントワネット(Marie Antoinette)も処刑される前の2カ月を過ごしたというコンシェルジュリー。その中でショーに用いられた衛兵の間は、尖頭アーチ型の高い天井と太い柱が特徴的なゴシック建築の重厚な空間だ。ショーが始まると、そこにパイプオルガンの音色と聖歌隊のような女性たちの歌声が響き渡り、スポットライトが歩くモデルを照らし出す。
そんな厳かな雰囲気の中で発表されたコレクションの出発点は、中世の装い。「表現したかったのは“強い女性”。それは『パコ ラバンヌ』の歴史にもつながるもので、同じくブランドを象徴する神秘的かつ歴史的な美的感覚も取り入れた。神秘主義の中世の社会で主導権を握っていた男性の装いからヒントを得て、女性に力を与える服を作りたかったんだ。このコレクションは、異なる強さを秘めた女性たちのコミュニティーのようなもの。そこには騎士や役人もいれば、教皇や司祭もいる」とジュリアン・ドッセーナ(Julien Dossena)=クリエイティブ・ディレクターは穏やかな口調で話す。その言葉通り、ショーを見る中で頭に浮かんだのは、祭服やローブ、甲冑など。首元の詰まったテーラードコートやジャケットからアイコニックなメタルのアイテム、クラシックな花柄とレースを合わせたロマンチックなドレス、アンティークのラグやスカーフを想起させるフリンジドレスまで、さまざまなスタイルがそろう。それらを身にまとうモデルの姿は、現代によみがえるジャンヌ・ダルクのようだ。ただ、そこに古くささはなく、洗練されたシルエットとコンバットブーツやプラットホームブーツ、大ぶりなメタルのアクセサリーなどでモダンなルックへと昇華されている。
そして今季は、あらためてクラフトの力にもフォーカスした。それを象徴するのは、代表的な素材であるメタルメッシュとメタルなどのパーツをつなぎ合わせるアッサンブラージュの技術。これまでもブランドの象徴としてコレクションに常に取り入れられてきたが、特に今季のボディーラインに沿うドレスはうっとりするような美しさが際立っていた。「この素材や技術をどれだけ卓越した方法で表現できるかは、まさに自分たちの使命。ベースは伝統的なバイアスカットのアイテムだけど、軽さとシルエットを両立させるために長い時間をかけて仕上げた。クチュールのようなものであり、これが私たちにとってのクラフトだ」とドッセーナ。強さとしなやかさを併せ持つ素材はシーズンテーマとの相性も抜群で、コレクションの魅力を高めていた。また、現在は軽量化のためにメタルメッシュにブラスだけでなくアルミニウムも用いたり、アッサンブラージュのパーツのバリエーションを広げたりと、メゾンの伝統を時代に合わせて進化させている。
今季のショーはウィメンズにフォーカス
でもメンズも世界観やアプローチは同じ
先シーズンは新たにスタートしたメンズウエアも一緒に披露したが、今季のショーに登場したのはウィメンズのみ。“強い女性”というイメージをより明確に表現するために、メンズと混ぜたくなかったのだという。一方、先にルックブックで20年プレ・フォールとともに発表されたメンズは、ウィメンズとのつながりを感じさせるものだった。これについては、「もちろん体形に違いはあるけれど、性別はあまり気にしていない。一つの世界観の中で男女の境界線が曖昧になればいいと考えているので、同じアプローチでデザインしている」とコメント。今後もファッション・ウイークで何を見せるかは、シーズンのテーマやメッセージに合わせて変えていくようだ。
JUN YABUNO:1986年大阪生まれ。ロンドン・カレッジ・オブ・ファッションを卒業後、「WWDジャパン」の編集記者として、ヨーロッパのファッション・ウィークの取材をはじめ、デザイナーズブランドやバッグ、インポーター、新人発掘などの分野を担当。2017年9月ベルリンに拠点を移し、フリーランスでファッションとライフスタイル関連の記事執筆や翻訳を手掛ける。「Yahoo!ニュース 個人」のオーサーも務める。20年2月からWWDジャパン欧州通信員