ファッション

有力セレクトショップがラブコールを送る 実力派ディレクターの榎本実穂とは何者?

 今秋新たに「リヴィントーン(LIVINGTONE)」と「ミオズモーキー(MIOSMOKEY)」の2ブランドがデビューする。手掛けるのは、セレクトショップのバイヤーやファッションブランドのクリエイティブ・ディレクターとして活動してきた榎本実穂だ。業界でもファンの多い彼女による新ブランドということもあり、2021-22年秋冬のデビューコレクションからユナイテッドアローズ(UNITED ARROWS)やエストネーション(ESTNATION)、シティショップ(CITYSHOP)、高島屋のスタイル&エディット(STYLE&EDIT)など多くの有力店がこぞって買い付けた。エストネーションでは両ブランドのコレクションが並ぶポップアップストアを8月18日から9月1日まで開き、「リヴィントーン」単独のポップアップもステュディオス(STUDIOUS)で10月に予定している。業界に支持される榎本実穂はどのような人物なのか?これまでのキャリアや新ブランドについて掘り下げながら、話を聞いた。

原点は人とは異なるものを身に付けたい
"あまのじゃくなファッション"

 榎本のルーツはファッション好きな家族からの影響だ。「専門学校に行ったわけではないが、ファッション業界に入ったのは服が好きな母のDNAだと思う。小学生の頃に母と姉と一緒に行った新宿のフリーマーケットで、アメリカの古着を漁っていたのが原体験。4歳上の姉からアメトラブームを教わり、古着に夢中になった。ただ、人とは異なるものを身に付けたいというあまのじゃくさはあった。中学生の頃には『ナイキ(NIKE)』の"エアマックス(AIR MAX)"が流行っている中で、あえて"ACG"(ナイキのスニーカーモデル)を履いていたり、ローファーはみんなが履いていた『ハルタ(HARUTA)』ではなく、タッセル付きの『リーガル(REGAL)』を選んでいたりと、コワイ先輩に目をつけられる対象でもあった(笑)。流行りは知っているけれど、あえて選ばずに『それいいね』といわれたい気持ちが強かった」と振り返る。

 最初に勤めた外資系のファッションブランドでモノ作りやビジネスの一連の流れを学び、「もっと多くのブランドを見てみたい」とセレクトショップに転職。バイヤーとして買い付けを担当したほか、プライベートブランドのシューズ作りにも携わった。「たくさんの洋服に触れる中で、170cmの身長がある自分の体型は日本人の標準体型とは異なり、海外ブランドの服の形がしっくりくることに気が付いた。そこで 『日本にも大人が着られるエレガントでセンシュアルな、インポート見えするブランドがあったら』と思い立ち、勤めていたセレクトショップを退職して、一からブランドを手掛けることになった」という。年4シーズン、6年間手掛けた同ブランドでは、日本にありそうでなかった絶妙なデザインやシルエットに加え、榎本がセレクトショップで培ったMD力、価格のバランスで多くのバイヤーに支持を得た。

 20年4月に、これまで手掛けてきたブランドのクリエイティブ・ディレクターを退任し、フリーランスに転身。榎本がバイヤー時代から親交のあったファッションショールーム2社と新ブランドを立ち上げることが決まった。「今からブランドをスタートするのであれば、価格とデザインのバランスがとれた"買いやすさ"を重視するモノ作りではなく、『これだ』という少数精鋭の服を生み出したかった」と話す。

本気の"デニムトラウザー"と
性の垣根のないファッションの提案

 オン トーキョー ショールーム(ON TOKYO SHOWROOM)と手掛ける「リヴィントーン」は、ジーンズを"デニムトラウザー"として昇華させたブランド。いわゆるファイブポケット(5つのポケットのある一般的なジーンズ)ではなく、デザイン性があり、ドレスアップできるジーンズを目指した。着想源はロンドンで自身を撮影した1枚の写真。「前のブランドでは、インスピレーショントリップとして、さまざまな国へ旅行に出掛けていた。ロンドンのショーディッチエリアに、グラフィティがたくさん描かれたリヴィントン通り(Rivington Street)があり、そこで撮った1枚の写真がお気にりだった。70年代の古着のジーンズに毛皮のジャケット、『サンローラン(SAINT LAURENT)』のハイヒールを合わせていた私のファッションが、街の雑多な雰囲気に溶け込んでいた。この、いい意味でミスマッチ感のあるジーンズを表現したいと思った」。榎本がジーンズを作るのは今回が初めて。「私自身ジーンズが大好きでリスペクトがあったからこそ、これまで手を出せなかったアイテム。カジュアルなジーンズはたくさんある中で、私は主役になるようなドレスとしてのジーンズを本気で作りたいと考えた」と話す。「リヴィントーン」では、ジーンズの名産地である岡山・倉敷で、デニムのプロ、パタンナーたちと時間をかけて6型を作り上げた。刺し子を使ったハイウエストパンツや、大胆に裾を折り返したハーフパンツ、ウエストをドローストリングスにしたワイドパンツなど、いわゆる"普通"のジーンズはない。

 ショールームのクオン(kuon)と立ち上げた「ミオズモーキー」は、ウィメンズとメンズの垣根のないファッションを提案するブランド。同じく、ブランドコンセプトはロンドンでの1枚の写真がきっかけとなった。「ロンドンでふらっと入ったギャラリーで、1967年に撮影された『ノッティングヒル カップル』という写真に目を奪われた。カリビアンブラック(カリブ海諸国から英国に入った移民)の男性と白人女性のツーショットで、当時は政治的な問題で世には出せなかった写真だった。それを撮ったのが"スモーキー(Smokey)"の愛称で知られるロンドンのノッティングヒル在住の写真家。彼の作品は、仲間たちの仕事の休憩中や冠婚葬祭の場面をドキュメンタリーのように切り取っていて、カリビアンらしい原色使いのファッションと、英国らしいクラシックがミックスされた60年代スタイルが素敵だった。その被写体になったカップルが現代で幸せに暮らしていて、ワードローブをシェアしていたら…という想像をコレクションにした」と榎本。榎本自身もメンズの服をよく着用しており、「いつからか、探究心がくすぐられ、サイズが合っていなくてもメンズの服を選ぶことが増えた。"メンズ"だから、"ウィメンズだから"という洋服の選び方ではなく、男性も女性も自由にファッションを楽しんでほしい」と話す。そうしたブランドの理念を受けて、メンズとウィメンズの両方の売り場で販売する店舗もある。一般的なメンズでも、ウィメンズでもないオーバーサイズのジャケットやコートなど、着方を着る人に委ねた自由度のあるウエアがそろう。

"らしさ"を大切に
業界と共存していきたい

 今後について榎本は、「市況を考えることも大事だが、アイデンティティーは揺るがないように、"らしさ"を追求していきたい」という。現在に至るまで、古着とハイブランドをミックスした自身のファッションを"雑食"と榎本は表現する。「リヴィントーン」のルックでは自身のビンテージの服などの私物を合わせてコーディネートし、「ミオズモーキー」では自身のミックス感覚を頼りに、性別を超えたファッションを表現した。数々のスタイルやブランドに触れ、身に付けてきたファッション玄人の提案は、時代の空気感を捉えながらも普遍的。少し挑戦的なスタイルがファッション好きの心をくすぐる。

 環境や人種の問題など、さまざまな社会問題については「このコロナ禍で、いずれはゴミになるものを生み出すのではないか?ということは考えた。ただ私ができることは大量生産ではなく、普遍的なモノ作り。まずは国内でしっかりモノ作りをすることで、国内の工場や職人たちと取り組んで行きたい。ファッションビジネスに関わっている人間として、業界と共存できるようにしていきたい」と強い思いを持つ。

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