ロンドン・ファッション・ウィーク(London Fashion Week以下、LFW)は、各都市のファッション・ウイークの中でも、特に若手デザイナーの支援に力を入れている。2022-23年秋冬シーズンでも、世界的デザイナーを多くの輩出してきた名門セント・マーチン美術大学(Central Saint Martins)やロンドン・カレッジ・オブ・ファッション(London College of Fashion)出身者がショーやプレゼンテーションを行った。ロンドンにはさまざまな人種や国籍の人々が集っているだけあり、若手デザイナーも国際色豊かだ。現地取材で見た、今注目の新進気鋭なデザイナー4人を紹介する。
ランジェリーをデイリーに解釈
「ネンシ ドジョカ」
2021年度の「LVMHヤング ファッション デザイナー プライズ(LVMH YOUNG FASHION DESIGNER PRIZE)」で、審査委員の全会一致でグランプリを受賞したのが「ネンシ ドジョカ(NENSI DOJAKA)」だ。LFWによる若手サポートを目的とした「ニュージェン(New Gen)」プロジェクトで、2回目となる単独ショーを開催した。デザイナーのネンシ・ドジョカは、1994年にアルバニア共和国で生まれ、イギリスで育った。セント・マーチン美術大学とロンドン・カレッジ・オブ・ファッションで学位を修め、20年にブランドを立ち上げた。ランジェリーからインスパイアされたスリップドレスがシグネチャーで、特にZ世代から熱視線を注がれている。
今季も女性の体をキャンバスに、スパゲッティストラップを巧みに交差させ、素肌と布地の対比で魅惑的なムードを放っていた。ブラトップを備えたボディコンシャスなドレスを変わらず基盤としつつ、過去3シーズンよりもレースやチュールといったシアーな素材を控え、代わりにべルベットやレザーなど厚手の生地で日常的なドレスを提案。ドジョカはショー後のバックステージで「ブランドのコンセプトをデイリーウエアに拡張していきたい」と語っていた。
アウターはテーラードジャケットに加えてダウンジャケットが登場。ウエストをストレッチ素材に切り替えて、女性の曲線的なラインを強調するデザインに仕上げた。初となるシューズは、「メゾン マルジェラ(MASION MARGIELA)」や「ドリス ヴァン ノッテン(DRIES VAN NOTEN)」のシューズを生産する、イタリアの工場カンパニー(Compan)に依頼した。ドレスのスパゲッティストラップを足元に引用し、足の甲で細いレザーのストラップを交差させるローヒールのサンダルを制作した。
卸先はすでに、世界中に40アカウント以上を抱えている。今後は顧客とバイヤーからの声を汲み取り、ビジネス面での成長が期待される。
牧歌的なスポーティーウエア
「ロビン リンチ」
アイルランド出身の28歳、ロビン・リンチ(Robyn Lynch)はイギリスの国立大学ウエストミンスターでメンズウェア・デザインを専攻した。その後、アイルランドで最も古い美術大学アート&デザイン(National college of art and design)でテキスタイルを学び、自身の名を冠したブランドを19年秋冬シーズンにデビューさせた。
故郷の歴史や文化を着想源に、アイルランド伝統のケーブルニットを使ったクラフト感のある温かみと、スポーティーな要素を組み合わせたリアルクローズが特徴だ。今季はスポーツブランド「コロンビア(COLOMBIA)」の支援を受けて、デッドストックをアップサイクルしたアウターがメインだ。手法として新しくはないものの、フューチャリスティックな仕上がりで、懐かしくも新鮮な印象を受けた。ダウンジャケットで約9万円、ナイロンのショーツで約3万5000円という価格帯も魅力である。
現在は世界で9店舗の小売店と取引しており、日本では原宿のカンナビス(Cannabis)と大阪の082+で取り扱われている。
インドの要素を色彩豊かに
「スプリヤ レーレ」
2017年創立の「スプリヤ レーレ(SUPRIYA LELE)」も、「ニュージェン」プロジェクトでショーを行った1人だ。インド人の両親のもと、イギリスで生まれ育ったデザイナーのスプリヤ・レーレ(Spriya Lele)は、ロンドンにある国立大学ロイヤル・カレッジ・オブ・アート(Royal College of Art)出身で、20年の「LVMHプライズ」ではファイナリストに選出。自身のルーツであるインドの民族衣装と、サリーの布地を使ってドレープを利かせたデザインが特徴である。
今シーズンも、艶やかな生地とシアーな素材で、女性の体のラインを美しく見せるアイテムが豊富だった。マイクロミニやローライズのパンツなど、Y2Kの要素をミニマルなルックにさりげなく差し込み、Z世代の等身大のデザインとして提案した。
また、今季のコレクションは彼女の優れた色彩感覚が生かされていた。各ルックの色の組み合わせや、コレクション全体の配色の足し引きのバランスが良く、センスを感じさせた。インドのファッションといえば刺しゅうや柄物などの派手な装飾をイメージだが、大判の巻物を巻いたり捻ったりして体を包む、服の構造自体に着目している点が面白い。ショーにはヴィクトリア・ベッカム(Victoria Beckham)も来場していた。
ウルトラマンやゴジラに着想する
「チェット ロー」
LFWの楽しみの一つが、突飛でコンセプチュアルな若手の創造性を見られること。今季は若手の合同ショー、ファッション・イースト(Fashion East)で2回目となるランウエイショーを行った「チェット ロー(CHET LO)」のハッピームード満点の世界観に魅了された。
アジア系アメリカ人のチェット・ロー(Chet Lo)は、ニューヨークで生まれ育ち、セント・マーチン美術大学でニットウエアデザインを学んで2020年に卒業した。「プロエンザ スクーラー(PROENZA SCHOULER)」と「メゾン マルジェラ」でインターンを経験し、卒業後に自身の名を冠したブランドを立ち上げた。
ローは、日本の漫画、特にゴジラとウルトラマンに着想を得るという。今季はパステルカラーのメルヘンなカラーパレットで構成。オリジナルで制作したゴジラの肌のようにとがったニット生地は、体に吸い付くように密着し、女性特有の曲線美を描き出す。素肌を見せるカットは官能的なシルエットながら、色と質感はソフトとハードの対極の要素を合わせ持ち、ローは「レイブと少女の美学の融合」と表現した。ランウエイを幻想的な空気へと一変させたのは、綿菓子のような質感のアウトラインがぼやけるフェイクファーやフェザーの装飾。センシュアルな西洋の美と、無垢で愛らしい東洋の美、フェミニティに付随する二つの異なる美学をシームレスに表現していた。