「知らないんだから、ファッションやビューティは政治を語るな」という 旧来の風潮に反旗を翻すべく、「語ってもいいくらい、ファッションやビューティも 政治を学ぶ」。初回は、元「WWDジャパン」記者がウイグル問題を語る。
「ウォールストリートジャーナル(WALL STREET JOURNAL)」が5月11日、良品計画が「多くの西欧と日本の企業が決してやらないことをした」として、同社が中国内で「新疆綿を使用」というキャンペーンを開始したことを報じた。新疆地区のウイグル人に対する強制労働や強制収容などの人権侵害が疑われている問題で、企業は「人権の尊重」か「現地のビジネス」か、“究極の選択”の狭間にある。
ウイグル問題では、企業が「人権の尊重」を遵守するための正確な情報や、ビジネスリスクがボトルネックとなった。「強制労働をさせている中国企業と取引しているのか否か」と議論されがちだが、背景には「中国政府の少数民族に対する弾圧(か否か)」がある。中国政府による情報統制は徹底されており、日本の一企業が「正しい判断」をできる環境ではない。国家間での政治的な調整が必要な事案だ。
ビジネスに必要なスピードを維持するため、結局企業にも今の環境下での判断が迫られているが、「つまるところ『尊重』とは何なのか?」など、議論は尽きない。心身の安全を脅かす労働環境を否定することはもちろんだが、企業判断で制裁的に取引を中止することが被害者を増やすことはないのか?など、多角的な視点での検証が必要だ。
豪シンクタンク「オーストラリア戦略政策研究所(ASPI)」が2020年3月に発表したリポートは、関連国の政治経済に「人権」に対する姿勢を迫るものとなった。同リポートは17~19年の間に、少なくとも100万人が中国の人民民主主義に従う「再教育」のため強制収容されたという。そして、この地区とビジネス的な関わりを持つ企業は「人権侵害を行使する環境に利益を与えている」として82社、日本のアパレル産業ではファーストリテイリングが名指しされた。
時を同じくして、ASPIから指摘を受けた「H&M」は新疆綿の使用中止を発表。すると、中国現地の消費者からは不買運動が一斉に起こった。現地のECサイトは事実上閉鎖、店舗も閑古鳥が鳴いている状態が1カ月近く続いている。こうした企業は10社を超える。一方、遅れをとった日本勢、ファーストリテイリングは「ノーコメント」を貫き、良品計画は「新疆綿の使用継続」を発表した。
中国擁護と懸念のパワーバランスは拮抗
長期的には「何が正義か?」も不透明
地政学的に見ると、この問題は長期化が予想されている。EUはSDGsの世界的な推進を順調にすすめており、米バイデン政権もトランプ政権時代に失墜した人権におけるリーダーシップをとることに余念がなく、対中国については強硬姿勢をとり続けている。一方中国政府は、ウイグル人に対する人権侵害を認める気配はなさそうなうえ、関連企業にとって大きな市場経済を握っている。国連の人権理事会における議論の場では、新疆区に関して中国に懸念を示す国が欧米や日本など39カ国あるのに対し、中国を擁護する国はロシアやエジプトなど45カ国あり、パワーバランスは拮抗している。新疆区とのビジネス的な関係を断ち切る企業が増えることは、ウイグル人の貧困を招き、被害を拡大させないのかという問題があるためだ。実際、中国内における消費者の不買運動の大義名分は、新疆区における産業への打撃を危惧している。
民主主義国家にあって、本来日本企業は人権を重んじたいはずだが、上記のとおり「クリーン」であることの実態はかなり複雑だ。この問題に関しては、「短期的な売り上げよりも、長期的な人権の擁護を」という言葉をよく耳にするが、「長期的」には何が正義なのかさえ、実は不透明なのだ。
定期購読についてはこちらからご確認ください。
購⼊済みの⽅、有料会員(定期購読者)の⽅は、ログインしてください。