メイクアップアーティストで、僧侶でもある西村宏堂は、LGBTQ+の当事者として啓発活動も行う。米国でメイクアップアーティストの地盤を築き、ミス・ユニバース世界大会やクロイ&ハリーやハリマ・エイデンなどのセレブのメイクを担当。一方で、アイデンティティーに悩む人々をセミナーや仏教の教えを通して勇気づける。共通するメッセージは、「性別や人種に関係なく皆平等であり、自分らしく輝くこと」だ。
WWD:メイクアップアーティスト、そして僧侶を目指したきっかけは?
西村宏堂(以下、西村):劣等感を感じ、自分の価値を見いだせなかった昔の私が、メイクをすることで自分に対して可能性や希望を感じられたように、メイクを通して人々を応援したいと思ったから。米ボストン留学時代、学校の成績や人間関係で悩んでいた友人を元気づけたくて、アイライナーとマスカラでメイクをしてあげた。すると、彼女の表情はみるみる変わり、自信をまとった。興味深かったのは、メイクを落としてもその表情が変わらなかったこと。メイクは人の心を動かす一つのきっかけになると思った。
また、私はお寺に生まれたが、小さいころはお坊さんになりたくなかった。そんな私が僧侶を目指そうと思ったのは、ニューヨークのパーソンズ美術大学在学中。休学して兵役に行かなければならなかった韓国人のクラスメートが、ある授業で軍隊のパフォーマンスをした。その複雑な心情の表現がとても心に響いた。「自分が目を背けていたものに向き合ったらどんな人間になるだろう」と、仏教の修行に入ることを決めた。僧侶の修行は厳しかったけれど、一番学んで良かったのは、仏教はLGBTQ+を含め、人々のあるがままの多様な姿を肯定して応援してくれている、みんなが平等に幸せに生きることを願っていると分かったことだ。
WWD:海外での経験が生かされている点は?
西村:同性愛者であること、LGBTQ+であることに胸を張れている点だ。アメリカやスペインで出会ったLGBTQ+の人たちは、みんな笑顔で一緒にいて楽しかった。私も自分らしくいられることの幸せを感じ、恥じる必要も、劣等感を感じる理由もないとわかった。カミングアウトしづらい日本の環境では、培えなかった気持ちだ。
メイクとファッション、仏教は平等をかなえてくれる
WWD:メイクをするときのこだわりは?
西村:私のメイクで人の心が変わること。もちろん技術も必要だけれど、メイクされた人の気持ちがときめくことが大事。私はマイクロエクスプレッションを大切にしていて、服装や髪型、香水、姿勢、所作など、あらゆる細かい部分を見て、その人が本当に必要なものを処方するようなメイクを常に心掛けている。
WWD:西村さんはメイクやファッションの力を信じていると感じる。
西村:おしゃれをすることで、自分の声がメガホンで拡張されるように、自分の存在が強く大きくなると感じる。私は同性愛者で、米国でアジア人であったことに胸を張りきれなかった経験があるが、メイクやファッションが自分に自信を与え、プロフェッショナルとして胸を張れるようになった。その経験から、メイクやファッションは人が平等で不条理でない社会を求めていく後押しになる存在だと捉えている。
WWD:メイクとファッション、仏教に通じることとは?
西村:平等をかなえてくれるところ。メイクやファッションは、その人の魅力を倍増させて応援することができるツールだ。人々をすてきにする希望が詰まっている。仏教は「どんな人も平等」と説いていて、自分の可能性や価値を信じることを教え、「私も頑張ったら願いがかなえられる」と思わせてくれる。
ダイバーシティーとは「全ての人を個として捉えること」
WWD:昨年7月に出版した自著『正々堂々』の反響は?
西村:多くいただいたのは「自分はLGBTQ+でも僧侶でもないけれど、悩んでいたことに共通点があり参考になった」という声。特にうれしかったのは、あるお母さんから届いた「私にはディズニープリンセスが好きな息子がいます。宏堂さんも同じような子供だったことを知り、息子のことが理解できて良かった。不安に思っていたけれど、宏堂さんが活躍されているのを見て励まされました」というメッセージだ。私が小さい頃はお手本となる人がおらず、母は1人で悩んでいた。私がどのように成長できたかを、母と似た悩みを持つ方に伝えられ、支えになれたことは深く記憶に残っている。
WWD:昨今よく聞く言葉だが、真のダイバーシティーとは何だと思う?
西村:カテゴリーをなくして、全ての人を個として捉えること。その人がどういう人間なのかに向き合えば、カテゴリーに分けられないことが分かり、実はみんながそれぞれ違う感情や経験を持って生きているダイバースな存在なのだと気付く。そもそもみんな違うのだから、わざわざ“ダイバーシティー”と言う必要もないのでは?
WWD:今、関心があることは?
西村:2019年から国連人口基金(UNFPA)の活動に参加し、ニューヨークで「宗教とセクシャリティー」について講演した。国連人口基金は、宗教の教えや知識を用いて、各国の性の問題やそれに苦しむ人々の現状の改善に取り組んでいる。僧侶である私だからできることだし、いろいろなバックグラウンドを持つ人々が、カテゴリーなど関係なく、同じ目的に向かって知恵を出し合い、進んでいる姿に強く関心を持っている。競争が楽しさややる気を引き起こすこともあるが、人をさげすんだり攻撃したりする競争ではなく、どれだけの人を助けられるかや、ポジティブでいい効果が生めたかを競争する方がいいと思う。
WWD:10年後、この業界でどんな役割を担っていたい?
西村:自分で考え、決断して行動する人のお手本になりたい。トレンドや性別、年齢に捉われることなく、ド派手なファッションだろうがメイクだろうが、自分がやりたいのであれば、周りの目を気にせず楽しめる生き方でいい。それを受け入れる社会はきっと楽しいし、それを祝福し合えるような社会を応援したい。
WWD:今後の目標は?
西村:自分の番組を持って、宗教や政治に対してさまざまな考えを持つ異なる地域の人々を訪れてメイクを施し、内に秘めた気持ちを聞きたい。きっかけはミッシェル・オバマの「It’s hard to hate up-close.(すごく近い人を嫌いになるのは難しい)」という言葉。私はメイクというツールを使って人々に近づき、生い立ちやストーリーを聞き出し、人と人をつなぎたい。民族や宗教、政治に対する考えが違っても、自分と共通点があることに気付けば、戦いは生まれにくくなるはずだから。
【推薦理由】
メイクアップアーティスト、かつ僧侶と多彩な肩書きを持つ西村宏堂は、同性愛者であることを公言し、LGBTQ+への理解を伝えるための啓発活動にも積極的だ。アイデンティティーに悩んだ自身の体験を包み隠さず率直に伝え、「人と違う自分を認め、自分らしく生きよう」というメッセージは、人種や性別を越えて人々の心に響いている。国内外から注目を集めており、国連でのスピーチやイェール大学、増上寺での講演など、その活躍は多岐にわたる。メイクと仏教で人を救いたいという信念のもと平等な社会を目指す、時代のリーダー的存在だ。