ファッションという「今」にのみフォーカスする産業を歴史の文脈で捉え直す新連載。39回目はエンタメ化するデジタルショーがもたらすものを考察する。編集協力:MATHEUS KATAYAMA (W)(この記事はWWDジャパン2021年3月15・22日号からの抜粋です)
日本時間3月9日午前1時、私はPCモニターの前で釘付けになった。「アンリアレイジ」が、パリ・ファッション・ウイークで発表したデジタルショーの革新的な表現に打ちのめされたのだ。服に関する詳細は本紙に委ねるとして、「GROUND(地面)」と題したそのデジタルショーは、通常通りモデルのウォーキングで始まるのだが、その後天井から逆さまに歩くモデルが登場し、ステージと天井を歩くモデルが交互に出てくるという仕掛け。
そう聞くと単に上下逆さまの合成処理をしているだけと思うだろうが、このデジタルショーの特筆すべき点は、その完成度。天井から逆さまに歩くモデルへのライティングとカメラワークも極めて自然に表現されている。もちろん天井から逆さまに歩くことなど実際は不可能なわけで、合成の粗が見えない仕上がりに感嘆したのだ。なかでも無人の観客席側からのカメラワークが圧巻。本来は、ジャーナリストやバイヤーが連なるパイプ椅子の列の後方からカメラが横移動してモデルを追いかけるカットでは、パイプ椅子の背後から逆さまのモデルのウォーキングをまるで実際に起きているがごとく捉えている。これはデジタルショーだからこそできた技術的表現であり、かつ無観客前提ならではの表現でもある。そして、ファッションショーという形式への見事なオマージュと革新的な提案だ。無観客でデジタルでも、こんなに面白く、かつ服もちゃんと見せるショーが出来るのだと。
正直なところ、昨年から発表されているデジタルショー全般は、あくまでコロナ禍における臨時対応の代替的なものと懐疑的な気持ちで眺めていた。だが先の「アンリアレイジ」を筆頭に、このところそんな懸念を打ち消すような見事なデジタルショーがいくつも行われている。1月20日に発表された「ルイ・ヴィトン」2021-22年秋冬メンズのデジタルショーは、パリとスイスの山間の村を舞台に詩やダンス、そして音楽など多彩なアートパフォーマンスで表現され、まるで総合芸術の趣だ。監督を務めたのは、アーティストでパフォーマーのウー・ツァン。これはもうファッションショーの域を超えるどころか、そこらの映画やミュージックビデオよりもはるかに面白い。
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