企業はかつて、政治的な立場を明らかにする必要はなかった。最高経営責任者(CEO)などの経営陣は政治的な発言をしないほうが“安全”だと考えられていたし、粛々と事業に打ち込んでいればよかった。しかし、ここ数年で状況は大きく変化している。米国の事情を中心に紹介する。
若年層を中心に、近年の消費者は環境や社会問題に対する意識が高くなっており、自分の考えと合致する企業の商品を買いたいと思う人が増えている。彼らは購買行動が一種の“人気投票”であることに自覚的で、サポートしたい企業の商品であれば相場より多少高くても購入する一方で、自分の理念に反すると見なした企業に対しては不買運動を起こすこともある。
最近では、中国による少数民族ウイグル人への強制労働問題などが報じられたことを受け、新疆ウイグル自治区で生産されたコットンの調達を中止したH&Mヘネス・アンド・マウリッツ(H&M HENNES & MAURITZ以下、H&M)が、中国側からの激しい反発に遭ったことが記憶に新しい。3月24日には中国の大手ECサイトなどから「H&M」の商品が消え、モバイルアプリも中国の大手アプリストアから削除された。事態の沈静化のため、H&Mは3月31日、「中国は非常に重要な市場であり、その顧客や取引先からの信頼回復に尽力する」との声明を発表した。しかしこうした声明を出すことは、中国市場での売り上げ回復につながる一方で、サステナビリティや人権問題に関心がある消費者からそっぽを向かれる原因ともなり得る。
ミネソタ州ミネアポリスで2020年5月25日に、黒人男性のジョージ・フロイド(George Floyd)氏が白人の警察官に首を押さえつけられて死亡した事件を受け、世界中で「Black Lives Matter(黒人の命も大切)」という抗議運動が起きた。21年1月には、米連邦議会にドナルド・トランプ(Donald Trump)前米大統領の支持者らが大挙して押し寄せ、武器を手に議事堂内に侵入するという事件が発生した。また最近では、コロナ禍が続く中、世界のさまざまな国でアジア系住民に対するヘイトクライム(憎悪犯罪)が激増している。いずれも対話を必要とする社会的、政治的な問題だ。
企業のCEOは、商品の製造販売、ブランド価値の向上、EC、マーケティングなど、事業のあらゆる面を統括している。現在はそれらに加えて、こうした問題について発言することも求められるようになった。
リーバイ・ストラウス(LEVI STRAUSS & CO.以下、リーバイス)のチップ・バーグ(Chip Bergh)CEOは、「今日におけるCEOの役割は、5~10年前のそれとはかなり異なっている。企業には従業員、サプライヤーや取引先、顧客などのステークホルダーがおり、いずれも重要な存在だ。CEOはあらゆることのバランスをうまく取らなければならないので、以前よりも難しい仕事になったと思う」と語った。
同社は新疆ウイグル自治区で生産された素材や部品は使用していないことを明らかにしているが、4月に開催した株主総会では、銃規制や選挙の有権者登録にまつわる人種差別問題など事業に直接関係のない政治的な質問も多く、割合としては半々程度だったという。これはバーグCEOが以前からこうした政治的な問題について積極的に発言しているからではあるものの、消費者が企業に期待することが変化し、ビジネスと社会問題が切り離せなくなったからでもあるだろう。
なお、リーバイスは銃規制に賛成の立場を表明しているほか、米国の全ての有権者が投票できるようにすることを使命とする産業連合シビックアライアンス(Civic Alliance)に参加している。これは20年秋に行われた米大統領選に向けて同年1月に設立されたもので、幅広い業種から1200社以上が加盟している。米ジョージア州では有権者の投票行動を制限する法律が21年3月に成立したが、主に黒人など有色人種の有権者に負担をかける差別的な規制だとして物議を醸しており、シビックアライアンスはこの投票制限法に反対する“100%のデモクラシー実現に全力を尽くす(We’re 100% In for Democracy)”イニシアチブを立ち上げた。ファッション業界では、リーバイス、ラルフ ローレン(RALPH LAUREN)、ギャップ(GAP)、パタゴニア(PATAGONIA)などが署名しており、全体で170社以上が賛同している。
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