サステナビリティを考えるとき、ついてまわるのは「グリーンウォッシュ」という言葉だ。グリーンウォッシュ、グリーンウォッシングとは、環境へ配慮している印象を与える「グリーン」と上辺だけという意味の「ホワイトウォッシュ」を組み合わせた造語で、環境に配慮しているように見せて、中身はそうではなく消費者に誤解を与える主に企業活動を指す。具体的には広告や商品パッケージに製品と関係がないグリーンの色や写真を使うといったことだが、明確な基準はない。専門家は「グリーンウォッシュ」の基準をどう考えるのか。「2030年アパレルの未来 日本企業が半分になる日」の著者でもあるローランド・ベルガー 福田稔パートナーに、日本企業とサステナビリティの取り組みの進捗と併せて聞いた。
WWDJAPAN(以下、WWD):福田さんはアパレルのサステナビリティの取り組みに関して数多く相談を受けるかと思いますが、コンサルタントとして「グリーンウォッシュ」か否かをどこで判断しますか?
福田稔ローランド・ベルガー パートナー(以下、福田):ローランド・ベルガーは戦略コンサルティング会社なので、「広告表現に不必要に緑を使っている」といった話ではなく、本質的な視点でグリーンウォッシュって何なの?と考えています。
WWD:「広告表現に不必要な緑」とは、商品と関係なく緑をパッケージ使用したり、企業のCSRリポートに関連性がない森林の写真を添えて環境に配慮をしているかのような印象を与えたりする行為ですね。ではコンサルタントとして「本質的な視点」とは?
福田:その会社が「ダブルスタンダードになっていないか」という視点です。消費者に対してはエコやサステナビリティな取り組みをアピールしながら、実は裏で大量廃棄をしているとか、ビジネスモデルは旧態依然とした大量生産、大量消費モデルである、といったことです。オーガニックコットンを打ち出しながら一方で環境負荷が高いカシミヤやアルパカを使用することも同様です。企業活動がダブルスタンダードになっているか否かがグリーンウォッシュであるか否かの判断です。
WWD:サステナビリティに関しては「できることから始めよう」という考え方もあります。「できることから始めた結果、ダブルスタンダードになる」ことはどう考えますか?
福田:企業によって取り組みのレベルにばらつきがあるのは仕方がないことです。サステナビリティが進んでないのであれば消費者に打ち出しもしなければいい。実態が違うのに見せかけだけやっているのはたちが悪い。そういった会社はグリーンウォッシュだと考えます。「できることから始めて」まだ課題が多い場合は、大手を振ってアピールするべきではないと思う。サステナビリティのレベルに1から10があるとしたら、1や2のレベルなのに5以上の会社であるかのような打ち出しをしたらグリーンウォッシュと言われても仕方がありません。自分たちの身の丈にあった一貫した発信をすることが大切です。「一貫性」、英語で言うと「integrity(誠実さや整合性の意)」の視点が重要だと思います。
WWD:企業が一貫性を失いがちなのはなぜでしょう。
福田:日本企業が弱い部分です。売り上げや利益、「儲かるか儲からないか」だけが判断理由となり、倫理的や道徳的など複数の側面から意思決定することが苦手です。五輪がまさにダブルスタンダードです。東京オリンピックからスポンサーが離れ始めたときにテレビコマーシャルを流さないと決めたのはトヨタだけ。他企業も見直している風ではありましたが結局予定通りテレビコマーシャルを流した。あの判断が日本と世界の差だと思います。企業経営においてサステナビリティを本気で実践するにはこのあたりの感覚、視点が求められます。
WWD:その差異はどこから生まれているのでしょう。
福田:最大の原因はこの国のリーダーシップと政策でしょう。欧州では政治が主導しグリーン中心の経済を作る動きが加速しています。サステナビリティに関しては10年以上前から進んできました。となるとアパレル産業にもサステナビリティへの取り組みが求められ、自然と意識が高くなってきました。日本は政治がまだまだ昭和的成長主義でカーボンニュートラルの取り組みも先進国の中で一番遅れています。
WWD:日本では政治、投資家、消費者、NGOなど企業に対するサステナビリティのプレッシャーが弱い?
福田:そこがコロナを経てだいぶ変わりました。特に、グローバル企業は投資家からプレッシャーを受けやすくなっています。ヨーロッパでは、EUタクソノミーに代表される企業がCO2排出を減らす設備投資を誘導する政策がどんどん出ている。逆にカーボンニュートラルに力を入れないと投資を受けられない。日本でも少なくとも上場企業は影響を受けています。消費者もコロナ禍でだいぶ変わりました。サステナビリティへの関心は、コロナ以前は低かったものが、今は欧米に近いくらい一気に高まっているという結果が定量調査で出ています。
WWD:日本の産業はガラパゴス傾向と言われますがアパレルもそうですね。
福田:極めてガラパゴスです。私はローランド・ベルガーで消費財全般を担当していますが、日本の消費財の中でアパレルが一番ガラパゴスで、サステナビリティの取り組みが遅れています。理由のひとつは、アパレルは“黒船”の影響を受けにくいから。どの業界も海外からの圧力は強く、携帯で言えば日本市場の売り上げに占めるiPhoneのシェアは50%以上あります。iPhoneによって日本のガラケーが駆逐されたのはご存じですよね。他方、グローバルの消費財領域における寡占状況を見ると、スポーツでは「ナイキ(NIKE)」が約17%、化粧品は「ロレアル(LOREAL)」が15%くらい。それに対してアパレルでの「ザラ(ZARA)」のインディテックスのシェアは全世界でも2.5%位しかない。そもそもアパレルはローカルが強く細分化された市場構造なので、グローバルからの外圧を受けにくいのです。
日本は川上から川下がそろう稀有な国
WWD:福田さんの著書「2030年のアパレルの未来 日本企業が半分になる日」は2019年発行ですが、今読むとコロナ後の今を予測していたかのような内容で驚きます。ご自分でも特に合っていたな、と思うのはどの部分ですか。
福田:市場の二極化と多極化でしょうか。コロナ禍でもラグジュアリーは案外強く、マスも底堅い。他方、中間のトレンド市場ではD2Cブランドが増える一方、従来型の一定規模のある中間価格帯ブランドが厳しくなっています。そしてそのスピードが加速している。もう一点、デジタル化の重要性も加速しています。DX(デジタルトランスフォーメーション)ができていない、EC化率が低い企業は軒並み厳しい。一方でイギリスの「ブーフー(BOOHOO)」など、AIやビッグデータといったテクノロジーを徹底活用するオンライン特化型のファストファションは急成長しています。
WWD:では、著書では予測しきれなかった部分はありますか?
福田:コロナを経て、サステナビリティの重要度が予測よりスピードアップしています。特に、加速化する気候変動、温暖化の影響が深刻です。国連の政府間パネルによる最新の報告では、温暖化のスピードが2018年の想定より10年ほど早くなり、人間活動による影響は疑う余地が無いことが記されました。本でも触れましたが、急に問題が見える化された印象です。
WWD:話が変わりますが福田さん自身について教えてください。なぜコンサルタントとしてアパレル分野を選んで仕事をしているのでしょうか?
福田:アパレルに思い入れがあるからです。学生時代は、この服はどういうバックグラウンドがあるか、モードとしてのファッションの意味は何かなど文化的・歴史的背景からの服飾を議論するのが好きでファッションデザイナーになりたかった。そのため大学を1年間休学して、昼間は憧れのセレクトショップでアルバイトをして、夜間は服飾専門学校に通いました。そこでは業界の裏も多く見聞きして、今もその違和感が自分の中にずっと残っています。コンサルタントは業界全体に働きかけることができるからその違和感を解決できるチャンスがあると思っています。
WWD:解決したいこととは?
福田さん:日本のアパレル産業は川上、川中、川下の全部がそろう稀有な国。他はフランスとイタリアくらいです。だけどその良さを生かせていない。川上の産地が生み出す生地や素材や川上・川中の職人が海外で支持されているが、川下の多くの国内アパレルは海外素材・生産に頼っている。需要と供給のねじれ、たすき掛け構造です。それを解消してつなげて日本のクリエイションを海外にもっと出してゆきたいと思っています。テキスタイル産業は弱っているとは言え、それでも年間3000億円以上を輸出しています。地場地場でよい企業があり、コロナもあり今後ローカル経済が注目されていく中で、エイガールズや第一織物のように、ローカルの雄の企業には人が集まる。それに対して完成品の製品輸出は500億円程度。「コム デ ギャルソン(COMME DES GARCONS)」のような国内生産で海外で売れるブランドを後10個以上作らないと。