“売らない小売り”の先駆け的な存在、「ベータ(b8ta)」を日本で運営するベータ・ジャパン(北川卓司代表)は4月27日、埼玉・越谷のイオンレイクタウンに4店目となる常設店を出店する。同社は先日、第3者割当増資による累計6億円前後の資金調達も発表。一方で気になるのが、「ベータ」発祥の地である米国の事情だ。米国はコロナ禍による客数減の打撃が大きく、22年2月をもって「ベータ」は全店閉店している。日本では百貨店を中心に“売らない小売り”への新規参入が目立つが、米国の潮流を受けて「“売らない小売り”のブームは既に終わった」という声もある。ベータ・ジャパンは今後どのような展望を描くのか。北川代表に聞いた。
※「ベータ」は2015年に米サンフランシスコ郊外のパロアルトに1号店をオープン。日本上陸は20年8月で、新宿、有楽町に同時出店した。一部商品は在庫を持ちその場で販売もしているが、売ることを店の主目的とはせず、出展スペースを月額使用料で企業やブランドに提供するビジネスモデルを採っている。越谷店は49センチ×98センチ四方のスペースが月額30万円。テスター(店頭スタッフ)の雇用や教育は出展企業ではなく「ベータ」が担う。「ベータ」は店内カメラで収集した客の行動データやテスターが集めた声を出展企業にフィードバックする。
WWD:まずは新店の話から。4号店の出店先に越谷のイオンレイクタウンを選んだ理由は。
北川卓司ベータ・ジャパン代表(以下、北川):大阪や福岡などへの出店も検討したが、東京の本社が店舗を運営することを考え、都心から1時間以内で行ける横浜、川崎、越谷などが最終的な候補だった。イオンレイクタウンは圧倒的なトラフィック(集客、店舗前交通量)があり、客層が30〜40代のファミリー中心で「ベータ」の既存3店とは異なる。「スターバックスコーヒー(STARBUCKS COFFEE)」と同じ区画内にオープンできることも大きな決め手となった。トラフィックは全店の中で越谷店が一番多くなるかもしれないと期待している。
WWD:3号店の渋谷店では“食”にフォーカスし、試飲試食を打ち出した。越谷店の注力ポイントは。
北川:渋谷店の試飲試食は非常に好評で、モノではなく体験を打ち出すことに手応えを得ている。食との関連で渋谷店に調理家電などが出展すると、「実際に試してみたい」という声がお客さまからは非常に多かった。それを受けて、越谷店ではもう一歩踏み込んでライブキッチンを設けている。コロナの状況を見ながらにはなるが、順次お客さまがライブキッチンで家電を実際に使えるようにしていく。さらに、家電のレンタルサービスを手掛けるレンティオと3月に業務提携しており、越谷店ではレンティオを通して気に入った調理家電はその場でレンタルを申し込めるようにした。“売らない小売り”には百貨店などさまざまな企業が参入し、既にコモディティー化している。競合他社との差別化として、ライブキッチンの設置やレンタルサービスとの提携が次の一手になると考えた。また、越谷店では同区画の「スターバックスコーヒー」やイオンモール、りそなグループとも共同で、さまざまなイベントを実施していく予定だ。
WWD:20年8月に新宿、有楽町に出店し、渋谷店を出店したのは21年11月。そこから越谷出店までは約半年と短かった。今後もこのスピードで出店を続けるのか。
北川:以前から発表している通り、常設店の数は25年時点で8〜10店をイメージしている。4号店の出店スピードに関しては、社内からも「少し早過ぎるのではないか」という声はあった。確かに現状の社内の人材リソース(ベータ・ジャパンとして社員数40人強)を考えると、半年に常設店を1店出店するというのは少しスピードが早い。まずは1年に1店といったペースで進め、調達した資金も生かしてチームメンバーが増えていけば、半年に1店のペースで出店していきたい。22年中の新規出店は越谷のみだが、ポップアップストアは2〜3拠点で行う予定だ。越谷で運営が滞りなく進むことを確認できたら、今後は東京からさらに離れた地域への常設店出店も検討したい。
WWD:ベータ・ジャパンとして、アジア諸国への出店も目指すと公言している。
北川:23年中に、タイ、台湾、韓国でまずはポップアップストアを予定している。既に現地のデベロッパーとの交渉も始めている。出展は現地ブランドと日本ブランドをミックスし、現地ブランドが日本市場に進出する際の足がかりにもなれればと思っている。
「本国の全店閉店による日本事業への影響はない」
WWD:最大23店を運営していた米本国は、22年2月をもって全店閉店した。どういった経緯があったのか。
北川:日本の1号店、2号店のオープン翌月である20年9月には、(コロナ禍により来店客数の回復が見込めない本国側の要請を受けて)本国との資本関係を解消し、日本国内での商標・ソフトウエアの使用について本国にライセンス料を支払う形に切り替えていた。21年12月には商標権とソフトウエアのライセンスを独占的に取得して本国から独立した。つまり、日本のお客さまが「ベータ」として認識している店やサービスは、ベータ・ジャパンが作り上げてきたものであり、本国の全店閉店による日本事業への影響はない。車社会である米国は、コロナ禍で来店客数が平均で50〜70%も減っていた。また、本国では来店客数に応じて出展料を決める歩合制モデルも導入しており、そこも痛手となった。日本は出展料を固定しており、その点も米国とは異なる。
WWD:米国での全店閉店が報じられた際、「“売らない小売り”のブームは既に終わった」という声も出た。そういった声に対してはどう思うか。
北川:本国の状況からそういう意見が出るのも当然かとは思う。しかし、車社会の米国、電車社会の日本(の主要都市)というように、米国と日本では与件が異なる。米国で頓挫したからといって日本も同様になるとは言えない。日本は家電量販店を例にとっても、非常にプレーヤー(企業数)が多く、店舗数も多い。実店舗の利便性が消費者に受け入れられている。コロナ禍を背景にECが盛り上がったからといって、実店舗が突然、全てECに置き換わるということはない。その点もECの比重が劇的に高まっている米国とは異なる。日本の商業施設の全テナントが、われわれのような売ることを主目的にしない小売りになるといった未来は考えられないが、施設内の1、2個のテナントがそうなる可能性は十分にある。商業施設にはポップアップスペースが何箇所かあるが、それを切り替えていくという流れは日本国内で進むと思っている。
WWD:6月末までで完了する計6億円の資金調達を生かして、“売らない小売り”のビジネスモデル自体を他社に売っていく事業案も発表している。
北川:国内で「ベータ」を今後何十店舗も出店できるかというと、それは難しい。商業施設などが運営するポップアップスペースの裏側の運営をわれわれが担うなどし、他社が「ベータ」のようなRaaS(Retail as a Service、サービスとしての小売り)を容易にスタートできる仕組みを整えて事業化していくことで、ベータ・ジャパンのビジネスが加速する。一見、商業施設が運営しているポップアップスペースのようで、実際は「ベータ」の什器が入り、われわれの店頭データ収集・活用のシステムが動いているといったイメージだ。4月に完了したシリーズBファーストクローズの第3者割当増資では、東芝テックがリードインベスターとなった。POSシステム大手で多数の企業顧客を抱え、システムの保守にも長けた同社と組むことで、こうした新事業がスムーズに進められると考えている。
WWD:百貨店なども“売らない小売り”に続々参入している。百貨店は接客力が強みであり、自店舗内に出店するため家賃もかからない。そうした競合に対し、改めて「ベータ」の強みは何か。
北川:競合の中で多店舗展開できているのは、現状「ベータ」のみだ。競合との差別化として、繰り返しになるが越谷の新店ではライブキッチンを導入したり、家電レンタルサービスと組んだりしている。また、われわれも接客力はオープン時から強みとしている。イベントなどに「ベータ」のテスター(店頭スタッフ)を派遣してほしいという声も商業施設から多数寄せられている。現状ではスタッフ数が限られるので全て断っているが、そのような人材派遣業ももしかしたら将来的に可能性があるのかもしれない。そういったアイデアも含め、日本ではまだまだ事業の可能性が多くあると思っている。