アメリカ在住30年の鈴木敏仁氏が、現地のファッション&ビューティの最新ニュースを詳しく解説する連載。D2Cの代表格として日本でも知られる眼鏡の「ワービーパーカー」だが、支持を集める理由を理解している人は案外少ない。改めてどんなブランドなのかおさらいしよう。
眼鏡のD2C(ダイレクト・トゥー・コンシューマー)のワービーパーカー(WARBY PARKER)」が9月末に上場した。当日の株価は0.8%増で1日を終えて、2週間後の今もほぼ同じ株価を維持している。時価総額はこれを書いている時点でおよそ54億ドル(110円換算で6000億円弱)、昨年の秋に2億4500万ドルを調達したときの評価額は30億ドルだったので、1年間で20億ドル近く評価が上がったことになる。
上場したD2Cブランドとして知名度の高い企業はもう1社、マットレスのキャスパー(CASPER)が昨年初頭に公開しているのだが、こちらは52週の安値近くまで株価が落ちている。D2Cブランドは星の数ほど存在するが、上場まで持ち込める企業は当然のことながら希少で、さらに上場後も株価を高く維持できる企業はさらに希少だ。
創業は2010年で、ECからスタートするデジタルネイティブなブランドのはしりといえる。またECからスタートし、その後リアル店舗へと進出するビジネスモデルとして、既述のキャスパー、ボノボス(BONOBOS)、アンタックイット(UNTUCKIT)といった企業群の中で、今回の上場の成功で1社飛び抜けた企業になったといえるだろう。
若者に「自分たちのブランド」と思わせる
この企業は純粋なD2Cではなくてリアル店舗への進出が早く、創業間もない13年にニューヨークのソーホーに1号店を開店し、その後急速に店舗を増やして18年には100店舗を超えていた。
ちょうどその頃に私が住んでいるロサンゼルスにも店舗ができ始めて、当時高校生だった娘たちと買い物中に店を見つけて、「こんなところに出店しているのか」と声を上げたところ、「なんで知っているの?」と驚かれたことがある。私たちしか知らないはずのブランドを何で親が知っているのだろう、という反応だ。
ついでなので「この店はどう思うの?」と聞いたところ、「すごくクールだ」と答えが返ってきたのであった。かっこいいというわけだ。
この会話で私は2つの事実を確認させられたのであった。ワービーパーカーは親世代がまだ知らない企業で“自分たちのブランド”だと認識していることと、若年層はこの企業にクールだというイメージを抱いているということである。おそらく親世代が使い始めると彼らは逃げていくのだろう。アバクロンビー&フィッチ(ABERCROMBIE & FITCH)やフェイスブック(FACEBOOK)と同じである。
このクールさを作るのがマーケティングやブランディングなのだが、伸びるD2Cには必ず創業者たちが発信するユニークな物語があり、それをメッセージとして伝える手段が今はSNSということになる。
この物語のテーマとして今の時代は必ずサステナビリティ、エコ、インクルーシビティが含まれていなければならず、そしてメッセージの背景には彼らのパッションが感じられなければならない。また必ず求められるのがAuthenticity(本物感)で、少しでも宣伝臭くなると若年層は逃げていってしまう。
この本物感がもっとも重要なのだが容易ではない。大手メーカーや小売企業がD2Cブランドを開発してもすぐに見破られてしまうのだ。だから自ら開発するよりも買収する方が効率が良く、傘下に収めてリソースを提供しながら、しかし自分たちの存在は外にあまり出さないという戦略を取るわけである。資生堂が買収したビューティD2Cブランドのドランクエレファント(DRUNK ELEPHANT)がその好例である。
ワービーパーカーは当初から眼鏡が1つ売れたら途上国に1つ寄付することをスローガンとして掲げている。この社会貢献イメージがなければ今の時代の若年層には響かない。またブログを眺めると分かるが、眼鏡を売るのではなくて、読書などメガネ周辺のライフスタイルをブランドメッセージとして伝えてきている。こういった秀逸なブランディング技術がクールなイメージを作り、この企業をして成功に導いたのである。
アメリカ人が眼鏡市場に抱く不満を解消
試着が不可欠な眼鏡をD2Cで売るのはアパレルと同じように簡単ではない。成功した理由の一つは手元で眼鏡を試すことができる無料プロセスを作り上げたことにある。まずお客はサイトでクイズ形式の質問で検索し、商品を絞り込み、最終的に5つを選択することからスタートする。無料で送られてきた5つの眼鏡を5日間限定で試着し、同梱されている箱で送料無料で返品する。この5日間にユーザーは自撮りし、SNSにアップして友人に見栄えをチェックしてもらう人が増えて、口コミによる拡散の追い風ともなった。
もう一つの理由は米国の眼鏡小売業界の寡占による高価格である。イタリア本拠のエシロールルックスオティカ(ESSILORLUXOTTICA以下、ルックスオティカ)がサングラスハット(SUNGLASS HUT)やレンズクラフターズ(LENS CRAFTERS)といったチェーンのほとんどを傘下に収めており、これが200~300ドル程度と売価を高止まりさせているという指摘はもはや周知の事実となっている。できあがりまで1~2週間かかることはざらで、さらに古い店も多く正直言ってトレンディではまったくない。アメリカ人の多くが不満を持っていて、ここで全品95~145ドルという低価格とデジタルネイティブという新しさが受けたのである。
一方、検眼という大きなハードルもある。日本と異なりアメリカは度付き眼鏡を買うときは検眼医による処方せんが必要となり、100%デジタルで買い物が終了しない。ウォルマート(WALMART)やコストコ(COSTCO)はレジの外側に検眼医常駐型のメガネ売り場を持っているが、対面なので目的来店性が100%となり集客力が強い。
ワービーパーカーで買おうにも、検眼目的でまずウォルマートやレンズクラフターズに行かざるを得ないという状況になる。そのため検眼医が常駐するリアル店舗を増やさざるを得ず、これが今後同社のビジネスモデルにどう影響を及ぼすのか未知数だ。
リアル小売企業がECへと参入するのではなく、その逆のデジタルネイティブな企業がリアルへと本格参入する時代がやってきた。ワービーパーカーはその代表プレーヤーとして注目したい。
【WWDJAPAN Educations】オンラインセミナー案内
小売業の進む方向を、先進事例から解説
お申し込みはこちら
米国・中国・欧州の最新リテール事情 ファッション&ライフスタイル販売戦略のヒント
受講日時:2022年1月21日(金)、28日(金)、2月4日(金)
生活スタイルや意識の変化もあって、コロナ前からの潮流だった消費のデジタルシフトが加速。小売各社はOMO(オンラインとオフラインの融合)を軸に、新しいビジネスモデルの構築を急いでいます。
本セミナーでは、小売業の進む方向を、米国・中国・欧州の3エリアの先進事例から解説します。巨大企業やスタートアップ企業が入り混じってダイナミックなDX(デジタルトランスフォーメーション)を進める米国、ライブコマースやAI(人工知能)を駆使した独自の変革を遂げる14億人市場の中国、リニューアルや新施策で実店舗の価値創造に取り組む欧州を、現地駐在の専門家らが詳しく解説します。
※全受講および第1回のお申込みは、1月20日(木)12時で締切となります
※第2回単発受講は1月27日(木)12時、第3回は2月3日(木)12時をもって受付終了となります