ファッションという「今」にのみフォーカスする産業を歴史の文脈で捉え直す新連載。29回目は”シャネル N°5”の新広告を通して、香水の今の役割を考察する。編集協力:片山マテウス(この記事はWWDジャパン2020年12月14日号・12月21・28合併号からの抜粋です。)
今やたらとテレビで流れているのが”シャネル N°5”のコマーシャルフィルムだ。仏女優マリオン・コティヤールが月を舞台にバレエダンサーのジェレミー・ベランガールとダンスをする内容で、さすが「シャネル」と思わせるエレガントでスペクタルな仕上がりだ。監督は、マドンナやビヨンセ、ニュー・オーダーのミュージックビデオで知られるヨハン・レンク。
この広告は、”シャネル N°5”が2021年に誕生100周年を迎えるという記念すべき節目に合わせて作られたという。過去の”シャネル N°5”の広告は、いずれも広告の歴史に残るような傑作ばかり。100年近い歴史の傑作群の全てをここで紹介するスペースはないが、21世紀になってからも04年のニコール・キッドマン主演でバズ・ラーマン監督が手掛けた、パパラッチから逃亡する大女優とそれを助ける貧しい青年との恋を描いた超大作(このNYタイムズスクエアのシーンは全て作り込みのセット)、09年のオドレイ・トトゥ主演でジャン・ピエール・ジュネ監督による深夜特急を舞台にした一夜の恋を描いた短編映画仕立てのもの(この深夜特急内部もセット)など、どの香水メゾンもかなわない製作費と完成度を誇っている。
しかし、このコティヤール主演の新作は今までと毛色が違う。まず設定が非現実的で、ついに地球を離れて月を舞台にしていること。今年はコロナ禍に世界中が覆い尽くされた一年で、コティヤール演じる主人公がうっとりと深呼吸するような場所は、もはや地球にはなく、コロナも酸素もない月しかないということなのか。
そして一番気になったのは、この広告表現が過剰にセクシーではないこと。”シャネル N°5”に限らず、これまで香水の広告表現には性的誘惑は必須だったのだから。香水広告といえば、「ドルチェ&ガッバーナ」や「パコ・ラバンヌ」などに代表されるような、過剰にセクシーな演出が定番。しかし、この”シャネル N°5”の広告では、エロスをかなり排除し、舞台もパリと月に設定し、年下のイケメンをもてあそぶ女性賛歌のようなファンタジーを表現している。有名なイタリア映画のタイトルを引用すると、現在の「女性上位時代」を描いていると言ってもいいか。
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