ファッション

「ウェールズ ボナー」が軽やかに解き放つアイデンティティー ピッティで見せたアフリカンクラフトの新解釈

 2023年春夏シーズンのコレクションサーキットが開幕した。先陣を切ったのはロンドン・ファッション・ウイークだ。実質2日間のスケジュールに、デジタルとリアルを合わせて約25ブランドが参加した。リアルでショーを開いたのは、「アルワリア(AHLUWALIA)」や「ロビン リンチ(ROBYN LINCH)」「ラブラム(LABRUM)」といった発展途上の若き才能たち。ナイジェリアとインドにルーツにまっすぐ向き合う「アルワリア」、アイルランドの伝統を継承する「ロビン リンチ」、西アフリカ・シエラレオネのプリミティブな文化を世界に伝える「ラブラム」と、それぞれの出自が軸となるクリエイションを披露した。ショーはにぎわっていたものの、多くの人が共感できるクリエイションにはまだ至っていなかった。アイデアは面白いが、誰に向けてのコレクションなのかが分かりづらかった。仲間のために作っているならば、ファッション・ウイークになんて参加しなくてもいいはずだ。ここからワンランク上がって世界に出るためには、王道に踏む込む勇気と、それでもブレないアイデンティティーを両立させる必要がある。

 そのバランスがとれた快心のクリエイションを披露したのが、彼らと同じロンドン発の「ウェールズ ボナー(WALES BONNER)」だった。同ブランドは、ロンドンの後にイタリア・フィレンツェで開幕したメンズ見本市「ピッティ・イマージネ・ウオモ(PITTI IMMAGINE UOMO)」にゲストデザイナーとして参加。初日の14日に、メディチ リッカルディ宮で23年春夏のショーを開催した。「ウェールズ ボナー」がロンドン・コレクションで発表し始めた当時も、強すぎるアイデンティティーがゆえに近寄りがたい印象だった。メンズウエアの伝統であるテーラリングをベースに、バランスを変え、ブラックカルチャーにオマージュを捧げるクリエイションは、決して万人受けするものではなかった。よく言えばストイック、しかしファッションビジネスは結果を出してこそでもある。ただ数年前から徐々にそのとっつきづらさが和らぎ、王道を取り入れたクリエイションへと変化していった。

クラフトと洗練されたテーラリングのミックス

 23年春夏シーズンは、クラフトに焦点を当てた。シルエットに緩急をつけたテーラリングを中心に、ブルキナファソで手染めしたジャージーやコットンを使ったり、ガーナのガラスビーズ、ロッククリスタル、バロックパールで飾ったりと、メンズとウィメンズのほぼ全てのスタイルに工芸のディテールを盛り込んだ。「アディダス オリジナルス(ADIDAS ORIGINALS)」との新しいコラボレーションシューズにも、マクラメのディテールやハンドステッチを施した。ボナーは「私にとってクラフトの要素は本当に重要な部分であり、ブランドの使命でもある」と話した。

 アフリカのクラフトに敬意を込めながらも、スタイルは軽やかだった。メンズはスーツにスタッズをちりばめ、丸いラペルのタイトなジャケットに、パンクなアクセサリーや、レオパード、ゼブラ、パイソンといったアニマルパターンのシューズを組み合わせ、まるで1950年代のロックスターのようなムードを感じさせた。ウィメンズはローウエストのラップスカートにシャツを合わせたり、マクラメ編みのワンピースを素肌の上にまとってミリタリーディテールのジャケットを羽織ったりと、ユニホーム要素を取り入れたカジュアルな提案が魅力的だった。

 会場のメディチ リッカルディ宮は、黒人との混血といわれているアレッサンドロ・デ・メディチ(Alessandro de Medici)が住んでいた宮殿だ。その場所にガーナ人アーティストのイブラヒム・マハマ(Ibrahim Mahama)が、母国からココアを輸出するために使われていた手縫いのジュートサックを床に敷くインスタレーションで、世界の人々に結束を訴えるメッセージを発信した。ボナーのアイデンティティーや黒人文化への敬意の深さは、今回も一貫していた。しかし、それを押し付けるのではなく、王道のスタイルに乗せて軽やかに解き放つ手腕が際立った。

 ロンドンは、若手デザイナーにスポットが当たっては消え、また別のデザイナーに当たっては消えていく流れを繰り返してる。だから「ウェールズ ボナー」の成長は、今の若手にとって大きな道しるべになるだろう。グレース・ウェールズ・ボナーがメゾンのデザイナーとして声がかかる日も、そう遠くないのではと期待させるコレクションだった。

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