米国バージニア州を拠点にする国際環境NGOのコンサベーション・インターナショナル(CONSERVATION INTERNATIONAL、以下CI)は各国の地域コミュニティーや政府、民間企業とタッグを組み、持続可能な社会の実現を目指した仕組み作りに取り組んできた。後編ではスターバックス(STARBUCKS CORPORATION)との取り組みをきっかけにコーヒー産業の生産および調達に変革をもたらし、産業全体のサステナビリティ向上をもたらしたプロジェクトについて聞いた。
WWD:CIの成り立ちは?
日比保史CIジャパン代表理事兼CIバイスプレジデント(以下、日比):1987年に生物多様性をグローバルに守ろうと、生物博士号を持つような人30人ぐらいが集まって始まりました。発展途上国で生物多様性が豊かで、それが危機に瀕している地域にフォーカスをしています。これまでに77カ国1200の保護地域の創設に貢献してきました。
WWD:その危機とは?
日比:人が住んで農業を営んだり、大資本が入り大規模な伐採を進めたり、鉱山開発をしたりといろいろあります。そうした地域の自然は、地球全体でみると非常に貴重で価値があります。ただし、われわれの活動は保護区を作り単に自然を守ればいいということではないんです。そうすると住んでいる人々は困っちゃいますよね。そこに住む人たちと“ハーモニー”を作ることを大切にしています。
WWD:“ハーモニー”とは?
日比:「自然を守る」ことを第一に自然とのハーモニーを作ることで保護できた地域もありますが、設立から約20年たったころ、活動を総括すると、地球の生態系全体で見たらむしろ状況は悪化していました。そこで2010年ごろにこれではだめだとやり方を変えることにしました。“human well-being”の定義と最終目標を「衣食住が足りて、健やかで、選択の自由があり、社会とのつながりの中で平和に暮らせること」に変えました。今でいえばSDGsですね。人間はさまざまな自然から恵みを得ています。食べ物や水はもちろん、ファッションも繊維の原料は自然の恵みですよね。こうした状態は、健全な自然生態系があって初めて成立します。「人のために自然を守ろう」と考え方を変え「自然を守ることは、人間を守ること」をモットーにしています。
WWD:科学的調査に基づいた方法論を開発してきた。
日比:はい。人間を支えている自然がどういう状態なのかを科学的に押さえないと守れないので、力を入れています。そこがわれわれの活動の一番コアかな。もう一つ大切にしているのは、現場での活動です。現場に拠点を構えて自然を守ることで人々が幸せになるモデルを作ることーー当然そこに住む人々が一番大切なので、地域のコミュニティーや先住住民、現地の政府とのパートナーシップを非常に重視しながら、現地の人に一番貢献できる仕組み作りに取り組んでいます。
WWD:具体的には?
日比:単に絶滅危惧種を守りましょうではなくて、絶滅危惧種を守れば学校に行けなかった子供たちが学校に通えるようになるというような仕組みを作ったり、政府に働きかけて政策を作ったりします。特に力を入れているのは民間企業との連携です。
WWD:今でこそ、NGOと政府や民間企業が協働するのは当たり前になってきたが、設立当初は対立構造で厳しかったのでは?
日比:はい。設立当初、日本にはまだNGOという言葉もないころですが、欧米ではNGOの活動が非常に盛んでした。でもわれわれはそうじゃない。(企業批判をすることを主としたNGOとは異なり)ダメなことはダメということも大事ですが、むしろ企業などと一緒に取り組まないと地球規模の問題解決にはならないので、立ち上げ当初から連携を重視していました。民間企業の支援を得られれば、絶滅危惧種を守れる可能性は高くなり、そこに住む人々の生活も良くなり、さらに言えばそこに関わる民間企業のビジネスも良くなる。そういう枠組みというかシステム、仕掛けを作ることを目指しています。
WWD:民間企業の巻き込み方は?
日比:方法はいろいろあります。コンサルティング的な入り方もしますが多くの場合はごく一部です。われわれとの関係が長期的かつ広範型のパートナーシップに発展したのはスターバックスとのそれですね。
森を切り開かずに森の中でコーヒー栽培をしよう
WWD:そもそもコーヒーに取り組むきっかけは?
日比:あれは確か1990年代半ばのことだったと思います。本部の科学者が、コーヒーの栽培地域とわれわれが事務所を構える地域がほぼ重なっていることに気付き、調べ始めました。コーヒーは熱帯、亜熱帯の植物で非常に豊かな自然の恵みを得て成長する植物なのです。なので、われわれの活動エリアとコーヒーの生産適地が重なるのは当然といえば当然でした。
WWD:90年代といえばコーヒーチェーンのグローバル化が進んだころだ。
日比:マーケットがどんどん拡大していて、コーヒーの生産量が伸びていました。そうすると普通の経営センスでいえば、いかにコストを下げて品質を確保しながら量を増やすか、となる。森林を更地にしてコーヒーの木をダーっと植えると、管理もしやすいし収穫もしやすいとなりますよね。こういうコーヒーを、日なたで育てるという意味でSUN COFFEE(サンコーヒー)と言ったりするんですが、そうすると当然森が失われていきます。需要が増えて生産量を増やすとどんどん森が切り開かれて、森が失われていく――そうした問題がちょうど顕在化していました。
WWD:CIはどうアプローチした?
日比:コーヒーはもともと森の中に生えている木です。だとしたら森の中でコーヒーを栽培しようと考えました。まずは、コスタリカの小さな規模の実験農園の相手を見つけて取り組み始めました。
WWD:スターバックスとパートナーシップを結ぶことになったきっかけは?
日比:99年にWTO(世界貿易機関)の総会がシアトルで開かれることになったことでした。ちょうどそのころ、グローバライゼーションが進み、特に途上国の貧困層の負担を元にしているのではないか、という批判がありました。欧州の人権系NGOは、スターバックスはもちろん、グローバル企業をターゲットにしていましたが、特に発展途上国との関係がじかに見えるスターバックスが総会前から標的にされていました。そうしてスターバックスはわれわれの取り組みを知り何か一緒にできないかという話になりました。
WWD:出発点はNGOからの批判だった。
日比:はい。まずはコーヒー栽培とは直接関係がなかったのですが、コスタリカの保護区への寄付から始まり、われわれが進めていたコーヒープロジェクトも一緒に取り組むことになりました。品質や量の確保も必要なので単に森を守ってコーヒーができました、ではもちろんだめで、技術的な部分でも連携しました。森を切らずに商業ベースで成り立つコーヒーの研究を重ねて、技術的にも確立できたところで、スターバックスと一緒にガイドラインを作りました。ガイドラインは環境面だけではなくてフェアトレードといった社会面も含んでいて、サステナブル調達やエシカル調達のガイドラインの先駆けになりました。
WWD:それはいつから?
日比:2000年から2000年代半ばごろです。栽培エリアはコロンビアやメキシコ、ペルーやパナマにも広がっていきました。一般的にはSHADE GROWN COFFEE(森の日陰で育つコーヒー)と呼ばれていました。
WWD:価格は少し上がるが?
日比:はい、どうしても少し高くなります。スターバックスとしては、自然を守りながら現地の農家のコミュニティーの状況が良くなるコーヒー栽培を目指していると言いたいし、われわれもこうしたプロジェクトがもっと広がれば森を切らずにコーヒーが作れるようになるので、どうやったらこれを推進できるかを考えました。“シェード・グロウン・メキシコ”という商品を新たに作って市場に投入し、サステナブルコーヒーがマーケットでも成立するモデル作りを一緒に行いました。
WWD:その後は?
日比:軌道に乗ってきたころ、気候変動の影響が顕在化してきて、特に品質のいいコーヒーであるアラビカ種に影響が出てきました。この種は熱帯の、標高の高い山岳地帯で栽培されるのですが、気候変動は標高の高いところがその影響を受けやすく、品質の維持が難しくなったり、さび病(植物の病気)のような病気が広がったりします。国の経済を揺るがすくらいに生産量が落ち込みました。こうした気候変動問題にコーヒー産業はどう対処すべきかについてもスターバックスと一緒に取り組むことになりました。
WWD:業界トップシェアだったとしても1社で取り組むには限界がある。
日比:はい。コーヒー業界全体を、産地全体をサステナブルにするにはサプライチェーン全体で取り組むネットワークが必要だと考えました。そこで、コーヒーに関わるさまざまな業者が集まってサステナビリティについて考え、議論して共有する枠組み「サステナブル・コーヒー・チャレンジ(SUSTAINABLE COFFEE CHALLENGE)」を作り、目標を設定しました。現在までに160の企業、政府、組織、機関などが参画していて、運営事務局はCI内にあります。
WWD:今、まさにファッション業界もその段階にある。アパレルやテキスタイルメーカーから小売りまでがサステナブルなファッション産業を目指す枠組み「ファッション協定(FASHION PACT)」などもそうだ。
日比:はい。みんなで共通の目標を作りさらに各社が独自の目標を作る。毎年モニタリングして進捗をチェックしていきましょうというものなので、プラットフォームとしては「ファッション協定」に近いですね。コーヒー版はスターバックスとCIが立ち上げましたが、今ではスターバックス色は薄れて、そこに集まった有志が分科会のような形で研究をしています。
WWD:小さく始めてさまざまな企業を巻き込みながら大きくしていく必要がある。
日比:CIが目指すモデルの代表例ですね。現地のプロジェクト自体もとても重要ですが、それを足掛かりにどう業界全体を変えるのか、消費者のマインドを変えるのか、政策を変えるのか、企業経営の在り方を変えるのか、が最終的に目指すところなので、コーヒーは紆余(うよ)曲折ありながらも、ここまで来たかなというところです。