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オフプライスストアは単なる安売りにあらず 巨大流通になった背景 鈴木敏仁USリポート

 アメリカ在住30年の鈴木敏仁氏が、現地のファッション&ビューティの最新ニュースを詳しく解説する。日本でも注目を集めるオフプライスストア。米国では巨大流通として君臨しているが、そのビジネスモデルを理解している人は案外少ない。最大手TJマックスを例に説明しよう。

 オフプライスストアのTJマックス(TJ MAXX)の業績が急回復した。昨年はパンデミックで不要不急の業態とみなされて相当数の店舗が営業休止となり、加えてネット通販をやらない戦略であるため販売チャネルがなくなってしまったのだが、今年度の第1四半期決算(2〜4月)は非常に強い数字を記録し、社会が混乱しているときに強いディスカウント型というセオリーをまざまざと見せつける結果となっている。

 2020年度(21年1月期)の売上高は321億3696万ドルで前期比23.0%減、最終利益は9047万ドルで同97.2%減、既存店売上高は同4%減だった。利益が激減したもののかろうじて黒字だったのは、州によって規制に強弱があって営業を継続した店舗があったことと、フロリダ州のように昨年中に規制を解除して営業を再開できる店舗があったからである。

 ちなみに19年度の年商は417億ドルで、現在の為替で換算すると4兆5870億円である。日本ならばオフプライスというアパレルでは異端ともいえるような業態だが、ここまで大きなビジネスなのだということは知っておいてほしいところだ。ディスカウントは強いし市場も大きいのである。

 さて、では今期はどうかというと、第1四半期の売上高は前年同期比128.8%増、最終利益は前年同時期の赤字に対して黒字復帰となっている。期初が2月初頭なので、昨年は丸々パンデミックでやられてしまい、今年は経済が徐々に回復に向かっているところでこの数字というわけだ。

 アメリカは共和党州を軸として年初頭から社会を開き始めており、これが売上回復の一つの要因なのだが、もちろんこの企業そのものの強さもかなり貢献しているだろう。昨年赤字に陥ったときにはネット通販をやっていないことに対して批判もあったのだが、やる気は全くないと否定した。そのまま従来の戦略を貫徹してのこの結果なので、お見事としか言いようがない。

 ちなみにそのときには、これから過剰在庫市場が膨れるのでわれわれの出番であり、その前に自分たちの在庫を処理しなければならないという趣旨のことを言っていた。だが、業績を見る限り自らが過剰在庫で悩むという状況には陥っていないようだ。

小売業の必然であるクローズアウト

 オフプライスというアイディアは百貨店のマーシャルフィールド(MARSHALL FIELD)が1879年頃に始めたもので、これを本格的に独立ビジネスとしたのは1909年に開業したファイリーンズ・ベースメント(FILENES BASEMENT)だと言われている。百貨店の地下でコモディティ商品の過剰在庫を集荷して安く売るビジネスモデルで、これが衣料中心へとシフトして進化していったのがオフプライス業態である。

 衣料に限定せず雑貨などあらゆるカテゴリーを含めてこの過剰在庫をアメリカでは「クローズアウト」と総称する。需要と供給をピタリと一致させ生産し販売することは不可能で、過剰在庫がなくなることはない。そのため生産した商品を現金化せず廃棄する戦略が主流とならない限り、クローズアウトを扱うビジネスもなくなることはない。

 クローズアウトしか扱わない専業の業態もあるし、宝探し的な目的でクローズアウトを品ぞろえの一つとして扱う企業もいるし、またクローズアウトを探してきて小売企業に売り込むブローカーという存在もある。クローズアウト市場は多様だ。

 ちなみにオフプライスとアウトレットの違いが分からないという人が少なくないので説明しておこう。アウトレットとはもともとは工場がB級品(または傷物、不良品)の現金化を目的として隣接して営業する直売所のことを言い、オフプライスとは発祥が異なるし厳密には取り扱う商品の性格が異なっている。このアウトレットをひとまとめにするショッピングセンターが登場して人気を博したことで言葉が一般化し、アウトレットという言葉がよく使われるようになって、オフプライスでは言葉のインパクトがないからアウトレットという名称を使う企業が増え、線引きがあいまいとなって今に至る。

「いま買わないと、後で泣きを見る」

 TJマックスはディスカウント型なので対象顧客層は低所得層だとどうしても考えがちだが、実はそうではない。キャロル・メイロウィッツ(Carol Meyrowitz)前CEOがこんなことをコメントしていたことがある。「トレジャーハント的な面白さを楽しむのは所得層に無関係だ」。

 顧客の平均世帯年収は7万ドル強なので百貨店のメイシーズ(MACYS)と大差ないという分析もある。

 同社のマーチャンダイジングの基本は「Buy now or cry later mentality」と言われている。「今買わないと後で泣きを見る」という意味だ。

 この企業には季節ごとの仕入れという概念はなくて、年間を通して調達活動が行われる。バイヤーが国内のみならず世界中を飛び回って、発注キャンセルやメーカー過剰在庫といったクローズアウトを探し、その場で交渉して取り引きを成立させるのである。これを「Opportunistic Buying」と同社は呼んでいる。日本語ならば「機会探索仕入れ」とでも訳せば良いかもしれない。

 現場バイヤーはその場で判断することが求められるので教育期間が長い、通常の企業の部長クラスが持つ裁量を現場が持っている、カテゴリーの専門性が必要なので各バイヤーの受け持つ分野は狭い(アクセサリーではなくハンドバッグといった意味)、来年売れると判断したら仕入れて翌年までキャリーオーバーすることが許される、売価を決めてから仕入れ額の交渉をスタートする、売価が先なので売りたいときは荒利ゼロでも仕入れることを辞さない、出張が多くて責任が重いこともあって疲れてやめるバイヤーが多い――といったように独特な調達手法や逸話が多い企業である。

 こうやって仕入れられた商品がトレジャーハントとなり、今買わないと後で泣きを見るメンタリティにつながることになるわけだ。ただし店舗への供給を意識的にコントロールしてトレジャーハント感を高めて需要を作るということもしている。単に仕入れて売って宝探し環境が作れているわけでもない。

 またオフプライスだけではなくて再発注可能なプロパー商品も実はけっこう多いらしい。売上高が300億ドルを超える企業がすべてオフプライスで成立するわけではないのである。比率は社外秘なのだがかなり大きいとみられている。しかもオフプライスの供給が少ない定番カテゴリーではPB(プライベートブランド)を作っており、比率は10%を超えている。もはや純粋なオフプライス業態とはいえまい。

 TJマックスの販売力が強いので、同社が仕入れるであろうことを前提に製造するブランドメーカーも少なくないという。つまり最初から多めに作り、百貨店にまず卸し、そのあとにTJマックスに売る、というようなやり方だ。こうなるとオフプライスとプロパーの境界線ももはやない。

 ラルフローレン(RALPH LAUREN)の最大取引先はTJマックスだという話は業界ではよく知られた事実なのだが、両社ともにいっさい口外しないこともよく知られている。ブランドメーカーを守るためにTJマックスはポリシーとして口を閉ざすのだ。店頭においても、プロモーションはブランド単位ではやらない。広告もブランド単位では出さない。陳列もブランド訴求はあまりしない。ブランドを前面に出さないから、ブランドメーカーは安心してTJマックスと取り引きできる。

 このことは同社がネット通販をやらない理由の一つとなっている。ネット上では簡単に価格比較ができてしまうのでブランドメーカーが困るのだ。

 またバックルームに在庫を持たず可能な限り陳列する手法を取っているため、バックルームが小さく、インストアピックアップや宅配といったフルフィルメントのスペースが作れないこともネット通販をやらない理由だと説明している。

 そもそも店舗が繁盛している。つまり店舗にお客が来る小売企業にとってネット通販は不要なのである。業務プロセス改善のためのデジタル化は今の時代いかなる小売企業も必須だが、しかし必ずしもネット通販が必須というわけではないということだ。

本質はチープではなくバリュー

 メイロウィッツ前CEOがこんなことを言っていた。「チープではなくバリューにフォーカスを当てる」。

 アメリカの小売業界では低価格商品のことをバリューと表現する。日本語で価値というと高価格を意味することが多いので少しずれがあって理解が難しいのだが、このコメントは本質を突いていて秀逸だ。品質の低いチープなものを安く売るのではなくて、品質の良いものを安くする、日本語の“お値打ち価格”を意味しているのだ。

 アメリカでディスカウント業態が大きな位置を占めている理由がこれである。ディスカウントと聞くと日本人はどうしても安売り屋をイメージしてしまう。一方アメリカのディスカウントは良いものを安く売ることを意味している。だから大きな業態として存在し続けている。

 オフプライスと聞くとどうしてもチープな印象を持たれがちだと思うが、ただの安売りビジネスモデルで300億ドルという規模の企業になるわけがない。オフプライス業態とはそういう存在なのである。

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