新型コロナウイルスの感染拡大は、従来の商品やサービスの在り方に変化をもたらしている。対面のフィッティングを重視してきた下着業界にも影響を及ぼしているのは言うまでもない。ソーシャルディスタンスが重要視される中、接客やサービスにも変化が求められている。この連載では、コロナ禍に先んじて、既成概念に捉われない新領域の商品やサービスを生み出してきた下着業界の開拓者を紹介する。
連載第3回は、下着メーカー島崎の自社ブランド「フリープ(FLEEP)」とODM事業の責任者である山本朱実・取締役営業部部長だ。2007年にスマイルコットン社の素材を使用した肌に優しいインナーブランド「フリープ」は誕生した。自社工場の高い縫製技術を最大限に生かし、縫い代を表に出すことで肌に当たらないようにするなど、丁寧かつこだわりのあるもの作りが高く評価され、年々売り上げを伸ばしてきた。最近はブランドの認知度も高まり、アトピー性皮膚炎や乳がん手術後の患者からも支持を得ている。
――「フリープ」のコンセプトと特徴は?
山本朱実・島崎取締役営業部部長(以下、山本):柔らかくて軽いスマイルコットン社の素材を使い、肌に当たる部分を極力フラットに仕上げたり、ゴムを使わずパワーネットを挟み込んだり、肌に優しい仕様にこだわっている。2007年のデビュー当時から日本アトピー協会推薦品として承認され、現在は乳がんの手術後の患者にも愛用してもらっている。19年は、月に一度ポップアップストアや医療機関で患者と接点を持つ相談会などを開催していたが、20年はそれができなかった。もどかしいが、取引先や顧客も同じ状況だ。コロナ禍だからといって患者がいなくなるわけでなく、医療機関のスタッフの相談にどのように対応するか試行錯誤している。若年層であればオンラインで相談もできるだろうが、年配層は難しい場合も多い。だから電話相談などを積極的に行っている。
――アトピー性皮膚炎患者に支持されるようになったきっかけは?
山本:10年に日本アトピー協会を通じて、横浜市の野村皮膚科医院の野村有子院長と出会ったことがきっかけだ。商品を見て「これだけ肌に優しいものなら、患者に紹介しましょう」と言われ、それから年3回、同医院のカフェの販売会に参加している。初めて患者や医者様の話を聞いたときは、いろいろな気付きの連続だった。例えば、肌に優しいと思って綿混レースを使っていたが、「綿混でも、レースが肌に直接触れると刺激になる」と言われてすぐにレースは全て肌に触れないように改善した。信頼できる医療関係者との出会いが、本当の意味で肌に優しいインナーブランドとして「フリープ」が成長するターニングポイントとなった。
下着が社会復帰を後押し
――乳がんの患者さんに浸透したのはいつから?
山本:2つのきっかけがあった。最初は13年に、岡山在住のブレストカウンセラーさんと出会ったこと。いくつかの病院と提携して患者と医療機関との間に入り、ブラジャーのアドバイスなどをしており、大阪の百貨店で「フリープ」を見て、術後の患者さんにも薦められると病院に紹介してくれた。ある日、大学病院の乳がんの認定看護師から本社に商品の説明に来て欲しいと連絡が入り、そこから広がって行った。2つ目は、元社員が紹介してくれた看護師との出会いだ。約300人登録がある日本乳がん看護研究会の代表世話人で、「フリープ」を気に入ってくれた。認定看護師が集まる年1回の勉強会では、ウィッグや下着など関連商品の企業展示があり、出展したところ、看護師にとても好評で、広まった。医療機関とのパイプを作ろうと戦略を立てて営業したというよりも、縁がつながって、想定していなかった領域に足を踏み込む結果になった。看護師や患者の要望やアドバイスを直接聞いて反映していなかったら、「フリープ」はここまで成長できなかった。
――「フリープ」がそこまで支持される理由は?
山本:医療関連の下着はデザインや色がかなり限られるのに対し、「フリープ」のナチユラルで心安らぐ雰囲気が受けたのだと思う。また、価格が手ごろなこともあり、「安心安全でリーズナブル。また、おしゃれ」という声が広がっていった。患者に「百貨店でも販売している誰もが使用している商品だ」と説明すると、「乳がんになったけれど、特殊な下着しか使えない悲しい状況じゃないのだ」と喜ばれたことが心に響いた。乳がんにより、あきらめなければならないのではなく、一般人と同じ下着をつけられることが、患者にとっては大きな励みになることを知った。見た目は通常の下着と変わらないけれども、細部まで配慮されているので術後の患者に使えることが「フリープ」の強みだと実感した。
――患者の接客で感じることは?
山本:乳がんの患者は、術後に社会復帰するケースが多く、乳房切除したことを知られたくないという思いが強い。接客して、ボディーラインがきれいに見えることを確認できると「ようやく社会復帰ができる」と言われることが多い。その明るい表情を見ると、下着が人生を変えることができるのだとうれしくなる。人に見えるものではないが、患者にとっては、前進する勇気を与える重要なものだと実感する。
ECに慣れていない顧客との接点を大切に
――コロナ禍にも関わらず、20年5〜10月が増収増益となった理由は?
山本:店舗が休業した4〜5月は、売り上げを自社ECと電話・FAXの注文でカバーし、20年5〜10月は前年同期比9%増になった。電話・FAXの注文は19年2月に、個別データを管理し効率的に注文を受ける顧客対応チームの体制を整えていたことが奏功した。店舗の休業中は、他社様同様、ECの売り上げが伸び、20年5〜10月は同32%増になったが、電話・FAXの注文はそれ以上に好調で2倍以上伸長した。電話注文は外注ではなく社内スタッフが対応するため、私自身もひたすら電話をとる日があった。顧客とゆっくり話して要望を聞くことができた貴重な時間だった。ECに力を入れているが、ECに慣れていない顧客もいる。そういう顧客との接点をどう持つか、これからも探っていきたい。
――これからの課題は?
山本:在庫は減らしつつも欠品しないよう適正な在庫管理をすること。自社工場と連携しながら、必要な時に必要な量を適宜提供していく体制作りは、今後「フリープ」が健全に成長するために不可欠だと考えている。もう一つは「フリープ」の存在を知らず、悩みを抱えている人にどのように発信していくかが課題だ。「こんな下着があるなんて。もっと早く知りたかった」という声を聞くたび、ブランド認知度を上げていかなければと思う。