「最もサステナブルなのは、新しい服を作らないこと」――2020-21年秋冬シーズンにデビューしたばかりの「マリア マクマヌス(MARIA MCMANUS)」のデザイナー、マリア・マクマヌスは矛盾覚悟でそう言い切る。アイルランド出身でニューヨークを拠点に活動する彼女は、現在43歳。「イードゥン(EDUN)」「ポロ ラルフ ローレン(POLO RALPH LAUREN)」「ラグ & ボーン(RAG & BONE)」でマーチャンダイザーとして経験を積み、20年に自身の名を冠したブランドを始動させた。同ブランドはリサイクル素材やオーガニックコットン、古布、メリノウールを使い、ボタンは自然素材のコロゾナッツボタン、タグや値札もリサイクルのポリエステルとプラスチックで作っている。水や化学物質の使用量や廃棄物の排出量を最小限に抑えて生産し、パッケージも全て再生紙にするなど、環境に配慮したサステナブルなブランドとして細部まで徹底的にこだわる。
コロナ禍でのデビューとなったが、ファーストシーズンは日本でもセレクトショップのミューズ ドゥ ドゥーズィエム クラス(MUSE DE DEUXIEME CLASSE )、アパルトモン(L’APPARTEMENT)で取り扱われ、セカンドシーズンは米大手百貨店のノードストローム(NORDSTROM)でも販売している。価格帯はコート6万円〜、シャツ4万円、Tシャツ1万5000円、パンツ4万5000円〜など。昨年秋にセールスを担っていたニューヨークのショールーム、ニュース(The News)と資本業務提携を結び、さらなる成長を目指している。ファッション業界が抱える“消費とサステナブルの両立”という難題にどう立ち向かうのかや、ビジネスとクリエイションのバランス、将来の展望についてを聞いた。
「私たちは完璧ではない」
ーーサステナビリティを意識するようになったきっかけは?
マリア・マクマヌス(以下、マクマヌス):アイルランドで大学生だった頃からボランティア活動に積極的に参加していた。その後、日本の大学で国際マーケティングを1年間学んだ後、世界中を1年間かけて旅して多彩な文化に触れると共に、地球に多くの問題があることを知った。2006年からニューヨークが拠点の「イードゥン」で働き始めると、ソーシャルグッドでありながらビジネスとして服を作る彼らの思想に強く影響を受けた。同ブランドは業界の中でも早い段階からオーガニックコットンを選び、発展途上国で長期的な雇用を創出する仕組みを作り出していた。
ーー自身のブランド設立までの経緯は?
マクマヌス:「イードゥン」の後は「ラルフ ローレン」「ラグ & ボーン」でマーチャンダイザーとしてビジネスとクリエイティブの両方を学んだ。その後に出産を経て独立し、20年に「マリア マクマヌス」を立ち上げた。環境や社会問題には昔から関心があったが、書物やドキュメンタリー映画などを通じて切迫した危機感を覚え始めたのは5年前からだ。また自身のブランドとは別に、NPO団体のエブリー マザー カウンツ(Every Mother Counts)共同創始者として、発展途上国とアメリカに暮らす女性の妊娠・出産の環境を改善する取り組みも行なっている。
ーーブランドを立ち上げるまでにあなたを駆り立てた、最も根深い問題とは?
マクマヌス:問題にはいくつもの側面があって異なる要素が複雑に絡み合っているため、難しい質問だ。けれど、私が最も取り組みたいのは劣悪な労働環境と過剰生産に関わる問題。多くの消費者がファストファッションの縫製工場の労働者は非衛生的な環境化で健康被害の危機にさらされ、長時間労働にも関わらず最低賃金さえ受け取っていないという事実を知らない。そこで排出されるのは有害な化学物質や合成繊維といった環境に負荷を与えるものであり、過剰生産によってますます深刻化していく。問題はすでに肥大化しているため、業界全体で改善策を見出していかなければならず、私もその一員としてサステナブルなブランドを立ち上げることにした。
ーー新しいブランドを作ることに矛盾は感じなかった?
マクマヌス:確かに、最もサステナブルな方法は新しい服を一切作らないことだ。古着だけの購入で循環させることが可能であれば、それが最善なのかもしれない。ただ、例え消費とサステナビリティの間に矛盾があると分かっていても、ほかのブランドよりも悪影響を最小限に抑える選択肢を生み出すためにブランドを立ち上げる意義を感じた。私は完璧ではないし、課題だってまだまだ山積みだ。それでも、ファッションでサステナブルと消費を両立させたいという強い意思を持っている。
プロポーションと素材へのこだわり
ーー現在実施しているサステナブルな取り組みとは?
マクマヌス:最もこだわっているのは素材選び。グローバル・リサイクルド・スタンダード(Global Recycled Standard)の認証を受けたリサイクルのカシミアとナイロン、グローバル・オーガニック・テキスタイル基準(Global Organic Textile Standard)を満たすオーガニックコットン、メリノウール、さらに古布を厳選している。ボタンは耐久性が高く生分解性を有するコロゾナッツで、タグや包装紙、リボン、ギフトカードも全てリサイクル素材だ。ヨーロッパで原材料を製造する工場の一つは、水の50%を再利用し、ソーラーパネルによる太陽光発電で電気をまかなっている。
ーーサステナブルな取り組みは、実際のところ消費者の購買喚起につながっている?
マクマヌス:正直なところ、今はサステナビリティが消費者の購買喚起と直接的につながっているかは確かでない。数々の経験から一つ断言できるのは、サステナブルであろうとなかろうと、良質な服が求められるということ。だからこそ、高品質な素材や工場は妥協せず厳選している。自社ECの顧客はリピーターが多く、品質が評価されているという手応えがある。
ーーデザインにおいて大切にしていることは?
マクマヌス:ミニマルを軸に、長く着られるタイムレスでベーシックなアイテムを意識している。私の周りにいるファッション業界や広告、建築、芸術などのさまざまな業種の女性たちの日常着からインスピレーションを得ることが多い。小売では日本市場が全体の65%を占める高い割合で、ファーストシーズンから買い付けてくれた。バイヤーは「ニューヨークらしい、アップタウンとダウンタウンをミックスした感性がいい」と評価してくれた。
ーータイムレスでベーシックなデザインを追求する上で、“新しさ”はどう表現している?
マクマヌス:それは最も思考する部分だ。ミニマルなデザインにおいてプロポーションは重要であり、コレクションに新しいエッジをもたらしてくれる。過去のコレクションと関連性を持たせながら、長さやボリューム、シルエットをわずかにアップデートして“新しさ”を表現している。
ーークリエーションやサステナブルな取り組みについて抱えている課題は?
マクマヌス:半年から2年をかけて克服すべき二つの課題がある。一つはパッケージについて。製品が工場からニューヨークへ届く際のパッケージはほとんどがプラスチックだ。例えリサイクルであってもプラスチックの使用量を削減していきたいし、工場とコミュニケーションをとって考え方を変えてもらうことが課題である。もう一つは、サプライチェーンの透明性をもっと高めること。ヨーロッパの素材の生産工場は徐々にサステナブルへとシフトしているが、縫製工場はほとんど進歩がない。水の再利用や、工場で使用される電力、排出される化学物質など環境負荷を測定し、労働環境を把握することでサプライチェーンを透明化させていきたい。昨今、サステナビリティをうたうブランドは増えているが、その中で本質的に取り組んでいるブランドは一体どれくらいあるのだろうか。私たちは独自の方法で問題と向き合い、それを消費者に見えるかたちで提示し、透明性を高めていきたい。
ーービジネス面での展望は?
マクマヌス:ファーストシーズンを終えた後、昨年秋からセールスを担当していたショールーム、ニュースの石井ステラ代表と話し合い、資本業務を結んだ。これによりさまざまな予算面のハードルがクリアしやすくなり、私はクリエイションに注力できている。現在の課題は、自社ECをさらに強化すること。自社ECは顧客と直接コミュニケーションを取れるため重要で、ここを強化すればビジネス全体を成長させられるはずだ。