ニューヨークのメトロポリタン美術館(The Metropolitan Museum of Art 以下、MET)は2023年2月20日まで、企画展「着物スタイル:ザ ジョン・C・ウェバー コレクション(KIMONO STYLE:THE JOHN C. WEBER COLLECTION)」を開催している。日本美術の著名なコレクターであるジョン・C・ウェバー(John C. Weber)氏から「銘仙」など40点の近代着物が寄贈されることを記念した同展では、男性用や子ども用を含む60点を超える着物をはじめ、日本のデザイナーが手掛けた服、西洋のクチュール、テキスタイル、日本画、版画、装飾美術品などを展示。着物と西洋のファッションとの芸術的な交流に焦点を当て、江戸時代後期から明治時代にかけて、着物が日本女性のライフスタイルに合わせて変化していく様子をたどっている。
一般的によく知られている日本の織りや染め、刺しゅうの技法は、江戸時代に芸術的な頂点に達した。しかし、当時のファッションは社会統制により自由に選択できるものではなく、衣服に金や高価な技術を使うことは徳川幕府によって規制されていた。さらに、着物は着用者の身分を象徴するものでもあった。同企画展を担当したMETのモニカ・ビンチク(Monika Bincsik)=ダイアン&アーサー・アビー日本工芸アソシエイト・キュレーターは、「日本の着物は、ファッション」だとし、「私たちは、着物が美しく作られているために、アートと考えることがある。しかし、日本には17世紀までさかのぼるファッションシステムがあった。欧米ではあまり知られていないけれど、彼らはトレンドの柄や色を取り入れていた。着物は5〜10年すると流行遅れになってしまったため、特権階級の武士や裕福な商人の妻であれば、新作を必要としていた」と説明する。
明治時代に入ると、洋服が日本に紹介されると同時に、近代化と社会の変化などによって、より多くの女性が絹の着物を手にすることができるようになった。そして、1920年代には、手頃な絹製の既製着物「銘仙」の需要が高まり、欧米の百貨店をモデルにした三越呉服店などで販売された。そのデザインは、西洋美術や文化の影響を強く受けているのが特徴だ。例えば、夏用着物を彩る緑と白の渦巻き模様は、当時の前衛的な芸術運動であったアール・デコを反映。さらに、30年代の大きな市松模様の銘仙はピエト・モンドリアン(Piet Mondrian)の絵画から着想を得たもので、「日本人がいかに早く、こうした芸術的なアイデアを取り入れたかを示している」という。
西洋のデザイナーズファッションへの影響
ビンチク=キュレーターによると、「三宅一生や山本耀司ら着物に影響を受けた国際的な日本人デザイナーもいるが、西洋のファッションに着物が影響を与えたのは、16世紀にポルトガル人が来日して着物をヨーロッパに持ち帰ったことまでさかのぼり、着物から着想を得たモーニングドレスが作られるようになった」という。同展では、クリストバル・バレンシアガ(Cristobal Balenciaga)やマドレーヌ・ヴィオネ(Madeleine Vionnet)、ポール・ポワレ(Paul Poiret)、森英恵から、「コム デ ギャルソン(COMME DES GARCONS)」の川久保玲、「メゾン マルジェラ(MAISON MARGIELA)」のジョン・ガリアーノ(John Galliano)、トム・ブラウン(Thom Browne)までの作品を通して、着物が新しいモチーフやシルエットのインスピレーションを与えるきっかけとなった例を見ることができる。例えば、ポワレが1919年に制作した“パリ”コートは、着物のようにカッティングを最小限に抑えた4.5メートルのシルクベルベット1枚で作られたもの。「当時流行していた砂時計型のシルエットに対抗して、ポワレは女性をコルセットから解放した。着物は、20世紀初頭のフランスで発展した新しいアヴァンギャルド・クチュールにおいて、とても重要な役割を担っていた」と彼女は話す。
会場に展示されている着物は、18世紀後半から20世紀初頭までのものだが、「西洋の美意識やスタイルに触発された現代のデザイナーたちのおかげで、着物の永続的な影響は今日のファッションにも見られる」とビンチク=キュレーター。若手の着物デザイナーはデニムやストリートウエアの要素を取り入れる一方で、洋服のデザイナーは着物のシルエットやアイデアに大きな影響を受け続けているという。展覧会を締め括る2つの作品は、それを象徴するものだ。ガリアーノが「メゾン マルジェラ」の2015-16年秋冬オートクチュール・コレクションで披露したラベンダー色のコートドレスは、着物から着想を得たデザインの袖があしらわれ、帯にインスパイアされた背中の青いリボンで仕上げられたデザインが特徴的。また、川久保が「コム デ ギャルソン」の18年春夏コレクションで発表した少女漫画風デザインのアンサンブルには、着物のシルエットやラインの影響が垣間見える。