イタリアのアクアフィル(AQUAFIL)が開発したリサイクルナイロン「エコニール(ECONYL)」に環境配慮型素材として世界中から注目が集まっている。「ステラ マッカートニー(STELLA McCARTNEY)」「グッチ(GUCCI)」「バーバリー(BURBERRY)」「H&M」などサステナビリティを推進するブランドがこぞって採用。特にインパクトが大きかったのは、環境意識の高まりを受けて、ナイロン製品を主力の一つとする「プラダ(PRADA)」が、21年末までに使用するナイロンを全て「エコニール」に切り替えると発表したことだろう。
「エコニール」は漁網や使い古したカーペットなどの廃棄物を100%原料にしたリサイクルナイロンで、アクアフィル社は廃棄物をナイロンの原料に戻す技術を4年かけて開発した。しかもこの過程で使う溶剤は無害なもので、これまでになかった画期的な技術で特許も取得している。実はアクアフィルはこの技術開発の10年以上も前から、リサイクルナイロンの開発に力を入れていた。なぜ、リサイクルナイロンなのか。ジュリオ・ボナッツィ(Giulio Bonazzi)会長にオンラインインタビューを行った。
WWD:「エコニール」を開発しようと思ったきっかけは?
ジュリオ・ボナッツィ会長(以下、ボナッツィ会長):人は「生きるか死ぬか」ではなく「どのように生きるか?」ということが大切で、私は“エコニール”で一つの答えを出したかった。合成繊維は石油からできていて、エネルギーをたくさん消費します。加えて、そうした石油から作られたものが海にたくさん捨てられていて地球にとって有害なものになっています。私たちは今、できることをやらなければならないのです。
WWD:あなた自身の中で環境への意識が高まったきっかけを教えてください。
ボナッツィ会長:まず、妻から学びました。私たちは結婚した当初、2000本のオリーブの木がある畑の中で暮らし始めました。私の家族所有の畑でしたが、ほぼ放置された状態。そこで妻は、有機栽培でオリーブオイルの生産を始めました。今ではビオロジック(有機栽培でブドウを育て自然酵母で発酵させる製法)のワインも生産しています。今でこそ、有機栽培やビオロジックは普通になっていますが、30年前はまだ珍しかったんです。
そして、1990年代半ばに本を読んで知った業界の改革者の2人から影響を受けました。一人目は、タイル型になった(四角い形の)カーペットを作ったレイ・アンダーソン(Ray Anderson:タイルカーペット世界シェアナンバーワンの米国インターフェイス〈Interface〉社の創業者。廃棄物ゼロ、環境に悪影響を与えない排出、再生可能エネルギーの利用、再利用材やバイオベース素材の利用などで2020年までに環境への負荷をゼロにすることに取り組む)。そして、もう一人は「ザ・ノース・フェイス(THE NORTH FACE)」と「エスプリ(ESPRIT)」の創業者ダグ・トンプキンス(Douglas Tompkins:パタゴニアの創業者イヴォン・シュイナード〈Yvon Chouinard 〉と並んで環境保護活動家としても知られる)です。この2人が、“変えることができる”と教えてくれました。
WWD:もともとアクアフィルはレインコートの製造から始まり、そこからナイロンの糸やテキスタイルの製造を始めました。
ボナッツィ会長:まずは90年代に、プレコンシューマーの素材(製造工程などで出る端切れなど)からリサイクルナイロンを作ろうと技術開発を始めて、10年後の2007年に作れるようになりました。これが最初の「エコニール」でした。けれど、もっとポテンシャルが高い技術開発をしなければと、さらに開発を加速させることを決めました。
WWD:というと?
ボナッツィ会長:どんなタイプのナイロンでもリサイクルできる機械があればと思いませんか?そこで、当時ケミカルリサイクルで主流だったポリマー(重合によってできる高分子化合物のこと)にとどまらず、さらにさかのぼったモノマー(単量体。高分子であるポリマーの分子結合を分解した状態)に戻す技術開発に取り組み、ナイロンの原料であるカプロラクタムまで戻す技術“デポリマライゼーション”を4年かけて開発しました。11年に初めていろんなナイロンの廃棄物から、リサイクルナイロンが作れるようになりました。
WWD:「エコニール」の優位性を教えてください。
ボナッツィ会長:「エコニール」はマジカルな商品で、ポリエステルやポリプロピレンといった他のマテリアルを使っている部分の代替品になれます。そして、染色されたさまざまな廃棄物を再生できる技術は他にはありません。他社のリサイクルナイロンは自社の何も加工されていない廃棄物をリサイクルしていて、それは比較的簡単です。
エコニールの基本的な特徴は3つあります。100%廃棄物からできているので、地球の資源を使わずに無限に繰り返し利用ができます。そして、エンジニアやデザイナーが作りたいと思うものの可能性が無限です。通常のナイロンに比べてエネルギー消費量は60%削減できていて、われわれは自然エネルギーを用いているので、通常のナイロンに比べてCO2排出量は90%削減できます。
WWD:原料は全て漁網などの使い古した素材なのですか?
ボナッツィ会長:50%がポストコンシューマー(使用済み、使用できなくなった製品)からという規格を作っています。その多くは漁網かカーペットです。今、漁網は海を汚染していると問題になっているので漁網を用いることはとても重要です。私たちはNGOと組んで、破棄された漁網などの漂流ゴミを取り除くこともしています。そして、なぜカーペットか、というとわれわれはカーペット用の糸のサプライヤーとして世界でトップシェアを誇っています。ですので、カーペットの循環を作り上げることはとても大事です。もう半分の50%というのはプレコンシューマー素材です。われわれが再利用するまでは、誰もそれをリサイクルしなかった。重要なのは、今まで誰も扱っていなかった、リサイクルできなかったものをリサイクルするということです。
WWD:材料となる廃棄物はどのように回収するのですか?
ボナッツィ会長:プレコンシューマー素材は私たちの取引先から回収しています。例えば「グッチ」「ステラ マッカートニー」「スピード(SPEED)」などです。漁網の回収で一番簡単なのは養殖をしているところに取りに行くこと。漁網は世界各国のものを集めています。日本から届くものもありますよ。
WWD:回収するにあたり難しいことは?
ボナッツィ会長:今市場に出ているほとんどの商品は、最終の目的を考えずに生産されています。例えば魚網は、100%ナイロンでできていない場合もあるし、危険な物質が入っている場合もあります。
WWD:リサイクル前提にしたデザインが求められていますよね。
ボナッツィ会長:リサイクルしやすいモノを作ることを始めた企業も増えてきました。例えばVFコーポレーションの「ナパピリ(NAPAPIJRI)」は、ジャケットを100%ナイロン6(エコニール)で作ることを試みました。ライニングもファスナー全てナイロン6で作るので完成まで3年かかりました。
WWD:現在の「エコニール」の生産量は?
ボナッツィ会長:年間4万トンです。昨年大きな投資をして、機械を大きくして今年完成し、6万トンまで生産できるようになりました。昨年の当社の売上高の38%が「エコニール」です。目標は5~6年以内に商品を100%廃棄物から生産することです。
WWD:昨年の売上高と今年の見込みは?
ボナッツィ会長:昨年は5億4900万ユーロ(約675億円)でしたが、新型コロナウイルス感染症の影響と原油の価格下落で20%減ぐらいになるでしょう。
WWD:技術開発のチームについて教えてください。
ボナッツィ会長:アクアフィルの内部だけでなく、いろんな大学の研究室やリサーチセンターと協力しています。イタリア、ドイツ、アメリカ、スロベニア4カ国のリサーチセンターと組んでいますが、研究のために年商の2%を投資しています。今現在、新型コロナウイルスの問題が起こっていますが、それにもかかわらず会社内部のリサーチ部の人数を増やしました。今世界中で起こっている問題を解決していくためには、リサーチが一番重要だと思うからです。
WWD:人数を増やすということはさらなる新技術の開発に取り込んでいるのですか?
ボナッツィ会長:はい。「エコニール」の旅は始まったばかりで、いろいろな問題があります。完全なものにするには研究が欠かせません。循環性を高めるために、簡単にリサイクルできるようにすることに取り組んでいます。方法は2つあります。モノマテリアルで作るか、分解しやすいものを作るか。
WWD:「エコニール」で資材も作っているということですか?
ボナッツィ会長:ファスナーや、ボタン、面ファスナーなどに取り組んでいます。そしてもう一つ、染料の原料に少し問題があります。今、化学染料を使っているのですが、より環境に配慮した染色ができないかも研究しています。大前提として商品は美しくなくてはいけません。そうじゃないと誰も買いませんから。
WWD:今、「エコニール」でどういうものが作れますか?
ボナッツィ会長:いろいろな種類の商品ができますよ。これは(画面で見せながら)私の「プラダ」のリュックですが、「グッチ」のスニーカーも持っています。妻は「ステラ マッカートニー」のリュックや「バーバリー」のレインコート、「トミー ヒルフィガー(TOMMY HILFIGER)」のサングラスを持っています。
WWD:メーカーは今何kgから購入可能なのですか?
ボナッツィ会長:スタンダードのものであれば、50kgから可能ですが、商品のタイプにもよります。カーペットに関しては、カーペット用の材料として色を染めたもので100kgから可能です。
WWD:最後にボナッツィさんが考える環境に配慮した素材はどんなものだと思いますか?
ボナッツィ会長:環境に対してリスクのある物質を使わないもの、地球の資源を消耗しないもの。だからとても難しいんです。