ある時は常夏のジャングルを表現したかと思えば、スカイクレイパーに圧倒されるNYの街 —— 。ポップでエネルギッシュに、日本のゴルフシーンをけん引してきたのが「パーリーゲイツ(PEARLY GATES)」だ。そんな世界観がゴルフ愛好家たちに唯一無二の高揚感を与えてきた。
ところが2021年春に打ち出したのは、ベージュを基調としたコレクションである“エッセンシャル(ESSENTIAL)”。必要不可欠をメインテーマとし、大きなロゴや大胆な柄もないシンプル&ベーシックで、これまでのイメージとかけ離れている。加えて、今回は2分半の短編動画も制作・公開した。ところが、ここにはゴルフのシーンもなければ、商品も紹介しない。「これから」と題した動画は、世代や職種の異なる5人が出演し、その生きざまに迫るものだ。
これまでの「パーリーゲイツ」とは全く違う、マジメで“らしくなさ”全開のコレクションとショートムービー。これらを通じてある「想い」を発信したのは、これまで通り、酒井昭征「パーリーゲイツ」ディレクター兼チーフデザイナーだ。普遍的なコレクションと動画に込めたものとは?「WWDJAPAN」編集長の村上要が聞いた。
一歩前へと踏み出す糧へ
短編動画ににじませた意思
酒井昭征「パーリーゲイツ/ピージージー」ディレクター兼チーフデザイナー(以下、酒井):ショートムービーをご覧になって、どう思われましたか?率直な感想が気になります。
村上要「WWDJAPAN」編集長(以下、村上):いやー、エライです(爆笑)!言葉を選ばず言えば、“たかが”一つのゴルフブランドが、こんな手の込んだ、社会的なメッセージを詰め込んだ動画を作るなんて、本当に「エライ」と感じました。商品がほとんど出てこないんですもん(笑)。
酒井:作っている時はただただ必死だったんですが、見返してみると、「これって『パーリーゲイツ』なのかな?」って自分でも思うほどです(笑)。花火が上がってたり、古典芸能の横笛演奏など、ゴルフブランドの動画には見えませんよね。
村上:ですね(笑)。そもそも、なぜこの動画を作ったんでしょう?
酒井:最初の緊急事態宣言(2020年4〜5月)のころ、周りが心配するくらい気分が沈んでしまったんです。同時に、「このコロナ禍にブランドとして存在している以上、今までと同じようにしていてはいけない」「この時代に自分が一つのブランドに関わっている中で、この社会に何か出来ることは無いのか?」と悩み、その答えとしてこの「想い」を映像で表現しようと。展示会費を削り、動画の制作費に充てました。
村上:「パーリーゲイツ」なりの「想い」とはなんでしょう?
酒井:強制的に大きく変化した世の中になった今、その最中で感じたつらい気持ちを今記憶して、前に進む糧となるものを発信することです。それを見た人が、少しでもこのメッセージを発信しているブランドに興味を持ってもらえたらと。「パーリーゲイツ」も単に個性的なゴルフの服のデザインだけではなく、そういうブランドの“懐”みたいな部分を、映像を通じて感じて、知ってほしかった。これからの時代、この世の中に必要な存在でいられないとブランドは生き残れないと思うんです。
「今の時代に必要なものを」
行き着いたベージュという選択
村上:でも「パーリーゲイツ」にはすでに、「『パーリーゲイツ』らしいものが好き」というコアなファンが多いイメージです。
酒井:シーズンカタログはめちゃくちゃ凝って作っているし、コレクション自体も春夏、秋冬だけでなく月ごとにテーマを設けているんです。本当に大変なんですが、顧客さまもそれを知っていて、新作を求めて毎月のように来店してくださいます。「このスタッフから買いたい!」「次の(ゴルフの)ラウンドでは絶対これが着たい!」と人や商品をめがけて買いに来てくださる方も多い。ブランド主催のコンペなどでお客さま同士のコミュニティーもどんどん広がっていて、いつの間にか独自の強い世界ができていましたね。
村上:これからは、不特定多数のお客さんにそれなりに好かれるより、特定のファンに激しく愛してもらえるかが大事な時代がやってくる。“愛される”ことはますます重要になりますね。ただ21年春夏のベージュ基調のコレクション“エッセンシャル”には、ファンも驚いたのでは?
パーリーゲイツ」の2021年春
“エッセンシャル”
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酒井:自然の中でプレイするゴルフは、ビビッドなカラーや原色のウエアの方が映えます。アースカラーは周りの自然に馴染みすぎてしまうから、セオリーではありません。でも、今の時代は「溶け込む」ことも選択肢の一つにしてもいいのかもしれない。それに、このコロナ禍においてゴルフのためだけに服を買うのはただの贅沢なのかも知れないと感じ、日常でも着られるようにお客さまが自由に選択して自由に着こなしが出来るような、汎用性が高いデザインにしました。そして、柄物のイメージが強いパーリーゲイツが無地のベージュを打ち出すこと自体がインパクトを与えるのかなと。最初は社内でも「大丈夫?」なんて言われましたが、説得を続けると納得してくれるようになりました。結果、大きな反響をいただき、店頭への入荷までに完売する商品も数多くありました。今の時代に、今を考えながらブランドビジネスをやることこそが、本来のあるべき姿なのだと考えさせられました。
パワフルなデザインに
“思い”が重なる服へ
村上:“エッセンシャル”は「パーリーゲイツ」が変わるきっかけになったんでしょうか?
酒井:今後も代名詞であるハッピーでカラフルで機能的な「パーリーゲイツ」を提案し続けていきます。しかし、仕事への向き合い方、特にデザインへの考え方は確実に変わりました。シーズン毎に展開する柄や色の背景をこれまで以上により考えるようになりましたね。「こういう柄の服を、なぜ今この時代に出すのか」という意味を、パーリーゲイツに関わるスタッフへもしっかりと伝えていく。その想いは、お客さまにもきっと伝わります。ブランドのキャッチーな部分だけでなく、“想い”を知った上で服を見てもらえるようになったら、もっともっと素晴らしいブランドになっていけると思うんです。
村上:なるほど。嫌う人もいるかもしれないけれど、臆せず、想いを伝えることは、これからのブランドビジネスで欠かせない覚悟だと思います。一番恐れるべきは、無関心・無反応。「嫌い」はそれよりずっとマシです(笑)。
酒井:「パーリーゲイツ」は(年間売上高が)100億円以上あるブランドです。本当に多くの方々に「好き」と思ってもらえないと、この規模は保てません。定番と言われる商品にもしっかりとデザインに力を入れ、ベーシックな中にちょっとした新鮮味を与える要素を入れてみながら、前後のシーズンと被らないように細かく調整をし、半歩先のデザインをしています。定番商品と、シーズンテーマを明確に打ち出す強いデザインの商品とのバランスの取り方が本当に難しいと感じます。何よりその時・その時代にお客さまがどう思っているのか、自分自身がどんな気持ちになっているのかをしっかりと表現できるのか。さらに他業種とのコラボレーションや共同制作、SDGsへの考え方やブランドとしての取り組み方など……。毎日毎日やってくるたくさんの出来事に悩み、考え続けているので、つぶれてしまいそうになる時もあります。それでも、パーリーゲイツは32年の歴史がありながら常に驚きと楽しさを発する、本当に素晴らしいブランド。これからも、そうあり続けたいと考えています。
村上:カッコつけず、迷いながら試行錯誤している様子さえ、消費者に伝えていいと思うんです。そういうブランドにこそ共感が生まれ、支持される時代がやってくると思います。
パーリーゲイツ
03-6748-0392