アルバイト販売員から大手企業社長へ 叩き上げのリーダー
昨年9月に菅義偉首相が就任したとき、「叩き上げ」という言葉がメディアを賑わせていました。民主党政権時代の菅直人氏、野田佳彦氏を除き、21世紀以降に総理大臣になった人は国会議員の2世、3世ばかりでした。ポスト安倍といわれた宰相候補も世襲議員ばかりだったので、叩き上げの菅首相の経歴はユニークだったわけです。
ファッション業界でも叩き上げの新しい経営者の活躍が目立つようになってきました。4月1日付でユナイテッドアローズの社長に就任した松崎善則さん(47)は、1997年にアルバイトとして同社の販売員になったのがキャリアの始まりです。「WWD NEXT LEADERS 2021」に選ばれた婦人靴の卑弥呼社長の新井康代さん(39)は、同社の親会社ダブルエーのアルバイト販売員からキャリアをスタートさせ、昨年5月に社長に抜擢されました。誰でも最初は新入社員なので、出世を重ねれば叩き上げといえるのかもしれませんが、それでもアルバイト販売員から上場企業および上場企業傘下の老舗企業の社長に30〜40代で就く事例はそんなにないでしょう。夢がある話です。
3月1日付でTSIホールディングス社長に就任した下地毅さん(56)も「叩き上げ人事」です。前の社長の上田谷真一さんはコンサルタント出身でクリスピー・クリーム・ドーナツ・ジャパンやバーニーズジャパンの社長経験者。その前の社長の齋藤匡史さんは外資系の化粧品会社や化学会社で要職を重ねてきました。TSIはいわゆるプロ経営者が2代続けて社長を務めてきたわけです。
一方、下地さんの経歴は対象的です。TSIのルーツであるサンエー・インターナショナルや東京スタイルの出身でもなく、TSIが18年10月に買収した上野商会の出身です。本流の婦人服ではなく、後発でグループ入りしたアメカジのアパレルで経験を重ねてきた人です。TSIグループと上野商会は売り上げ規模で10倍近く開きがあります。
20年5月にTSIの取締役営業本部長に抜擢された下地さんは自問します。「アメカジ一筋だった私に50以上のブランドを束ねるグループの経営陣として何ができるのか」――。下地さんは自分の役割は現場で起きている問題を上層部に届けることだと判断し、生産、物流、店頭などの現場を精力的に回りました。「上野商会は小さな会社だから若い時から何でもやらせてくれた。おかげでサプライチェーンを隅々まで勉強できた。ジャンルや規模は違っても仕事の本質は変わらない」と言います。
いまファッション業界は大きな変革期で、デジタルトランスフォーメーション、OMO、AI(人工知能)、サステナビリティ、ダイバーシティー、グローバリゼーションといった大きな言葉が飛び交っています。これらを地に足のついた変革にするには、理屈だけではなく、誰よりも現場を肌感覚で知る叩き上げのリーダーが求められているのかもしれません。
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