今年5月、東京・谷中にオープンしたホテル「ヤナカソウ(YANAKA SOW)」は、“住む”と“泊まる”の間、地域の人々や文化に触れ合う滞在型の新感覚ホテルだ。同ホテルは、ブランドデザイン企業であるオレンジ・アンド・パートナーズ(以下、オレンジ)とエアービーアンドビー(AIRBBNB以下、エアビー)がタッグを組んでプロデュース。コミュニティーに溶け込む民泊の楽しさを感じられるホテルだ。オレンジを率いるのは脚本家・放送作家、パーソナリティーなど多方面で活躍する小山薫堂。小山オレンジ社長に、「ヤナカソウ」について、今後のホスピタリティービジネスなどについて聞いた。
WWD:ホテルブランドを立ち上げようと思ったきっかけは?
小山薫堂オレンジ社長(以下、小山):以前からホテルを作りたいという思いがあった。高校の頃からホテルが好きで、大学受験のために熊本から上京して憧れのホテルに泊まるのが好きだった。大学時代はバブルだったので、当時できたばかりの「赤坂プリンスホテル」のスイートルームを借りて20人くらいでパーティーをしたこともある。30代後半に、実家が栃木・日光でホテルを運営している知人に、そのホテルに宿泊した意見を聞かれ、宿泊客の立場で話をしたところ、アドバイザーになってくれと言われて、しばらく携わったことがある。また、テレビ番組「東京ワンダーホテル」を見て、さらにホテルに興味が湧いて、いつかホテルを運営してみたいと思った。「エアビー」や積水ハウス不動産東京との出合いがあり、このプロジェクトが始まった。
WWD:コロナ禍でのオープンになったが?
小山:コロナ禍で予約が入らないだろうと想定していたが、ワーケーション目的やパーティーの貸し切りなどの予約が入っている。コロナ禍で旅行客は少ないが、宿泊だけでなく、別の用途があると感じている。「ヤナカソウ」は、滞在型ホテルで、街歩きを楽しんでもらう拠点のようなもの。谷中という場所は、東京にいながら、旅人の気分で遊べる場所。だから週末気分を変えるのに過ごすのにもぴったりだ。「ヤナカソウ」が地域の活性化に役立ってくれればうれしい。
WWD:どのようなターゲットを想定していたか?
小山:当初はインバウンド客を想定していたが、コロナ禍なので、東京都民の皆さんに泊まってほしい。部屋ごとに個性があるし、小旅行気分になれるはずだ。
WWD:谷中の後にオープンするとしたら?
小山:個人的には、葉山や逗子などの湘南が面白いし、このホテルのコンセプトに向いていると思う。特に葉山や鎌倉は街のサイズ感をはじめ、町やそこに住む人の面白さを掘り下げられる場所。あとは、瀬戸内もいいと思う。広島・尾道の瀬戸田に、「アマンリゾーツ(AMAN RESORTS)」の設立者であるエイドリアン・ゼッカ(Adrian Zecha)による「アズミ(AZUMI)」という旅館がある。瀬戸田の町自体、特に何かがあるわけではないが、この旅館ができたことで、町が変わる気がする。
WWD:ホテルのコンセプトや内装は?コラボレーションしたい建築家は?
小山:ホテルを作る土地によって変わる。ロケーション次第で、海辺の物件や古民家などさまざまな選択肢がある。商店街の空き家を改装したり、マンション一棟というケースもあるだろう。
WWD:「ヤナカソウ」のコンシェルジュのような役割の谷中ディガーは地域のコミュニティーとどのようにつながり、地域の活性化に貢献するか?
小山:谷中ディガーの役割は、地元の人が近すぎて見えないその土地の魅力を見つけること。外の視点から、その地の宝を掘り起こし、何を掛け合わせたら面白い化学反応が生まれるかを考えるのが仕事だ。誰にでも同じ提案をするのではなく、人によって紹介する場所を変えるべき。だから、人を見極めるセンスも大切。ファッションや持ち物から、その人がどういうものが好きか考えて提案するべき。毎回同じ提案だったら、ガイドブックや雑誌の情報で構わない。
一族の価値観が反映されたホテルが面白い
WWD:さまざまなタイプのホテルができているが、今後ホスピタリティービジネスはどのように変化していくと思うか?
小山:多様化していくだろう。ラグジュアリーを突き詰めたタイプのホテルや約20平方メートルのシティーホテルと呼ばれるビジネスホテルなど、さまざまな需要がある。例えば、部屋は20平方メートルでもホテルの中には大きな浴場があるとか、ベッドの寝心地が良いとか、こだわる点は幾つもあるはずだ。宴会などで稼いできた古いタイプのホテルがどう変わっていくか興味深い。料金設定と宿泊客の満足度のバランスも重要だ。ホスピタリティー・ビジネスの理想は「フォーシーズンス(FOUR SEASONS)」などだろうが、一方で、親子3代で運営するようなホテルがあって欲しいと思う。旅館はあると思うが、ホテルは思い浮かばない。一族の価値観で運営される小規模のホテルがあると面白い。イタリア・ベネチアなどでは20部屋程度のホテル、いわゆるオーベルジュがあり親子で守っている。そんなホテルが日本にもできるといいなと思う。例えば、イタリアンレストラン「キャンティ」の上にオーベルジュができるとか・・・。
夢は売れない詩人
WWD:放送作家、脚本家、社長、大学教授と幅広く活躍しているが、仕事の切り替えはどのように行なっているか?コロナ禍でオン・オフの切り替えに苦労する人も多いと思うが、アドバイスは?
小山:直近の締め切りのものからこなして切り替えていく。オンオフの切り替えはしない方がいい。私の場合はオン・オフの区別がない。通常、オンは苦しくて、オフは楽しいと思うと思うが、仕事も楽しむべきだ。当然苦しさを伴うのは仕方がない。オンの中にオフを求めながら作り、純粋なオフは作らないようにしている。
WWD:今後チャレンジしてみたいことは?
小山:詩集を作りたい。私は詩人になりたかった。中原中也の刹那的な生き方に憧れて、中学生のときに冊子を作ったことがある。タイトルは「孤独感」だった。中原も売れない詩人で、死後に有名になった。だから売れなくてもいいと思っている。WOWOWの「W座からの招待状」の中で500本詩を作っていて、それに好きなものを追加して、売れない詩集を出したい。売れない方が価値があると思っている。