福祉業界に新しい風を吹かせている双子がいる。福祉実験ユニット「ヘラルボニー」の松田崇弥(まつだ・たかや)代表と松田文登(まつだ・ふみと)副代表だ。彼らは、知的障がいのある人のアート作品をカードケースやバッグなどのプロダクトに落とし込んだり、仮囲い(建設中に備えられる白い壁)を利用して知的障がいを持つアーティストの絵を飾る“全日本仮囲いミュージアムプロジェクト”を行ったりと、アートを通じて福祉と社会をつなぐ活動を実施。その姿勢が評価され、2019年にはフォーブス ジャパンが世界を変える30歳未満に贈るアワード「Forbes 30 UNDER 30 JAPAN」を受賞した。
モノづくりから届ける人にまで全てにこだわる
主なプロダクトは、ネクタイや傘、ハンカチなど。「アートを超えるプロダクトを作ろう」をコンセプトに生産する商品はどれも一級品だ。例えばネクタイは、山形に工房を構える創業明治38年の「銀座田屋」で生産されるもの。上品な風合いの細い絹糸を高密度に織りあげ、多色使いで細やかな作風を再現できる多色織りで、プリントよりも上品な仕上がりになる。今年から作り始めた傘は、ファッションブランド「フラボア(FRABOIS)」でデザイナーをしていた佐々木春樹氏がディレクションを担当し、持ち手から傘の生地まで、完全オリジナルで作り上げている。
こだわり抜いたプロダクトは、ネクタイで2万円前後、傘で3万円代、スカーフで8千円代と決して安くはない。「福祉業界でも高品質に似合った適正価格で挑戦したい」というお二人の気持ちの現れだが、ZOZOTOWNのハンカチ部門で売り上げ1位を獲得したり、各所でのポップアップを開いたりと、ビジネスとしても成立させている。流通も公民館や福祉施設といった“福祉っぽい場所”ではなく、東京・渋谷や代官山などファッション感度の高い人が集まる町で積極的にポップアップを開催。東京・渋谷の商業施設「渋谷スクランブルスクエア」では、「『サカイ(SACAI)』『メゾン マルジェラ(MAISON MARGIELA)』を着ているお客さまがネクタイを買ってくれた。作品を手掛けたアーティストの話をすると『こういうものを待っていた』とうれしい感想をもらった」(プレス担当者)と好評だった。
自閉症を持つ兄への眼差し “こんな社会を変えたい”
“実験”と冠するのにも理由がある。崇弥代表は「ビジネスに失敗はつきものなのに、福祉業界は失敗ができない空気がある。だからといって“支援”という言葉に逃げたくない」。福祉業界を超え「“ビジネス”として広げていきたい」という思いを込め、福祉実験ユニットと名付た。
今年6月には松田兄弟の故郷・岩手県で知的障がいのあるアーティストの作品を展示する「ヘラルボニー ギャラリー(HERALBONY GALLERY)」をオープンした。障がいを「欠落」と捉えないメッセージを込め、岩手から世界へ、障がいのあるアーティストが自己表現できる場として機能することを目指す。文登副代表は「アートの世界から当事者との出会いを作っていくことで障がいへの向き合い方が変わっていくと思う。(ギャラリーに参加するアーティストだけでなく)世の中の障がいを持つ人たちへの接し方まで変わっていったらーーそんな未来に希望を持っています」。
今年7月で3周年を迎えたヘラルボニー。例え成功の可能性が低いと思われても、強い信念と失敗を恐れないチャレンジ精神があれば、当事者やその周囲の意識を変え、そして社会まで変化させられるかもしれない。