転職はもちろん、本業を持ちながら第二のキャリアを築くパラレルキャリアや副業も一般化し始め、働き方も多様化しています。だからこそ働き方に関する悩みや課題は、就職を控える学生のみならず、社会人になっても人それぞれに持っているはず。
そこでこの連載では、他業界から転身して活躍するファッション&ビューティ業界人にインタビュー。今に至るまでの道のりやエピソードの中に、これからの働き方へのヒントがある(?)かもしれません。
連載第10回目に登場するのは、ファッション誌「ラ・ファーファ(la farfa)」専属モデルの吉野なおさん(モデル名:Nao)です。音楽関係会社での事務職などを経て、モデルに転身。ふくよかな体形を生かしたプラスサイズモデルとして誌面を飾る一方、摂食障害の経験や体形との向き合い方などをSNSや講演を通して発信しています。今年3月と4月に自身のツイッターにアップした、ビフォーアフターで見せるダイエット広告のパロディがトータル30万以上の“いいね”とともにバズったことでも注目されています。
ランジェリーブランドの広告キャンペーンにもプラスサイズモデルを起用する動きがあるなど、体形や人種などを含む“多様性”や“ボディー・ポジティブ”という概念は国内外でも一つの大きな潮流となっています。体形への差別やSNSでの中傷を経験しながら、ユーモアを交えて発信を続ける彼女にモデルとしての仕事と心の内を聞きました。
WWD:モデルになる前のお仕事から教えていただけますか?
吉野なお氏(以下、吉野):はい、出版社でのアルバイトや音楽関係会社、ウェブサービス系の会社で事務の仕事をしていました。体形にコンプレックスがあり、摂食障害に苦しんだ私がモデルになれるなんて夢にも思いませんでした。
WWD:摂食障害を経験されたのですね。
吉野:4歳ぐらいの物心をついた頃から、男の子から「デブ!」と言われたり、体重を聞かれて答えると「うわー!」などとからかわれることは日常茶飯事でした。それからずっと、そうした言葉にどう反応していいか分からなかったんですよね。小学生のときの担任からも「痩せた方がいいよ、苦労するから」とお説教されましたし、見知らぬ学生に「相撲部か?」といきなり声をかけられることもありました。言い返すこともできず、「私が太っているから、そう言われちゃうんだ。仕方ないのかな?」と、自分を責めることしかできませんでした。さまざまなダイエットを試したけれど、どれもうまくいかなかった。高校生2年生の頃、好きな人に「痩せてほしい」と言われたときは、「いい加減ここで痩せないと!」と自分を追い込んだんです。それは食事制限が中心の無理なダイエットでした。30kg近く痩せたのですが、食べることや体重が増えることに対して極度の罪悪感を抱くようになり、今度は過食症に。それから10年近く摂食障害に悩んでいました。
太っていること受け入れてみた
WWD:どのように克服されたのでしょうか。
吉野:摂食障害が治った人の情報をインターネットや本で探してみても、私にはしっくりきませんでした。痩せたいと思えば思うほど過食症がひどくなっていたように思います。先が見えなくて「これ、本当に治るのかな?」と思っていた頃、アルバイトを通じて“痩せていなくちゃならない”という固定観念を壊せたことが大きかったんです。幼少期からずっと体形にも人間関係にも悩んでいた私には、ぽっちゃり=ダイエット広告の“ビフォー(Before)”の写真のイメージ。なんとなく暗くて、猫背で、幸せそうじゃない……って、私自身が決めつけていたように思います。アルバイトとして働いていたその会社では、全国の芸能人のプロフィールを集めてデータ化する仕事をしていたんです。膨大な数のプロフィール写真と身長、体重の数字を見ているうちに、「いろんな顔や体の人がいるんだな」と。プロフィール写真なので、基本的には笑顔。それを見ているうちに、自分のように身体的な特徴があっても「実は不幸じゃないんじゃないか?」と。すると「これまで嫌悪していた体を受け入れてみたら、私はどうなるんだろう?」という興味がむくむくと湧いてきたんです。
WWD :なるほど。行動にも変化が表れましたか?
吉野:「また着られるかも」と取っておいた一番痩せていた当時の服を全て処分しました。カロリーを見て決めていた食事も、「これが食べたい」というその時の気持ちを優先するようにしたんです。カロリーや栄養素などの“情報”より、“欲求”を受け入れる行為を積み重ねることで、自分の意思を肯定できるようになりました。すると過食が減り、だんだんと普通の食事で満足できるように。けれど症状としては回復しても、対人関係でつまずくことも多かったんです。あるときクリニックで、カウンセラーさんから言われたのは「自分が何かをしないと相手に愛されないと思っていませんか?」「なおさんは、何もしなくても愛される存在なんですよ」という言葉。「え?そうなの?」と目から鱗でしたね。大きな肩の荷が下りたというか、これでやっと心と体が健康になれたように思いました。同時に、私が経験したことを今悩んでいる人に伝えられることができたらと、考えるようになりました。
そんな時、友人から「『ラ・ファーファ』という雑誌が創刊されるみたい。読者モデルに応募してみたら?」と背中を押されました。書類を準備した日の夜、友人の手伝いとして行っていたイベントで「ラ・ファーファ」の編集者に偶然出会い、スカウトしてもらったんです。「こういう者なんですけど」と名刺を差し出され、「あ、私ちょうど(読者モデルに)応募しようとしてました」と(笑)。
WWD:運命的ですね。急に始まったモデルの仕事に戸惑いは?
吉野:プラスサイズのモデルになることは、素直にうれしかったです。自分の体形を私自身が受け入れられたあとだったので。表に出ることによって「デブがおしゃれなんかするなよ」という批判的な声もあるかな、と不安もありましたが「体形に悩む人を勇気づけたい」「偏見をなくしたい」という気持ちの方がずっと大きかったように思います。
最初の頃の撮影では、ポージングももちろんうまくできないし……。冬の撮影では、明らかに寒そうな顔をしていましたね(苦笑)。当初の予定では「ラ・ファーファ」は年2回発行だったこともあって気楽な気持ちで始めたものの、いざ発売されたら読者の方の反響やテレビ出演などもあり、ありがたいことにすぐに隔月発売に切り替わりました。撮影の回数を重ねることで、だんだんとモデルとしての自覚が芽生えてきたように思います。
WWD:ファッションやメイクを含めて心境は変わりましたか?
吉野:今まで憎んでいたものが自分を生かしてくれるなんて!と驚きました。ほんの少し前まで「太っている私におしゃれをする権利はない」と、自分で自分を制限していたのに。以前は、体形に合う服を探すのが大変だからと、メンズのスエットなどシルエットを隠すような服ばかりがクローゼットに並んでいました。スカートを履いても黒いレギンスを必ず履いていましたね。モデルの仕事をするようになってからは、撮影で色々なテイストの服を着る機会も増えて、明るい色の服や素足にスカートなど女性らしいファッションも好きになりました。メイク中にヘアメイクさんにお薦めのコスメを聞いて、撮影後に買いに行ったり、自宅でテクニックをまねすることもあります。
WWD :モデル歴7年目になります。モデルとしてやっていける!と早い段階で思えたのでしょうか。
吉野:ここ数年です、手応えを感じられるようになったのは。プラスサイズモデルという存在自体が、国内でようやく受け入れ始めたのかなという印象です。モデルを始めた頃は、倉庫やコールセンターで短期バイトをしていたこともありましたが、撮影が急に入ることもあるので他の仕事に比重を置くこともできないですしね。軌道に乗るまでは経済的にも苦しかったです。
中でもつらかったのは、どういう立ち位置でマスメディアに出たらいいのか分からなくなってしまったこと。「ラ・ファーファ」創刊時は、テレビのバラエティー番組にゲストとして呼んでいただいたこともあったんです。ディレクターの方から「ぽっちゃりしていることで得したことはある?」と聞かれることもありましたが、惨めな思い出ばかりが現実なわけです。でも番組としては「定食屋さんではご飯はもちろん大盛り」「体重のせいでトイレの便器が割れた」とか笑えるエピソードを求められるんですよね。あるスタッフさんからは「ぽっちゃりと言っても、テレビ的にはインパクトがないからもっと太ったほうがいい」と言われたこともありました。せっかくメディアに出してもらえるのに、こうしたステレオタイプな価値観を私が発信するのは嫌でしたし悲しかった。笑えるエピソードを必死にひねり出したところで、ぽっちゃり芸人さんよりも面白いことが言えるわけでもないですし。かといって、一般的な細身のモデルさんのように「こうすれば小顔になれる」的な美容テクニックを伝えられるわけでもない。私はいったい何をしているんだろう、プラスサイズモデルとしての自分の居場所はないんじゃないか——そう悩みながらも、SNSで少しずつ摂食障害の経験や意見を発信するようになっていました。
WWD:何か転機が訪れたのでしょうか。
吉野:2016年、摂食障害に関する私のツイッターの投稿がイギリスのBCCニュースのディレクターの目に留まりました。取材を受け、日本の痩身至上主義的な社会と摂食障害にフォーカスを当てたニュースに出演しました。それから日本国内の摂食障害に関するシンポジウムやワークショップで自分の経験を話す機会に恵まれるようになりました。体形や摂食障害に悩む方から、「気持ちが楽になりました」「自分の体形に対する捉え方が変わりました」といった声をいただけるのはうれしいですね。
人は変えられなくても
社会の風潮は変えられる
WWD :“多様性”という言葉が浸透してきたとはいえ、SNSでの誹謗中傷の問題も根深いように感じます。
吉野:「デブ!」とか言われることもありますけど……、もう動じなくなりました。そうしたことを言う人のアカウントを見てみると、自身もダイエットをしている人だったり、私以外の人にも同じような言葉の攻撃をしていたりするんですよね。「努力すればすぐ痩せられる」「痩せた方がきれいだよ」といった、一見悪意がなさそうで人を傷つける言葉もありますね。そうした発言をする人を私は、“デブ警察”って呼んでいます(笑)。ゆがんだ正義感によるものだと思いますが、それって他人に対して不寛容ですよね。「体のためにも痩せた方がいい」と言ってくる方もいますが、「健康を気遣ってくれるのなら、私が風邪をひいたら看病しに来てくれるんですか?」って、思いますもん(笑)。
けれど、こういうのは話し合っても理解できるものでもないかもしれないですね。最近特に感じるのは、人は変えられないけれど社会の風潮は変えられるということ。実際に、LGBTQや身体的な特徴などを持つ当事者が声を上げ続けてきたことで、社会全体の空気や制度にも変化が起こっていますもんね。
WWD:モデルとして大切にしている個性や思いはありますか?
吉野:「ラ・ファーファ」のほかのモデルさんを見て「目が大きくていいな」「ポージングが上手だな」と思うこともあります。ある程度周りと比較される立場であることも理解しています。だからこそ、自分にしかできないことをしようと心掛けています。私の場合は、ボディー・ポジティブな捉え方や多様性について発信をしていくこと。雑誌の写真の中ではキラキラと見える部分もあるかと思いますが、私個人で発信するSNSでは、「完璧な理想じゃなくても大丈夫!」というメッセージを伝えていきたいですね。
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WWD:今後力を入れていきたいことや夢はありますか?
吉野:自分の着たい服を着たいように楽しめる、ダイバーシティーを体感できるようなパーティーを実現したいです。“ちょっとしたお呼ばれにぴったりな服”というキャプションを雑誌で見かけることがありますが、私にはピンと来ない。“ちょっとしたお呼ばれに合う服”ってなんだ?と(笑)。例えば、ふくよかな体形をしていると国内ではデザインの選択肢が少ないですし、ノースリーブや背中が開いているデザインやスリットの深いワンピースを着ると誰かに後ろ指をさされたり……。容姿に悩んできた人は、そういうネガティブな経験や想像を積み重ねていることも多いと感じるので、“ちょっとした”気分でファッションを楽しみに行く機会が少ないと思うんです。だからこそ、“着る自信がなかった服を着た自分”をお披露目できる場をつくりたい。参加者は誰も容姿やファッションに対して批判ややゆはしないというルールで。限定空間でもいいので、こうした経験は体形やコンプレックスを当人が受け入れるきっかけになると考えています。
WWD :最後に、“仕事”とは?
吉野:自分の役割を果たすこと、ですかね。それを見極めるためには経験が大切だと思うんです。だからこそまずはやってみること。私は摂食障害で悩んでいた数年の間、自分で諦めたことやできなかったことがたくさんあります。ずいぶん遠回りをしました(苦笑)。気になることがあるならフットワーク軽く飛び込んでみてはどうでしょう。そこで経験を積むことで、何が自分に向いているのか向いていないのか、何が好きで何が嫌いなのかということが見えてくると思います。
モデルというとプロダクションに応募するかスカウトから始まるというイメージでしたが、今はSNSがきっかけとなってデビューする人も多いですよね。“これまでの当たり前”は変わっていくと思います。10年前には“プラスサイズモデル”という仕事自体が日本にほとんどなかったですしね。今やりたいことが見つからない人も、自分に合った仕事がまだ社会に存在していないだけかもしれないですから。