「第二の創業」「第三の創業」を目指せるか
日経新聞などが報じていた富士フイルムホールディング(HD)の21年ぶりのトップ交代の記事を興味深く読みました。
2000年から同社を率いてきた古森重隆会長兼CEO(81)が退任するというニュースです。古森氏が社長に就いたときは会社存亡の危機だったそうです。当時は社名通り、写真のフィルム事業が売上高の6割、利益の3分の2。それがデジカメの普及によって「風呂の栓が抜けたように、みるみる写真フィルムの需要が減っていった」わけです。古森氏は「第二の創業」を掲げて、フィルム開発の知見を生かした医薬品や医療機器、化粧品など新規分野の育成に取り掛かり、M&A(企業の買収・合併)も重ねていきました。それらが実って、21年3月期の連結最終利益は1600億円(米国会計基準)と最高益の見通しです。
かつてのライバルだった米コダックがフィルムにこだわり破綻してしまったのと対照的な復活劇です。もし富士フイルムHDが写真のフィルムに固執していたら……。企業が変化しないことのリスクを教えてくれます。
ファッション業界もコロナの打撃を受けて「第二の創業」を迫られている企業が多いと思います。働き方が変わってビジネススーツの需要が激減してしまった紳士服専門店。この数年、インバウンド(訪日客)に頼りきっていた百貨店や一部の店舗。そのほか、ドレスシューズ、ハイヒール、ネクタイ、和装などなど、風呂の栓が抜けたような需要減に直面している分野は少なくないと思います。
富士フイルムHDのような「第二の創業」は簡単にできることではありません。他分野に応用できるような高度な技術開発力を持ち合わせている例はあまりないでしょう。それでも作業服専門店からアウトドアファッションへと鮮やかなトランスフォーメーションを遂げたワークマンのような例もあります。
大手百貨店の半分くらいは、かつては呉服店でした。独特の顧客ネットワークを持ち、お得意様に上物の反物を提案したり、自宅まで御用聞きに訪れたりする。そういった伝統は今も日本独自の外商ビジネスとして引き継がれています。4月1日付で三越伊勢丹ホールディングスの社長に就任した細谷敏幸氏は「マスから個の時代に移る」と話しました。同社はOMO(オンラインとオフラインの融合)など新しい分野に果敢に挑戦しています。
百貨店は100年ほど前に呉服店から百貨店への転換という「第二の創業」を経験しています。「第三の創業」のときを迎え、どのように変化していくのか目が離せません。
MARKET VIEW:ファッション市場で日々発信されるホットなニュースを、「WWDJAPAN」のビジネス担当記者がコンパクトに解説。ニュースを読み解くヒントを提供します。エディターズレターとは?
「WWDJAPAN」の編集者から、パーソナルなメッセージをあなたのメールボックスにダイレクトにお届けするメールマガジン。ファッションやビューティのみならず、テクノロジーやビジネス、グローバル、ダイバーシティなど、みなさまの興味に合わせて、現在8種類のテーマをお選びいただけます。届いたメールには直接返信をすることもできます。