「音楽に合わせて水中で演技を行い、技の完成度や同調性、演技構成、芸術性や表現力を競い合う」と聞けば、シンクロナイズドスイミングを思い浮かべるだろう。実は2018年にアーティスティックスイミング(以下AS)と名前を新たに、より感情豊かな演技が求められている。その中には、美しい動きはもちろん、その表情を彩るメイクにも目を引きつけられるが、そのAS用メイクを選手に指導している荒井美帆メイクアップアーティストもまた、元アーティスティックスイミング選手だった。その経歴についてやメイクアップアーティストへの転身についてはもちろん、日常生活にも生かせる汗や水に強いメイク方法、アスリートに向けたメイク活動について話を聞いた。
WWD:AS選手からメイクアップアーティストになった経緯は?
荒井美帆メイクアップアーティスト(以下、荒井):AS選手時代、09年に日本代表チームに入ることができましたが、日本代表になるとアーティスティック日本代表オフィシャルスポンサーであるコーセーのメイクアップアーティストから試合用のメイクアップを教えてもらえる機会があるんです。メイク講習会が1年に2回ほどありましたが、その講習がとても楽しかったですね。それに、ASには必ずメイクアップが必要にもかかわらず、日本代表に選ばれない限りメイクを学ぶ機会がないんです。試合のたびに自身でメイクをしなければいけないため、私も小学生のときから先生にやってもらったり周りの先輩の真似をしたりしていました。ただ、その先輩も自己流なのでそれを真似ていてもひどい出来だったりもしましたね(笑)。そんな経験もあって、「代表以外の人にメイクを教える機会を設けたい」と思いメイクアップアーティストを目指しました。引退後に専門学校に通い、メイクアップアーティストになることができました。
WWD:メイク講習会ではどのようなことを教わりましたか?
荒井:まず色使いが違いました。教わる前までは、赤い水着のときは目元に赤いアイシャドウを入れたり、青い水着だったら青一色のメイクを施したりなどワンパターンなものでしたから。演技のテーマに合わせてアイシャドウの入れ方を変えたりチークの色を変えたり、メイクの使い分けを初めて知ることが多かったです。明るい曲のときは、表情が柔らかく見えるようにライトなカラーやアイラインの入れ方で変化を出しました。一方で、カッコよく見せたいときや怖さを表現したいときはアイラインを強めに入れてキリッとさせたりリップの色も濃い目の赤にしたりしましたね。
WWD:直近の活動は?
荒井:新型コロナウイルスが流行する前までは、アメリカを拠点にメイクアップアーティストとして活動していました。そして直近1年半は、ASのパフォーマーとしてカリブ海を回る世界最大級の豪華客船内で毎日開催される50分間ショーに出演していました。これまでに2回乗船しており、それぞれ9カ月と4カ月半乗船していました。もともと5月までパフォーマーをする予定だったのですが、コロナの影響で今年の3月に帰国し、再びメイクアップアーティストとして活動しています。
WWD:日本ではどのような活動をしているのか?
荒井:例えば、京都のAS選手に向けてなじみのある「よーじや」のメイクアイテムを使用したオンラインのメイク講習を行いました。オンラインでメイクを伝えるのは難しく、最初はライティングや画面に対して鏡をどこに向けて設置したら見えやすいかなど試行錯誤でした。画面越しで色の見え方も違いますし、アイラインがきれいにひけているかどうかの判断もしづらかった。しかし、北海道から沖縄まで離れた場所の人にも講習できるというのはオンラインならでは。これまでは関東のASチームを中心にメイク講習をしていたので新鮮でした。
WWD:AS用メイクで重視するポイントは?
荒井:水に強いのはもちろん、アイシャドウならグラデーションを作るのを大切にしています。AS選手がメイクを濃くするのは、遠くのお客さまにも表情をよく見せるためでもあります。年々ASメイクも多様化し、まつ毛を描いてみたり、アイシャドウもアートのように奇抜に入れてみたりするようになっていきました。しかしそのうち、「競技に相応しくない」「スポーツ選手らしくない」となり、数年前から“派手すぎるメイク”が禁止となりました。テーマに合わせたメイクを考えるのが楽しかったのでやはり寂しさもありましたが、“ショー”ではなく“競技”なので、「選手らしく」というのは仕方のないことだとも感じましたね。そのため、以前は2色を目元に強くいれるメイクを多用していましたが、それでは「濃いメイクでNG」と判断される恐れも。なので、同じ2色でもグラデーションを使って自然にきれいめに見えるようにしています。
WWD:元選手だからこそ分かる、現役選手に伝えられることとは。
荒井:私のメイクはコーセーのメイクアップアーティストに教わったことがベースにはなっていますが、それにプラスして元選手としての目線でも伝えています。例えば、早朝に試合があるときは練習をしてすぐ本番というタイトなスケジュールなので、選手は朝起きてホテルでメイクとヘアをセットします。その場合、「目の下のアイラインはにじみ防止のため練習後(本番前)に引いたほうがいいよ」「リップは試合の直前に塗ったほうがいいよ」などプラスのアドバイスができます。試合前はバタバタして一からメイクを直す時間がないので、ほんの少しのメイク直しで済むように教えていますね。そのほか、選手はまだメイクをしたことがない中学生や高校生が多いので、ファンデーションは簡単に塗れて化粧直しもしやすいパウダータイプをすすめています。スポンジを水に濡らして使えば、汗や水にも強くなる。これは日常生活も使える小技ですね。
WWD:AS用メイクにはもちろん、日常生活でも使える汗や水に強いメイクアイテムを教えてください。
荒井:AS用では、「メイクアップフォーエバー(MAKE UP FOR EVER)」の“アクアシール”がおすすめ。どんなパウダーやペンシルもウオータープルーフにできるリキッドで、例えばアイシャドウに混ぜて使用したり、アイシャドウを塗ってからリキッドを上に塗ったりすると一瞬でウオータープルーフになります。私はリキッドをアイシャドウ下地として塗り、その上にアイシャドウを重ねるという使い方が多いですね。「ファシオ(FASIO)」のアイブロウペンシルとマスカラは選手時代から使用していますが、使いやすく落ちにくいので今も使い続けている一品です。「キャンメイク(CANMAKE)」のジェルタイプアイシャドウ“ジェルスターアイズ”はパールとラメがたっぷりで選手にも使いやすい。手に取りやすい価格も魅力ですね。「エクセル(EXCEL)」の“ロングラスティングアイライナーEX”も汗や皮脂、水に強くおすすめです。また、「よーじや」「チャコット(CHACOTT)」のアイシャドウは発色が良く使っています。
WWD:今後の活動予定は?
荒井:メイクのオンライン講習は今後も続けていきます。普段は、アスリートがメディアに出るときに自分でできるセルフメイクの方法も伝えていますが、いま広げていきたいのは、新体操やフィギュアスケートの選手などメイクが必要な競技の選手に向けた競技用メイクです。そのほか、ウオータプルーフ重視のメイクとして、ランナーやインストラクターなど汗をかきやすい人に向けたメイク、ボディービルダーなどコンテストに出場するステージメイクといった、スポーツ全般に関わる人にメイクを広げていきたいですね。