2021年春夏のコレクションサーキットのラストとなるパリ・ファッション・ウイーク(以下、パリコレ)も早4日目。パリからはベルリン在住のヨーロッパ通信員が現地取材の様子をお届けしていきますが、オンラインでも日本の記者たちが対談レビューという形で、“できるだけリアルタイムに近いペース”で取材を進めていきます。今回は、長年コレクションを取材してきた「WWDジャパン」の向千鶴編集長と、コレクション対談初参戦の皆合友紀子がリポートします。
4分間のお絵かき動画に困惑した「ケネス イゼ」
皆合:「ケネス イゼ(KENNETH IZE)」といえば、織物の伝統を生かした華やかな色使いのイメージがありますが、4分間終始紫のマーカーで女性のお絵描きをしていましたね。あれはどう解釈すれば良いのでしょう?ラフの一部?インスピレーションか何か?紫がメインのコレクションがたくさん見られるのかなと予想したら、実際発表になったルックは鮮やかな色使いでした(笑)。
向:画面の下に「More digital content available soon」とありますね。こだわり過ぎて間に合わなかったのかな。とはいえ後日見に戻ってくる人は少ないだろうな。後からコンテンツを追加できるのがデジタルの強みだけど、リアルな締め切りがある方がクリエイティブを発揮しやすいのかも、などとデッサン動画を見ながら思いを馳せました。リアルのショーは時間を決めて告知したら開催しないと信用を失いますからね。注目のアフリカ勢だけに残念でした。
女子の妄想さく裂な映像に惹きつけられた「ディーチェ・カヤック」
皆合:今シーズン、デジタルで発表しているブランドは、映画のようにストーリー性のある作り込まれた映像が多く見られますね。「ディーチェ・カヤック(DICE KAYEK)」もそのひとつ。学校で物理の授業を受けながらうたた寝しかけている3人の女子生徒たちが、突然超能力を持ったスーパーガールに!スローモーションで浮遊したり、敵を追いかけながらアクションを起こすたびにルックが切り替わったりと、最後まで飽きずに見られました。ラストは先生に起こされ、あれは夢だったのか……というところで映像は終了。
向:女子の妄想がさく裂していました。実際高校生の頃ってこんな感じだったかも(笑)。リアルなショーは最近見ていなかったけれど、今回デジタルで見てカワイイと気がつきアンテナの張り方が鈍かった自分を反省。こういう再発見ができるのもデジタルコレクションの良いところですね。ショート丈のフレアスカートを軸としたプロポーションバランスは日本の女性に似合いそう。
皆合:今シーズンもリアルクローズとして着こなせそうなフェミニンでフォルムが美しいルックが多く見られましたね。個人的には裾部分にフリルがふんだんに重なったオレンジのバルーンワンピと、ビッグボウタイのブラウスが気になりました。前シーズンに引き続き、今シーズンもボウタイがちらほら見られますね。
街中から会場へ 一連の移動をコレクションにした「クロエ」
皆合:「クロエ(CHLOE)」はデジタルとリアルがミックスされたコレクションでしたね。映像では、パリ市街のあちこちに佇む最新コレクションをまとったモデルたちを遠くから隠し撮りのように撮影。そして彼女たちが街を歩きながらショー会場へと集結する演出でしたが、現地で参加していたゲストもモデルが会場に到着するまでは私たちと同じように映像で見ていたのですよね?
向:いったいカメラを何台用意したのだろう?画面が3分割されていて、3か所の映像が同時に流れてくる。最近思うのだけれど、我々は映像情報処理能力が日に日に向上していて、リアルなスピードで流れる単一動画ではすぐに飽きてしまう。こうやって多角的な動画を同時に見せられることで好奇心が刺激され、没入感も得られて思わず最後まで見ちゃう。パリの街を歩く等身大のモデルの笑顔を見ていると晴れてよかったね、と応援の気持ちも芽生えます。
皆合:カラーはペールトーンやグレイッシュトーンが主でしたね。繊細なタッチだったり大胆に太く描かれたものだったりと表現はさまざまでしたが、全体を通してフラワーモチーフも多かった印象です。また、“HOPE”と“GET IT”ぐらいしかハッキリとは読み取れませんでしたが、現在の私たちに向けたメッセージとも捉えられるロゴデザインも見られました。1つ1つ何と書かれているのか気になります。美佳さんも参加されていましたね!
向:シーズンタイトルはズバリ“A SEASON IN HOPE”。女性ならではの視点で世界情勢をシルクスクリーンアートに映し出すアーティスト、コリータ・ケント(Corita Kent)の作品を組み込んだそう。流れるようなシルエットやデニム使いなどが特徴の力強くしなやかな女性像には憧れます。フィナーレで、クリエイティブ・ディレクターのナターシャ・ラムゼイ=レヴィ(Natacha Ramsay Levi)がブーツにショートパンツで登場したのには驚いた。堂々としていて快活でした。
360度ディテールと着こなしを丁寧に見せた「Y/プロジェクト」
向:「Y/プロジェクト(Y/PROJECT)」のデジタルプレゼンテーションも画面を3分割で使用し情報量が多くて見ごたえがありました。終始無音で自分のスピーカーやイヤホンの問題かとあれこれチェックしてしまいましたが、どうやら元から無音なんだよね?
皆合:そうだと思います。「HOW TO WEAR」のタイトル通り、カメラを定位置で固定して、モデルが90度ずつ回転しながら1ルック1ルック丁寧に見せていたのが、見ている側に寄り添ってくれていて良かったです。360度ディテールがより伝わりました。1ルックにつき2パターンのスタイリングを提案していましたが、スタイリストがスタイリングを変更しているシーンも一部始終撮影することで、「あ、この服はこういうやって着ればいいのか」と参考になった人も多いはず。あの着せ替えシーンがなければ、とてもじゃないけれど一人では着こなせないルックもちらほら(笑)。
向:このままバイヤーのバイイングや店頭の接客ツールに使えますね。服作りを学ぶ学生さんにとっても最高の教科書かと。「Y/プロジェクト」の服は複雑で、ショーではその構造を解き明かすことを諦めていました(笑)。魅力は複雑だけれど奇をてらっているようには見えず、仕上がりはエレガント。サテンの素材使いやボリュームやドレープの作り方がそうさせているのだな、ということもよくわかりました。
マイルドな色と素材多用でいつもより優しいムードだった「リック・オウエンス」
皆合:今シーズンは、コレクションにマスクを取り入れたり現況を反映したブランドがちらほら見られますが、「リック・オウエンス(RICK OWENS)」も全ルックマスク着用でしたね。モードなルックにも馴染んでいて、リックが作るとマスクもこんなクールなアイテムになるのか!と感動しました。
向:ピンクバージョンが欲しいと思いました!リアルのショーを収録したデジタルコレクションは客席で見る感覚に非常に近かったです。カメラとモデルの距離があるため服の詳細は見えませんが、いつものように縦に非常に長いシルエットをベースにパワーショルダーや超ロングスリーブ、サイハイブーツなどでパンチを加えている。ただし、マイルドなピンク色や柔らかい生地を多用することでいつもより優しいムードをたたえていました。
皆合:テーマは2021年春夏メンズコレクションと同様、ダンテの『神曲』に登場する川「フレゲトン(PHLEGETHON)」。地獄の中心に向かう途中に出てくる川の1つを指しているとのことですが、コレクションも柔らかな素材を使い、繊細でありながらも力強く、パワフルな印象を受けましたね。構築的なシルエットが美しかったです。映画「スターウォーズ」シリーズの中に出てきても違和感なさそうだな、とも(笑)。あと余談ですが、時折画面に映る背中が完全に開いたデザインの服を着こなしているフォトグラファーの後ろ姿も気になりました(笑)。会場の雰囲気とマッチしていて格好良かった!
向:スタッフがノリノリなので爆音が流れていたのだろうと想像がつきます(笑)。「リック・オウエンス」のショー会場には服もヘアメイクもガッツリ「リック・オウエンス」スタイルの濃いファンが集まり、ファンミーティングの場の役割を果たしていました。彼らは今日も「リック・オウエンス」で盛装をしてデジタルコレクションを見ているのかな、などと想像しました。きっと「デジタルよりリアルに参加したい」と思っているだろうけれど。
ダンサーとモデルが絡みながら登場 ハッピームード全開の「イザベル・マラン」
向:会場はいつもと同じパリ1区のパレ・ロワイヤル。ただし、会場の使い方がいつもとは全く違いました。いつもは客席の間に狭くて長いランウエイを作り、そこをトップモデルたちが駆け抜けるように歩く。客とモデルの一体感で高揚感を生んでいました。今回は客席とモデルが歩く場所を切り離し、広いフロアをコンテンポラリーダンサーとモデルが絡みながら登場する。表現方法は違うけれど、いずれにしても「イザベル・マラン(ISABEL MARRANT)」がショーで大切にしていることはライブ感や躍動感であることがわかります。しかも後半はパフォーマー同士がしっかりと抱き合い、ソーシャルディスタンスの真逆の演出でしたね。
皆合:オープニングのパフォーマーたちのダンスで一気にテンションが上がりました。元気をもらいましたね。ハッピーなムード全開で何度でも見ていられそう。ルックは同系色でまとめながらも素材違いを組み合わせることで、メリハリとリズム感が生まれていました。
向:ハイウエストパンツにワンショルダー、パフスリーブのボディコンシャスなミニドレスと基本的にいつものスタイル。ただし、ピンク、赤、ブルー、シルバー、白と色で切り替えることでシーンを明確に展開していましたね。