ファッション

「H&M」に古田泰子が提案したこと 「『トーガ』をそのまま持ち込んだ。その再現性には驚くべきものがあった」

 「H&M」は「トーガ(TOGA)」とのコラボレーション「トーガ アーカイブス × エイチ・アンド・エム」を9月2日に国内外で発売する。「トーガ」は個性的なデザインで知られるブランドであり、発売前の8月31日19時からH&Mが配信するライブイベントのゲストも俳優の滝藤賢一、 アーティストのコムアイ、 タレントの椿鬼奴、 女優のMEGUMIとファッション通で知られる“一癖”ある顔ぶれだ。創業から24年、インディペンデントを貫くデザイナーの古田泰子は、グローバル展開する「H&M」とどのように協業を進めたのか。発売まで2年をかけたというコラボの背景を聞いた。

WWDJAPAN(以下、WWD):「H&M」との仕事は楽しかった?

古田泰子「トーガ」デザイナー(以下、古田):はい。コミュニケーションが本当にスムースでした。パンデミックが始まる直前にロンドンで立ち上げのミーティングと食事会をしたのですが両チーム合わせて30人くらいだったでしょうか?結構な大所帯ですが、その時点ですでに長く一緒仕事をしているチームの感覚でした。

WWD:コラボレーションはどのようにして始まったのでしょうか?

古田:オファーをもらったときは驚きました。私たちは「H&M」の歴代のコラボレーションデザイナーより規模がずっと小さくて、インディペンデントだから。だから「まずは私たちがH&Mの企業背景を学び、実践したいことをプレゼンさせてください」と提案しました。それを受け入れてもらえるならやりたいと。

WWD:内容は?

古田:「露出のコントロールをするコレクション」です。これまで作ってきたワードローブ、たとえばベーシックなビジネススーツに切り込みを入れて肌を露出して違うものに見せることに特化したいと伝えました。返事はすべてOKでした。

WWD:「穴を開けて露出」は「トーガ」のコアバリューのひとつですが、全部ではないですよね。ウエスタンなど他にもいろいろ側面がある中で「穴」を選んだのはなぜ?

古田:切れ込みを入れたり穴を開けたりするデザインは「破壊的な構築」として捉えられることが多いのですが、私としてはちょっと違うのです。パンク的な発想というより「どう露出するか」の視点が大事です。オーガンジーを一枚重ねて露出をコントロールする提案は「肌の露出のコントロールを誰かに求められてではなく、自分で決める」という姿勢を着る人にもってほしいから。

WWD:「トーガ」は“女らしさとは”とか“女の強さ”を追求し続けていますが、それがまた一歩進みましたね。

古田:着る人をジェンダーの問題から解放したい。ジェンダーレスを一過性の流行のように思っている人がいたらそれは大きな間違いだと伝えたい。スカートに穴を開けるのは「スカートは女性が着るもの」という定義を更新したいからです。

WWD:「自分の肌の露出のコントロールを自分で決める」は刺さる言葉ですが確かに真意は伝わりにくい。理解を一気に深めてもらうには、「H&M」というステージは強力ですね。プレゼンでその真意は伝わったのでしょうか。

古田:感覚的にすぐに理解してもらいました。一過性の流行の話ではない、ことを共有できたのは嬉しかった。

WWD:以前古田さんは代官山より歌舞伎町の方がいろいろな人がいるから観察するのが好きだ、と言っていました。「H&M」は全世界に展開しているから服の向こうにはいろいろ人がいます。そういった背景も企業の強さと関係があるのでは?

古田:あると思います。私自身、「H&M」という企業を理解していなかったから自分なりに調べたのですが、社会的問題に気が付いたときの行動が迅速です。透明性への取り組みも早かった。グローバル企業には責任があり、大企業だからこそマイノリティーと向き合う機会が多い。マイノリティーの意見を聞き、取り組めるからこそファッションは面白いと私は思います。

今、モードとは自分の意志や考えを発信すること

WWD:コラボの制作過程でパンデミックを経験して見えたことも多いのでは。

古田:ブラック・ライブズ・マターをはじめ差別や分断といった社会的な問題が芋ずる式に表土に出てきて、それらの多くが世界共通の課題ですよね。家で過ごしていてもネットでそれらのニュースを見聞きして考えさせられました。洋服のブランドも洋服についてだけではなく、社会的なできごとに対してどんな意見を持っているかを世の中に提示するべきだと思います。その意見に共感をしてモノを購買する流れがありますよね。コロナ以前の消費だけの社会にはもう戻らないと思う。

さらに東京オリンピックでは日本と世界との人権問題の意識の違いが如実になりましたよね。いろいろなことが表面化されたことでその違いを知ることができてよかったと思う。ただ、出た問題をそのままに蓋をしちゃいそうな流れもあるので、ここで洋服のブランドには何ができて、どう伝えるのか、考えています。今は、自分を発信することがモードの一端となっていますから。

WWD:と、いいますと?

古田:私自身、「モードとはタブーの要素を引っ張り上げることである」という思考だった時があるけれど、最近は、「自分の意思や考えを発信すること」がモードなのかなと。そういった意味で「H&M」さんのメディアの発信の仕方など、学びは多かったです。

WWD:「トーガ」の魅力のひとつは着る人の体をきれいに見せるパターンでありつつ同時に攻めたデザインであるところ。それは24年の歴史の中で社内のパタンナーや縫製工場と積み重ねてきた成果ですが、そのパターンを「H&M」のパタンナーや工場にゆだねるのは難しくなかったですか?仕様書があればOK?

古田:「トーガ」がここまで来られたのはパタンナーと工場の努力の結晶です。だから仕様書だけでは再現できない。弊社のパタンナーが「H&M」のパタンナーに一型ずつ現物と仕様書を使って説明をしました。ただし世界中で販売するにあたり、バストダーツの長さやサイズレンジが「トーガ」と異なるのでそこはお任せしましました。変更点が生じたときは、どんなに小さなことでも「トーガ」がアプルーバルを出すまでは絶対に勝手には進めないから安心でした。

WWD:私が個人的に「トーガ」の服を捨てられない理由は生地の良さです。普段はオリジナル生地が多いですよね。今回の生地のポイントは?

古田:オリジナルをお渡しして再現してもらいました。再現の正確さは驚くものがありました。それどころか私たちがやりたくてもできなかったことが実現した例もあります。たとえば表裏を完璧に同一に染色したスカーフのプリントがそうです。私たちも20年以上トライしてきたけど難しかった。それを相談したら「できますよ」と簡単に言われちゃって。驚きました。

WWD:52型のラインアップは下着やTシャツ、ドレス、仕事用のスーツがそろい1人の女性のワードローブのようです。従来の「トーガ」ファンからすると好きでもなかなか手が出なかったよりチャレンジングなアイテムにもこの価格なら手が出せそうです。ブルマ(1299円)や全身透けているレイヤードアイテム(1万6999円)とか。

古田:そうですね。家の鏡の前でコーディネートを悩んで楽しんでほしいです。

WWD:「H&M」らしさは意識をしましたか?

古田:まったく考えなかったです。それがこれまでのコラボレーションとは違う点ですね。これまでは基本的に相手の利点、「トーガ」にはできないことを取り入れていろいろなことを“一致させてゆく”コラボレーションでしたが、今回はモノづくりに関しては「トーガ」のブランド哲学をそのまま「H&M」に持ち込んでいます。発信の仕方や売り方にはもちろん違いがありますが。

WWD:では2021年らしさについては?

古田:バストやウエスト、肩の位置などには時代性が表れます。いつもはジャストウエストだけど、今は少し緩いほうがいい、肩は少し小さくてもいい、パッドは少し薄い方がなど感覚的で本当にちょっとしたことですが。

「サステナビリティとファッション」をどう定義する

WWD:「サステナビリティとファッション」をどう定義しますか。サステナビリティ先進企業の取り組みに触れて何か思うことがあれば教えてください。

古田:一過性のものではなく常に取り組まなくてはいけないものだと思っています。「トーガ」原宿本店は2007年からヴィンテージショップも併設しています。それは新しい服と古着の組み合わせを考えることを楽しんでほしいから。2010年頃展開していた「トーガ・オッズ&エンズ」は、「半端と端っこ」を意味し、半端物やガラクタ物、既存の大量生産物を集めてそこに加工やデザインを加えることで新しい価値を“再製造”したものでした。これだけ街中にものがあふれているのに、どうして自分たちはゼロから作っているのか、と向き合った結果生まれたものでした。

ただ「トーガ」自体で考えたらやはり“捨てられない服”を作ることが、私たちが実践し続けているサステナビリティだと思う。「無駄を作る側」の人間として、ファッションがデザイン性として必要なものであると伝えたい。今、若い世代は洋服を買うこと自体が罪で、買わないことが一つの意思表示にもなっていますが、罪ではない購買があること、意思表示ができるファッションがあることをちゃんと伝えたい。でもこのまま「トーガ」だけで発信していたら自分が死ぬまでも伝わらないかもしれない。だからコラボレーションができてよかったです。

WWD: 私はサステナビリティ・ディレクターとして、古田さんみたいな意志あるデザイナーが自分の感覚を存分に発揮して選んだ生地、生産方法がすでにサステナビリティなものであり、悩むことなく使える、そんな状態へアパレル業界を早くシフトしたいと思っています。

古田:今回のコラボレーションがまさにそうでした。生地はすべて「H&M」独自のサステナビリティの基準に基づいて選ばれたもので理想的でした。「これは土に還らないからこちらにしてください」という指示も出る。自分たちが同じことをすると価格がグンと跳ね上がったりしますが、企業努力によって安価に抑えられているから気兼ねなく使用できる。サステナビリティについてよく考えられた土壌の上でデザインをできるのは安心でした。

WWD:それは消費者視点でも同様ですね。手に取ったものに対して「これはサステナビリティか」と悩まなくていいのはラクです。

古田:そうですね。ただ、意識することは非常に大切。惰性で買い物をしない、商品の説明をよく読むといった時間の余裕はあってよいと思います。多くの人がそういった意識を持たないと流れは変わらないからこれに関しては“気にしすぎ”はないと思う。デザイナーに対しても「もっと気にしましょう」って言ってもいいと思いますよ。

コラボコレクションに音楽をつけるとしたら

WWD:「トーガ」と音楽は密接です。今回のコラボレーションに音楽をつけるとしたら何を選びますか?

古田:ロンドンでの撮影時にはスティーブ・ライヒ(Steve Reich)の「クラッピング・ミュージック・バレエ」と「カム・アウト」をリクエストしました。

WWD:ビジュアルのディレクションも古田さんが行ったのですか。

古田:撮影はロンドンで行い、私はオンラインでつながりながら意見を言いました。メンバー選出のときに、一度お願いしたかったスタイリスト、ジェーン・ハウの希望を出したら一発OKで嬉しかったです。フォトグラファーのジョニーとは何度か仕事をしたことがあり、彼がスタイリストのジェーンと最近よく仕事をしているのを見ていたから、聞いてみたら実現しました。

WWD:撮影場所に選んだ場所は、シティ・オブ・ロンドンにあるヨーロッパ最大の文化施設、バービカン。日常と非日常の間みたいで面白いです。

古田:バービカンの美術館や施設を丸一日、全部貸し切り、60人近いスタッフが参加していました。映画の撮影並みのスケールでたくさん撮影した中からたった一枚を選ぶ。フォトグラファーが「絶対これがいい」と言うのに対して、「H&M」からもものすごく強い指示が出る。相手がトップクラスと言えども、妥協なく強い指示が出ます。トップメゾンのキャンペーンビジュアルの1枚はこうやって作られるんだろうな、と実感しました。インディペンデントな我々とはスケールが違う経験です。

WWD:ビジュアルに対して出したリクエストとは?

古田:日常の風景に溶け込んでいるがオーガニック過ぎず、ダークな世界も映っている写真にしたいと伝えました。

WWD:いろいろなことが“あ、うん”ですね。それはトップブランドのクリエイションに携わる人たちからよく聞く話です。関わるスタッフの見えている景色が同じ、なんでしょう。

古田:そうですね。同じ意識を持っているから話が早かったです。

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