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ファッション界が失った宝、アルベール・エルバスの服はなぜ強く美しかったのか エディターズレター(2021年4月27日配信分)

※この記事は2021年04月27日に配信した、メールマガジン「エディターズレター(Editors' Letter)」のバックナンバーです。最新のレターを受け取るにはこちらから

ファッション界が失った宝、アルベール・エルバスの服はなぜ強く美しかったのか

 アルベール・エルバスの訃報を日曜日の夜に知り、言葉を失い喉元まで悲しみが込み上げました。ファッション界は偉大なデザイナー、偉大な人物を失ってしまいました。パンデミックを経て、今後ファッション界が再生をするときに必要な人であり才能でした。とても残念です。

 なぜパンデミック後にアルベールが必要だったと思うか、それは彼が純然たるファッションデザイナーの姿勢と技術を持っていたからです。右か左か、東か西かと聞かれれば “どちらでもない”、独特のゆらぎがある強く美しい服をデザインする人だったからです。

 彼は“ファッションデザイナー”という肩書きが本当に相応しい人でした。クリエイティブ・ディレクターやアーティスティック・ディレクターは洋服のデザインだけでなくレザーグッズや店舗や広告、今であればSNSなどブランドにまつわる全てのクリエイティブを請け負います。もちろん、アルベールも「ランバン」のバッグやシューズをデザインしていたし正式な肩書きであるアーティスティック・ディレクターとしてその仕事を十二分に果たしました。でも彼の本質はファッションデザイナーだったと私は思います。布を使って美しい服を作る女性のための仕立て屋です。それをオートクチュールではなくプレタポルテで実現していましたね。

 あるとき、ショー後のインタビューで「年齢は関係ない。僕は『ランバン』の服ですべての女性、すべての年齢の女性を美しくしたいんだ」と語るのを聞きました。当時はまだ多様性という言葉は使われていませんでしたが、振り返るとその考え方は多様性そのものです。フィナーレにおどけて登場し、そのキャラクターが愛されていたアルベールですが基本的な姿勢は自分を前に押し出すよりも裏方志向で、女性のために服を仕立てる職人気質が強い方だったと思います。

 アルベールの「ランバン」の服は不思議な形をしていました。パッキリとした左右対称ではなくどこか着物のようなニュアンスを残していました。ミュージシャンの菊地成孔さんとパリコレを取材したとき、彼はそれを「ゆらぎ」と評し、実に的確だと思いました。モロッコ生まれ・イスラエル育ちのアルベールは、ニューヨークやパリを舞台に活躍しました。その経験に加えて、根底には多文化国家モロッコの世界があったのではないでしょうか。西と東、ユダヤ教とキリスト教とイスラム教、様々なゆらぎの中に見出すバランスが美しさと強さにつながっていました。アルベールがデザインした「ランバン」のサテンの服は、西洋の服の多くに見られる整った左右対称のバランスとは違い、どこかアンバランスでした。アンバランスだけど風が吹いても芯は揺るがない、そんな魅力がありました。だから服に袖を通すことで女性はしなやかな強さを受け取るのです。アクセサリーにはアフリカの要素も見てきました。

 「コンバース」とコラボレーションをした際にはパリのホテルでインタビューの機会を得ました。私は本当に果報者ですね。ポートレートタイムでのこと、彼は突然使っていたクッションを床にポンと置きその周囲に無造作にたくさんの靴を置きました。そして不安定なクッションの上に揺ら揺ら揺れながら立ち、強い目力でポーズを取りました。その間、ほんの10秒。一瞬にしてそこが彼の世界となり、クリエイティブってこういうことを言うのだと肌で感じました。

 多くの文化と人を見てきた優しい人がその中から立ち上げたプロフェッショナルなファッションデザイン。今ほどそれを必要としている時はありません。だから彼の死は悔やまれます。心からお悔やみを申し上げます。

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