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連載 小島健輔リポート

コロナ危機で痛感した「キャッシュフロー経営」【小島健輔リポート】

 ファッション業界の御意見番であるコンサルタントの小島健輔氏が、日々のニュースの裏側を解説する。新型コロナウイルスによる臨時休業によってクローズアップされた「キャッシュフロー経営」の重要性とは?

 コロナ危機では都心店舗の大半が2カ月近く休業し、売り上げが激減し在庫が積み上がって資金繰りに窮するアパレルも少なくなかった。そんな窮状からアパレルの経営者は何を学んだのだろうか。その要点は(1)キャッシュフロー経営、(2)在庫換金の運用戦術、(3)在庫と損益の先送り、(4)ウィズコロナの防染対策、(5)アフターコロナのファッション意識の変容――だったのではないか。とりわけ資金繰りで苦しい思いをした経営者はキャッシュフロー経営を肝に銘じたはずだ。

つぶれたら終わりだからキャッシュフロー経営

 アパレルの経営はチャンスとリスクが背中合わせのギャンブルという側面もあって丼勘定になりがちで、シーズンを締めてみて粗利益と残品のバランスで損益が決まるし、残品を持ち越せば損益を先送りすることもできる。そんな経営感覚だから、よほど売り上げが激減しない限り、シーズン途中のキャッシュフローにはこれまで関心が薄かったかもしれない。

 ところがコロナ危機では想定以上に売り上げが激減し、資金繰りに窮するアパレルが続出した。日頃からキャッシュフロー経営を意識して必要運転資金を圧縮する努力をしていれば、売り上げが激減してもパニックに陥ることはなかったのではないか。

 運転資金回転日数は「(A)売上債権回転日数 +(B)棚資産回転日数 −(C)買掛債務回転日数」で決まり、それを365日で割って年間売り上げを掛けると必要運転資金が算出できる。運転資金回転日数が短いほど運転資金が少なくて済み、資金繰りも楽になる。それには(A)売上金をいかに早く回収するか、(B)在庫の消化回転をいかに速めるか、(C)仕入れ代金の支払いをいかに遅くするか――以上の3点が問われる。

売上金の回収を早めるには

売上金を早く回収するには、(1)売上金の直接収納比率を高める、(2)現金決済比率を高める、この2点が要だ。路面の独立店舗なら日銭が入るが、商業施設テナント店は月2回締めだから22.5日、百貨店は月締めだから45日、それぞれ入金が遅れる。キャッシュレス決済も一般には45日後の入金になるが、金利と手数料を支払えば早めることはできる。商業施設テナント店で22.5日+45日ではテナントが干上がるから、キャッシュレス決済分を立て替え払いするデベロッパーもある。

 キャッシュレス化政策にコロナ感染忌避も加わってキャッシュレス比率が上昇しているが、現金化が遅れるだけでなく手数料の負担も大きい。とりわけデベロッパーが包括加盟する商業施設テナント店では手数料率が上乗せされ、ハウスカードでは5%というケースも聞く。単価の高いブランドショップやセレクトショップではキャッシュレス決済比率が6〜8割にも達するから手数料の負担も重く、売上金の回収も遅くなる。

 店舗規模の大きい大手アパレルチェーンは路面の独立店舗も多く、商業施設テナント出店でも売上金を直接収納しているから回収が早く、キャッシュレス手数料率も直接契約だから2%前後に収まる。商業施設テナント出店中心のユナイテッドアローズは26.4日、TSIホールディングスは26.0日も決済が遅れるが、「ユニクロ(UNIQLO)」のファーストリテイリングは9.6日、H&Mも9.2日、「ザラ(ZARA)」のインディテックス(INDITEX)も10.1日と早い(いずれも前期決算)。何が違うかお判りだろう。

在庫の消化回転を速めるには

 在庫の消化回転とは在庫の換金速度だからいかに速めるかが問われるが、近年は過剰供給で在庫回転が低下している。インディテックスこそ72.9日と速いが、H&Mは125.0日、ユナイテッドアローズは124.8日、ファーストリテイリングは147.9日と遅い(全て前期決算)。さまざまな要素が絡んで消化回転を速めるのは難しいが、その鉄則は極めて明快だ。

(1)売り上げと在庫を月度に平準化する

 売り上げのピークを追わず在庫もピークを抑え、狭間月の売り上げを下支えして平準化すれば、売り上げは多少落ちても在庫回転が速まり、値引きと残品が減って粗利益額は逆に増え、収益もキャッシュフローも改善される。「ザラ」の月販売指数は「ユニクロ」と比べると驚くほど平準化しており、山は低く谷も浅い。それが両者の在庫回転日数の差をもたらしている。

(2)調達ロットを抑えリードタイムを最短化する

 調達にはロット調達とVMI(※)補給調達があるが、ロット調達では確実に売り切れる量に抑え、計画以上に売れた場合は同一品にこだわらず類似品を補充調達する(売れ筋をリレー継続する)。デザイン品は4週、ベーシック品は8週(それを超えるとVMI)とか販売期間を定め、消化進行が遅れれば編集運用や店間移動で消化を促進してから売価変更して計画通りの消化を図る。

 リスクはロットとリードタイムに比例するから、できるだけロットを抑えてリードタイムを短縮し、実売期に引き付けて投入するのが望ましい。アパレル業界では実需期の4〜8週前に投入する習慣があるが、いくら早く投入しても実需期は早まらず、商品が陳腐化し在庫回転が遅くなるだけだ。

※VMI(Vendor Managed Inventory)…あらかじめ定めた棚割に基づいてベンダーに補給と在庫管理を委任する取引形態

(3)定番商品はVMI補給調達する

 販売期間が長く売価を抑える定番商品は調達ロットが大きく、リードタイムも長くなるから消化リスクも高くなりがちで、生産ラインや補給物流をコントロールできるベンダーとVMIを組むのが正解だ。VMIは販売期間と陳列棚割を定めて補給・生産を委託するもので、期間終了時の残在庫ロス(多くは原材料)の分担も契約で定める。

 量販店のアパレル部門はSPA(製造小売り)型のロット調達でロスが大きく万年赤字だが、肌着・靴下・ナイティ部門は大半がVMIだからロスが限られ確実に利益を稼いでいる。ちなみにユニクロはSPA型の巨大ロット調達に見えるが、生産地在庫の管理・運用は大手商社に委託して(18年8月期上半期までは国内倉庫在庫も委託)部分的にVMIを活用しているし、ワークマンもワークウエアベンダーとのVMIで値引きロスを年間売り上げの1.2%に抑えている。

(4)編集運用と店間移動・SKU別値引きを駆使して最小ロスで売り切る

POS(販売時点情報管理)とAI(人工知能)に依存して販売消化が鈍い商品を値引き処理していては、いくら原価率を切り下げても利益は残らない。数字だけ見て機械的に値引きする前に、売れるグルーピングや配置、売れる陳列やコーディネートで消化を図るべきで、週サイクルで編集運用した上で店間移動してSKU(最小在庫単位)別に値引きすれば、値引きと残品のロスは半減し在庫回転も目に見えて加速する。

 RFIDタグ(電子無線タグ)を導入しているなら、ユニクロが全店に導入しているRFルーカスのSKU検索レーダーも使えるから、同一品番でも過剰在庫の色・サイズだけ容易にピックアップできる。

仕入れ代金の支払いをいかに遅くするか

 コロナ危機に際しては、キャンセルや引き取りの延期、支払いの引き伸ばしという緊急退避的な手を打ったアパレルが少なくなかったが、これらは取引先にしわ寄せがいく背信行為であって褒められたものではない。それで取引先が行き詰まったりすれば、寝覚めが悪いどころでは済まなくなる。

 仕入れ代金の支払いサイト(締め日から支払期日までの猶予期間)は長いほど資金繰りが楽になるが、取引先の資金力と合理性が伴ったウィンウィンでないと下請法違反に問われかねない。支払いサイトは一律に設定するものではなく、商品の性格や取引先の体制・体力に応じて設定すべきで、トータルで必要な長さが確保できればよい。

 短サイクル小ロットで調達するトレンド商品やデザイン性の強い商品は取引先の資金力もなく、短い支払いサイトが必要だが、低コスト大ロットで調達するベーシック商品は直貿にこだわらず、商社の資金力や物流体制を活用し、販売消化期間に見合うよう支払いサイトを長くする方が賢明だ。VMIで長期間補給するベーシック商品を生産管理力も資金力もある有力ベンダーと組めば、消化仕入れ的分納支払いが成り立つ。合理的な調達と支払いのミックスを仕組めば、無理なく必要な長さに着地できるはずだ。

 買掛債務回転日数はアパレルチェーンで30〜50日、アパレルメーカーでは100日を超えるケースが多いが、製品買い上げと工賃払い調達、直貿と商社活用のバランスで大きく変わる。ワールドやインディテックスは長く回転差資金(インディテックスの前期は26億ユーロ)が得られるほどだが、H&Mはほぼ26日と短く、運転資金の負担が重い。

 支払いサイトだけの課題ではなく、売上債権回転と棚資産回転との差し引きで運転資金回転が左右される。「無印良品」を運営する良品計画は売上債権回転が18.0日と大型店としては異例に長く、棚資産回転もほぼ160日と過剰在庫に陥っているのに、買掛債務回転は46.5日と短く、運転資金回転が131.4日と長く1600億円近い運転資金を要するから(20年2月期)、コロナ危機で3〜5月期の売り上げが前年同期から30%減少しただけで700億円近い借り入れを要している。

 自社の特性を見極め、コロナ危機を教訓として、万一の事態にも耐えられるキャッシュフロー経営の確立を急ぎたい。

小島健輔(こじま・けんすけ):慶應義塾大学卒。大手婦人服専門店チェーンに勤務した後、小島ファッションマーケティングを設立。マーケティング&マーチャンダイジングからサプライチェーン&ロジスティクスまで店舗とネットを一体にC&Cやウェブルーミングストアを提唱。近著は店舗販売とECの明日を検証した「店は生き残れるか」(商業界)

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