小泉進次郎環境大臣が就任後、環境省とファッション業界の対話が増えている。8月には任意団体ファッション レボリューション ジャパンの提言を受け、伊藤忠商事や豊島、ファーストリテイリング、H&Mジャパン、アダストリア、帝人フロンティアなど9社との意見交換会を行い、日本の企業が国際的な枠組みへ参加することへの期待などを語った。環境大臣はファッション産業をどう見て、どのようなアクションを考えているのか。単独インタビューを行った。(この記事はWWDジャパン2020年11月23日号からの抜粋です)
WWDジャパン(以下WWD):8月にファッション関連企業と意見交換会を実施したが、率直にどのようなことを感じたか?
小泉進次郎環境大臣(以下小泉):意見交換会でも伝えたのは、今のままじゃいけない、変えたいということ。日本のファッションの評価は世界で高いのに、サステナビリティの文脈でいうとその評価が追い付いてこない。出席した企業の皆さんからは、そのギャップを何とか埋めたい、日本のファッションブランドをサステナビリティの観点でもワールドクラスに持っていきたいという熱意を受け取った。課題はたくさんあるだろう。国内生産が激減し、流通している服の9割以上が海外生産であることもその一つだ。だけどこのままじゃいけない。それを何とかしようという前向きな思いを感じることができた。
WWD:ファッション業界のサプライチェーンは細分化されて長く、全体の意思疎通が難しい。
小泉:同じような状況の産業は他にもあるが、ファッションの分野は前向きな方だと思う。実は今回、環境省の音頭で川上から川下までの企業が集まってくれるのか?という懸念があった。結果、繊維メーカーからグローバルSPA、商社などあれだけのプレーヤーがそろったことはまずよかった。いいスタートが切れたと思う。
WWD:印象に残ったやりとりは?
小泉:フランスのブリュヌ・ポワルソン環境連帯移行大臣付副大臣が2019年のG7サミットで提案した「ファッション協定」に日本の企業が賛同していないなど、国際社会へのメッセージが不十分なのでは?と思った。どれだけいい取り組みをしていてもファッション協定に日本企業の参加がゼロの時点で日本のファッション企業はサステナビリティに関心がないと見られても仕方ないだろう。協定の指標が日本と合わないという懸念もあるようだが、国際社会にメッセージを届けるという大局から考えると参加せずに外で発言していても始まらない。まず土俵に上がり、日本の意見や立場を伝え始めないと非常にもったいない。これは実は安倍内閣での第1期の環境大臣時に石炭政策について国際社会から受けた日本に対する強い批判と共通する問題意識だ。
WWD:決定に従うのではなく、枠組みを議論する土俵に上がらねば。
小泉:気候変動の世界では、菅内閣が2050年カーボンニュートラル宣言をし、米国ではバイデン大統領候補(11月11日時点)が積極的だ。EUはすでに宣言しており、クリーンな産業とダーティな産業の2分類でルールを作ろうという動きがある。これに対して日本の産業界には「そんなこと、たまったもんじゃない」という思いがあり、EUに対して外から文句を言ってきたが、日本も2050年カーボンニュートラルを宣言したのでこれからは違う。菅総理の脱炭素宣言はいわば日本固有のコミュニケーションからの脱却だ。減点方式ではなく、まず高い目標を掲げてどこまでできるかやってみよう、という発想の転換だ。「ファッション協定」の話はそれに近い。ファッションというライフスタイルにかかわるサステナビリティについて日本の政治家が国際社会で語るときに「日本の企業はファッション協定にこれだけ入っています」と言えれば、一言で語れる。逆に「参加企業はゼロですが実はこういうことをやっています」では説明にものすごく時間がかかる。
WWD:日本の中でまず枠組みを作る、という考え方もあるが。
小泉:「日本版〇〇を作る」はよくある手法だが、その取り組みはたいていグローバルな取り組みほどは飛躍しない。日本固有のファッションのカルチャーがあるという思いや、サプライチェーンの構造が違うからグローバルスタンダードの指標で評価をされても損をするだけだとの思いは分かるが、併せて考えたいのが世界に対するメッセージだ。高い技術やクリエイティビティを伝えることができるのはどちらなのか?「日本版〇〇」の中での高得点をアピールしてもそれは一つのマーケットの話にすぎない。
WWD: 2013年、バングラデシュで縫製工場が入ったビル、ラナ・プラザの崩落事故などをきっかけにここ数年、「ファッション業界は大量生産・大量廃棄を当然と思っている、環境意識の低い産業」というイメージが世の中に広がっている。率直にこの業界にどんな印象を抱いているか。
小泉:映画「ザ・トゥルー・コスト」を見たが、あれを見ると自分のクローゼットあらためて見直す。罪悪感なく着られるものを当たり前に選べる社会にしなければ。僕も身の回りからライフスタイルを変えており、再エネ100%で作られたネクタイや、オーガニックコットンのマスクのレパートリーなどは持っている。今はまだそれが当たり前の選択肢として世の中にラインアップされてはいない。一方で、私自身も環境大臣になってから初めて知ったことはたくさんある。無知であることで、気付かないうちに世の中に負の影響を与えている。どこで、どういう環境で作られているかを知るだけで消費者の行動は変わると思う。環境省でもファッションチームを立ち上げて具体的な施策に取り組んでいく。
WWD:ファッション業界は中小企業の割合が高い業界。中小企業ではサステナビリティ促進に向けてできることは限られるという嘆きも業界内にはある。
小泉:評価の可視化、評価される指標作りも大切。そしてそこでは大きなプレーヤーだけではなく、小さなプレーヤーも評価されるべき。先日、ファッションの会社を立ち上げたばかりの方に会った。彼は認証Bコーポレーションに申請しようとしており、評価されれば一気に日本の中でトップに躍り出る可能性がある仕事をしている。ビッグプレーヤーでなくても世界の指標の中に躍り出ることができる。それが可能になった世界に希望を見る。こういった人がこれから次々に出てくるのだろう。社会全体が脱炭素に向かう中でその思いに応えられる正当なマーケット、サステナブルな活動をしているところが報われるマーケットを作ることはとても大切だ。例えばアップルは再生可能エネルギー100%(RE100)を宣言した。それはアップルの部品を作っている日本の中小企業を含む全てのプレーヤーに再エネを求めるということ。できなければサプライチェーンから外される。
WWD:認証取得を政府がサポートするという形での支援はあり得るか?
小泉:実はすでに一部補助をしている。例えばTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)やSBT(サイエンス・ベースド・ターゲット)などがそうだ。
WWD:ファッション関係者はインディペンデント気質が強い傾向にあることも関係してか、政治との関わり方、距離の取り方がうまいとは言えない業界。政治と産業が協業するために必要なこととは?また、企業や団体、業界を超えた協業において政治の役割とは?
小泉:ファッション業界の人は誇りを持って責任と使命感を持ってやられている方が多いと思う。ただそれが新しい国際社会の評価に耐えうるのか、時代変化に合っているのかは常に見直す必要がある。日本の中の情報格差もあるだろう。霞が関、永田町で仕事をしているとグローバルな情報も比較的入ってきやすいが、自分の出身地である神奈川県の横須賀、三浦という東京から車で1時間半の場所でさえ、情報格差はある。これを全国規模で考えたら?ファッション関係者は全国にいるわけで、情報をどう共有するかも重要なことだと思う。環境省は集まる場、プラットフォームを提供することが可能だ。2050年カーボンニュートラルはエネルギーだけではなく衣、食、住、移動などあらゆるところを変えないと実現できない。ファッションは政治と同じで無関心でいられても無関係ではいられない産業だからとても重要だ。
WWD:「無駄なものを作らない、捨てない、循環させる」サステナビリティは、新しい物を生み出す産業と時に矛盾するが。
小泉:そこはサーキュラーエコノミーが鍵になる。実は11月10日に環境省は経団連と意見交換をして、史上初の脱炭素社会に向けた合意書を結んだ。次の意見交換会のテーマはサーキュラーエコノミー。日本最大の経済団体がとうとうサーキュラーエコノミーに取り組むのだから日本は変わりつつある。サーキュラーエコノミーとは新たな資源を投入せずに廃棄をできるだけ減らし、経済を回す仕組み作りだ。この循環経済は国際的な潮流として大きくなってきており、オランダは2050年サーキュラーエコノミー化を国家の目標としている。日本でもサーキュラーエコノミーのビジネスモデルは始まりつつある。ブリヂストンはタイヤを売るだけでなく、メンテナンスを含めたサービスを提供し[A1] [向2] 、パナソニックは電球を売るのではなくどれだけ使ったかで課金をする。私も子どもがゼロ歳なので分かるが、服は子どもの成長に追いつかないから成長に合わせてリースするのもよいだろう。環境省としてはそうしたサーキュラーエコノミーのビジネスを支援し経済と環境の好循環を起こし、二つの両立を実現したい。
WWD:再任されて、あらためてどんな目標を抱いているか?理想とする社会像とは。
小泉:安倍内閣での環境大臣1期目から、環境先進国日本の復権をしたいと取り組んできた。1期目に力を入れたのは石炭政策。国内では石炭に対する意識が薄いが、海外では日本=石炭が批判の対象になっている。これを何とかしないと本来評価されるべきことが埋もれてしまう。京都議定書までまとめた国なのに今はリーダーシップをとれていない。石炭政策の見直しにようやく風穴が開いたのが1期目。同時に政府の長期目標を引き上げることに取り組んできた。2期目に入り、2050年カーボンニュートラルは菅総理の発信によってすぐに宣言が実現した。実現した以上今後は具体的な道筋を描き、国民運動につなげていかないといけない。国、行政、企業だけではできない。CO2を出さない社会を作ることで環境と経済が好循環する新たな社会に向かって、一人一人が前向きに参加できる環境を作りたい。ファッションでいえば、サステナブルなファッションが当たり前の選択肢となり意識もしなくなることだ。
WWD:リーダーたるもの、そのファッションはどうあるべきだと考えるか?
小泉:僕にとってファッションは自分に自信を与えてくれるもの。サイズが合っていない服を着ているときは人前に出たくなかったり、ネクタイとスーツがしっくりきていないと力が出なかったり。お気に入りの靴を履いているときは歩く度にエネルギーが湧く気がする。だけど、今のファッションに関する課題を知ってからはサイズ感やコーディネートだけでは誇りが持てなくなっている。このスーツはどこから来ていて、原材料を生産をしている農家はここ、などとまだ言えないことが自分でももどかしい。それを当たり前に言えるような社会を、ファッション業界を変えたいと思っている人たちと作りたい。