こんなご時世なので冬のヨーロッパ展示会に行くこともなく、それどころか山梨の実家に帰省することもやめた。つまり東京より寒い土地に行く機会がなくなった。とはいえ(だからこそ?)“その時が来たら”と考えるようになった。当然、防寒着が必要だ。僕もギョーカイ人の端くれなので、そこにファッション性も欲しい。ならばと北国・北海道旭川市のセレクトショップ「ティル」の大谷俊介オーナーと、同じく帯広市のセレクトショップ「ダニー」の河合裕介オーナーに尋ねてみた。2人が異口同音に勧めたのは、帯広市出身の山﨑佳克デザイナーが作る「モシール(MOSSIR)」。そこで山﨑デザイナーにも声を掛け、東京と北海道をビデオ会議システムでつないで話を聞いた。
ちなみにティルは、山﨑デザイナーが手掛けるレザージャケット専業ブランド「ファインクリークレザーズ(FINE CREEK LEATHERS)」やシルバーアクセサリーブランド「ウイングロック(WING ROCK)」、アメカジブランド「ジェラード(JELADO)」などを品ぞろえし、一方のダニーは帯広のセレクトショップ「カリフォルニアハーベスト」でキャリアを積んだ河合オーナーが独立して12月にECを先行オープン。1月中旬に実店舗を開店する。こちらはレザーウエアブランド「ファウンテンヘッドレザー(FOUNTAINHEAD LEATHER)」やインナーウエアブランド「ハイウェイナイン(HIGHWAY NINE)」をラインアップする。
WWD:「モシール」の優れた点とは?
大谷俊介ティル オーナー(以下、大谷):道民である山﨑さんが作っていることでしょうか。それゆえ道民も信頼ができ、実際セールストークにも生かせています。
河合裕介ダニー オーナー(以下、河合):このあたり、都内の方には想像が難しいかもしれないんですが、北国の家って入り口を二重にするなど気密性が高くて、また室温を高めに設定する傾向があって、外は大雪なのに部屋の中ではTシャツ・短パンでアイスクリームを食べているなんて光景があるあるなんです(笑)。
大谷:車文化でもあり家から車まで、また車から商業施設までのちょっとした間だけ防寒できればよくて、そういう北海道のリアルを知っている山﨑さんが作る服には説得力があります。
WWD:中でも2人のおすすめは?
大谷&河合:2020-21年秋冬シーズンの新作“イーサン(ETHAN)”です。
大谷:これも文化というか気質なんでしょうが道民ってインナーを重ね着しないので、1枚でしっかり暖かくて雨や雪を防いでくれ、かつ軽いアウターが重宝がられるんです。
河合:個人的に“イーサン”最大の魅力は、シルエットの美しさだと思っています。前職時代、「ホグロフス(HAGLOFS)」「マーモット(MARMOT)」「マウンテンイクィップメント(MOUNTAIN EQUIPMENT)」など、さまざまなアウトドアブランドのダウンウエアを販売し、自分でも着てきたんですが、野暮ったさがどうしてもぬぐえないんです……。その点“イーサン”はパターンが都会的で、高機能素材を使ったアウターとは思えないフォームに仕上がっています。それでいて「パタゴニア(PATAGONIA)」の“ダスパーカ”より暖かい。
大谷:ミドル丈でコーディネートしやすい点もポイントかと。さらに裾をドローコードで絞れて、保温性を高めることもできるんです。
WWD:文字通り“大絶賛”だが、山﨑デザイナーからあらためて「モシール」の自己紹介をお願いしたい。
山﨑佳克「モシール」デザイナー(以下、山﨑):デビューは19-20年秋冬シーズンで、“ハイテク素材を用いながら、ビンテージのディテールを取り入れること”にこだわっています。
WWD:2人からは“イーサン”を推す声が挙がったが、この新作についても教えてほしい。
山﨑:モチーフにしているのは米軍の寒冷地用アウター“エクワックス(ECWCS)”で、表地にリップストップナイロン、裏地に“パーテックス・クァンタム”と、いずれも軽量で強度のある素材を使っています。特に“パーテックス・クァンタム”は肌ざわり、腕の通りがよく、つまりストレスフリーで着られます。
WWD:河合オーナーからはパターンの巧さについても言及があった。
山﨑:ラグランスリーブなのでそもそもアクション性は高いんですが、腕の付け方を少し前振りにしていて腕を動かしやすくしています。また見た目より腕を細くしているので、それで都会的に見えているのかと。
WWD:暖かさの秘密については?
山﨑:80~130gで多い=温かいと言われる化繊綿(わた)“プリマロフト”を200g使用しています。それも上位素材の“プリマロフト・シルバー”を。また三層構造の中央に防水・透湿素材の“イーベント”を用いることで雨や雪、風を防ぎながら、一方で汗の蒸気を素早く外に逃がすようにしています。
大谷:これだけ機能、機能のオンパレードなのに、極めてシンプルなデザインだから、あくまでタウンユースできてしまうのも魅力。
河合:それに1着でハイスペックな防水・透湿性と保温性を併せ持つアウターって意外とないんですよ。
大谷:確かにハイテク素材のアウターって、蒸れてしまうのが難点。“イーサン”は、それも回避している。先日、ロンTの上に“イーサン”だけ着てマイナス10度の銀世界で2時間佇んでみたんです。
河合&山﨑:すごい実験(笑)!
大谷:全然過ごせてしまって、われながらビックリしました。旭川は真冬にはマイナス20度にもなるんですが、たぶんへっちゃらですね。せっかくの機会だから山﨑さんに聞きたいんですが、裾のドローコードの調整用スピンドルをサイドポケット内に収めているのって、雪が付いて凍ったり、手がかじかんで操作できないようにならないための仕様なんですか?
山﨑:はい、その通りです。
大谷&河合:さすがは道民!
考えてみればデザイナーとバイヤーに一度に話を聞く機会は珍しく、前述の通り今冬は東京より寒い土地に行く予定はないのだが、それでも次第に“イーサン”が欲しくなってしまった……(笑)。
三層構造の中央に用いた防水・透湿素材の“イーベント”は耐水圧30000mm で、「3mの高さから1リットルの水を流しても一切浸透しません」(大谷オーナー)