2022-23年秋冬シーズンのメンズ・ファッション・ウイークは、先シーズンよりも多くのブランドがリアルのショーを復活させました。ゲストに日本人の姿はありませんでしたが、モデルはアジアから参加した新人やベテランの姿が見られました。ダイバーシティの流れを象徴するように、エキゾチックなメンズモデルを起用するブランドが多かったのも印象的です。今季のショー出演数トップだった日系モデルや、パリコレ初挑戦の日本人、神々しい美しさに目を奪われた注目株をご紹介します。
名実共に“世界の中野”へ
過去記事で紹介した、日本と台湾のハーフの中野悠楽さんの活躍ぶりは言わずもがな。みなさんもルック写真で多く見かけたのではないでしょうか。ミラノとパリに参加した中野さんは6ブランドのショーに出演し、出演数で世界1位タイに輝きました!ほかにもデジタルで発表した「ポール スミス(PAUL SMITH)」と「ゼニア(ZEGNA)」や、「メゾン キツネ(MAISON KITSUNE)」のルックブックにも登場しています。さらに「ザラ(ZARA)」の21年秋のキャンペーンにも起用され、ショー以外でも大活躍しています。
中野さんは「フェンディ(FENDI)」や「エルメス(HERMES)」などのトップメゾンにも出演しましたが、最も印象的なのは「ケンゾー(KENZO)」のショーだったそう。「上下セットアップに革靴、重めのダウンジャケットのスタイルは僕自身、中学と高校時代の通学時に似たような着方をしていたので懐かしい気分になりました。新アーティスティック・ディレクターにNigoさんが就任した記念すべきファーストシーズンで、クリエイションの一部になれて光栄でした」と振り返ります。期間中は、毎朝のルーティンである太陽礼拝(ヨガ)を欠かさず行ったことで、体調を崩すことなく乗り切れたそう。しかし、バックステージでは思わぬハプニングがありました。「『ジル サンダー(JIL SANDER)』のショーが始まる30分前、ドアに頭をぶつけてしまい、腫れ上がってしまいました……。何ごともなかったかのようにカバーしてくれたメイクさんに感謝しています。ルック画像をよ〜く見ると、額の右側が腫れているのが分かるかも」と笑みをこぼします。今後はドイツ・ベルリンを拠点にしていくため、ますますグローバルに活躍する姿を見ることができそうです!
日本から決意のパリコレ
日本から現地入りした人はほぼ見かけなかったものの、モデルの中にはアジアから参加した少数派がいました。中でも、今季パリコレデビューを果たし「ロエベ(LOEWE)」と「ケンゾー」のランウエイを歩いたタクマさんに注目しています。日本でモデルとして活動していた彼は、「若いうちに海外に出ないと業界で生き残っていけない」と感じ、現地が不安定な状況でも参加を決意。アクションを起こしたおかげで、「ケンゾー」のショーは一生の思い出に残る体験になりました。「バックステージで全員がルックを身にまとった光景を見て、ストリートカルチャーの歴史と共に、これからのファッションの進化を目の当たりにした気持ちになりました。そして自分がランウエイに出たとき、それらが詰め込まれた洋服と一緒に、新しい世界に足を踏み入れた感覚だったんです。自分にとっての忘れられない体験になりました」。
日本でランウエイの経験を踏んでいるタクマさんにとって、初のパリコレ参加で驚いたことは、ショーに起用されるかどうかは本番前日の夜まで分からないということ。「当日のキャンセルも珍しくないため、メンタルを保つのが大変でした」。タクマさんは1999年生まれで埼玉県出身。現在も大学に通いながら仕事と学業を両立しています。まもなく卒業を迎える今後は、モデル業へと進んでいく意志が固いようです。「ファッション業界が大きく変わり、新しい時代に差し掛かかっているのを肌で感じています。これからのファッションの新たな時代と共に、モデルとして業界の最前線に立ち、フレッシュで魅力的な姿を常に発揮していくのが今後の目標です」と頼もしい言葉。また、今季パリコレ参加を決意した理由の一つに、「先輩方が積極的に挑戦している姿を見ていたから」と明かします。上の世代から刺激を受け、挑戦する精神を受け継ぐ若者がいることに、明るい未来を見たような気がしました。
ミステリアスな個性派
新人モデルの中で今季最も多くショーに出演したのは、イギリス人のルーベン・ビラン・キャロル(Rubuen Bilan-Carroll)。パリコレデビューは2022年春夏シーズンの「ディオール(DIOR)」で、同シーズンの「ディースクエアード(DSQUARED2)」のデジタル発表の映像とキャンペーンにも登場。今季は「ディースクエアード」「フェンディ」「ディオール」「ケンゾー」、そして「エトロ」では独特な存在感でラストルックを飾りました。童顔で優しい顔つきですが、どこか物憂げで影のある雰囲気と、黒いスーツがミステリアスで、引きつけられました。メンズモデルはまだまだ白人系の美青年が主流ですが、“個”を尊重する多様性の象徴として、業界内での注目がますます集まりそうです。
ベルギーの天使
モデルは多くのブランドのショーやキャンペーンをこなして少しずつ実績を積んでいくのが一般的です。ですが中には、トップメゾンとエクスクルーシブ契約を結んで華々しくデビューを飾るモデルもいます。メゾンは、コレクションのイメージにしっかり合致していることと、そのモデルが他ブランドにも起用されることを見越して、独占契約を提案するのです。最近では、「ジバンシィ(GIVENCHY)」のエクスクルーシブとしてパリコレデビューを飾ったイリアス・ループマンス(Ilias Loopmans)が一例です。彼は2001年生まれで、ベルギーのアントワープが拠点。モデルとしてのデビューは、21年4月に「グッチ(GUCCI)」が映像で発表したアリア・コレクションでした。今季は「1017 アリックス 9SM(1017 ALYX 9SM)」のランウエイと、「ドリス ヴァン ノッテン」の映像で彼の姿を見ることができます。細身の体に中性的な顔つきが、ジェンダーニュートラリティをうたう昨今のファッション業界を象徴しています。
「ジバンシィ」のショーで彼を見た時は、天使が舞い降りたのかと思うくらい美しさに圧倒されました。本人は、「ベルギーの田舎で育った普通の僕が、美しい洋服を着て、カメラのフラッシュを浴び、コレクションの一部になるなんて信じられない」と照れくさそうに笑います。地元の音楽フェスでスカウトされてモデル業を始めるまでは、何度スカウトされても「僕なんて」と真に受けていなかったそうです。
「グッチ」での初めての仕事は、一人で海外へ行くことや撮影など初めてづくしでホームシックになったのものの、今では遠出にも楽しみを見出せているそうです。その「グッチ」の撮影で染めたプラチナブロンドのヘアが彼のチャームポイント。今も通っている大学では歴史を専攻しており、「グッチ」と「ザ・ノース・フェイス(THE NORTH FACE)」のコラボ第2弾の撮影でアイスランドを訪れた際は、美しいロケーションを堪能し、国の歴史を探って楽しみました。「モデルの仕事は、求め続けられる限りは全力を尽くしたいんだ。でもこの状態が続かないのは分かっている。だから今は楽しみながら続けたい」と冷静なコメント。同時に、将来の夢は歴史の教授になることだと教えてくれました。学問の道を進むのか、モデルとしてさらに羽ばたくのか、天使の行く末に期待しています。