10月11日まで開催されている現代アートの国際展「ヨコハマトリエンナーレ2020」(以下、ヨコトリ)で、大谷将弘と今福華凜による気鋭のファッションレーベル「パグメント(PUGMENT)」がインスタグラム上の参加型アートプロジェクトを展開している。
《ワードローブ・ディスカッシヴ(討議する衣装)》と題されたこのプロジェクトでは、「パグメント」が思考を促す「レシピ」を提示。参加者はそれを元に自分のワードローブから服を選び、アレンジして着用、撮影して指定のハッシュタグ(#uotd #wdywt #wardrobe_discussive #official_yokotori)を付けて投稿することで、“討議”に参加できる。
まずヨコトリでは今回、「エピソード」として会期外を含む時間をアーティストと観客が共に旅するプログラムを企画。アーティストたちが、パフォーマンス、アクション、レクチャーやキュレーションなど思い思いの表現を行うことで、観客の知覚を刺激したり感覚を開いたりすることを目的としている。
「パグメント」の《ワードローブ・ディスカッシヴ》は「討議的正義をめぐる議論」をテーマにしたエピソード03「気配を感じて」のひとつ。そのキュレーターの一人で、今回ヨコトリでウェアラブルロボットの作品《私が動くと、あなたも動く》を発表しているアーティスト、ランティアン・シィエ(Lantian Xie)が、「パグメント」が衣装スタイリングを手掛けたエピソード00(田村友一郎によるパフォーマンス作品《畏怖/If》)を見て、PUGMENTにユニフォームに関するプロジェクトをもちかけたのがはじまりだったという。
人の営みを通して服の価値や意味が変容していくプロセスを観察し、服の制作工程に組み込んできたPUGMENTはこれまでにも、参加者にテーマを提示し、最終的に参加者が自身のためのユニフォームを構想するワークショップ(2019、展覧会「We People Work」にて)を行うなど、ユニフォームについて考えてきた。
「『討議的正義をめぐる議論』というテーマを、決まったことを正義とするのではなく、議論しながらその議論自体を正義とするようなことなのではないかと解釈して、どうしたら討議的な状況を作れるかを考えました」と「パグメント」は言う。「ヨコトリの監視員さんたちが、支給されたユニフォームでなく、黒いジャケットにパンツといったドレスコードを元に私服を着ていることを知りました。そこで、こちらが作ったユニフォームを着てもらうことや、ドレスコードを新たに設けてそれに従ってもらうということではなく、お客さんも含めて、服を選ぶことやクローゼットの中から発想するということ自体を考えるきっかけを作れればと」。
「パグメント」が本プロジェクトのアカウント(@wardrobe_discussive)で提示しているレシピは、私は誰かを考える「Who I Truly Am?」、思い出の服を考える「Mountain Wardrobe」、明日着る服を考える「Casual Wardrobe」、会いたい人に会う時の服を考える「Connected Wardrobe」の4つ。
例えば「Casual Wardrobe」では、「A 明日のことを想像する。あなたはどこで何をしていますか?」に続き、「B その時に着ている服を想像し、クローゼットから一式取り出して着用する」、次には「C 急にその服装のまま月に行くことになりました。しばらく帰ってこれないかもしれません」とあり、「D 一着だけ好きな服を足してもいいとしたら何を足しますか?」、「E 服は着替えずに、どうにかアレンジして想像する月に馴染むようにする」と続いていく。
オノ・ヨーコが表現手法としてよく用いたインストラクション・アート(観客や作家の代行者に特定の行為を指示する作品)に通じるが、ポイントは思考の飛躍にある。「服を選んでいながら、服以外のことに意識が及ぶような。この状況になったらこの服、こういう気持ちになったらこの服、と後から服がくる思考ができるようなレシピにしたいと思いました」と「パグメント」。
投稿された衣装を見ると、普段意識しにくい、人が服を選んでいる状況やその思考が見えてくる。それはユニフォームによって固定されたヒエラルキーを解かすことにつながるかもしれない。あなたもこの“討議”に参加してみてはいかがだろうか。
小林沙友里/ライター・編集者:1980年生まれ。「ギンザ(GINZA)」「アエラ(AERA)」「美術手帖」などで執筆。編集者としては「村上隆のスーパーフラット・コレクション」の共同編集など。アートやファッションなどさまざまな事象を通して時代や社会の理を探求