世界最大級のスポーツの祭典、2022年FIFAワールドカップ・カタール大会が、11月20日から12月18日まで開催される。W杯がいくら世界最大のスポーツの祭典といえど、普段サッカーを見ない人には試合観戦は退屈かもしれない。そこで、サッカーファンでなくともW杯を少しでも楽しんで観戦してもらいたく、出場国のユニホームにまつわる小話を短期集中連載で紹介する。第3回目は、サッカー王国ブラジル代表と、ディフェンディング・チャンピオンのフランス代表をピックアップする。
悲劇を忘れるためのカナリア色
W杯はこれまで、1930年ウルグアイ大会から2022年カタール大会まで22大会が開催されており、世界で唯一全大会出場という偉業を成し遂げているのがブラジルである。優勝回数は1958年スウェーデン大会、62年チリ大会、70年メキシコ大会、94年アメリカ大会、2002年日韓大会の5回で、これも世界最多だ。特に、“サッカーの王様”ことペレ(Pele)が活躍した1970年メキシコ大会と、リバウド(Rivaldo)やロナウド(Ronaldo)、ロナウジーニョ(Ronaldinho)らを擁した02年日韓大会では、グループステージで引き分けすらない全試合90分以内での勝利で全勝優勝しており、誰もが認める“サッカー王国”の地位を不動のものにしている。
ユニホームは、本連載の第1回目と第2回目でも触れている“ナショナルカラー”に準じ、国旗に使用しているイエローをベースに、グリーンがアクセントカラーのデザインだ。このイエローが小鳥カナリアを想起させることから、ブラジル代表は“カナリア軍団”と形容されることが多い。だが、1919〜50年はホワイトベースのユニホームだった。
カラーがガラリと変わったのは、自国開催となった50年ブラジル大会がきっかけだ。同大会でブラジル代表は決勝に進出し、初優勝に王手をかけるも、ウルグアイ代表にまさかの逆転負け。あまりのショックから、会場では失神者が続出するだけでなく、2人がショック死し、自ら命を落とすサポーターも現れるなど、“マラカナンの悲劇”としてブラジルサッカー史上最大の事件となってしまった。この悲劇以降、ブラジル代表はユニホームにホワイトを使用することを避け、現在のカラーリングに変更したのである。
1997年以降は「ナイキ」がユニホームを担当
サプライヤーは、54年から77年までブラジルの代表的スポーツブランド「アスレタ(ATHLETA)」が手掛けており、現在のカラーリングを根付かせたのも同ブランドによる功績が大きい。その後、「アディダス(ADIDAS)」とブラジルのスポーツブランド「トッパー(TOPPER)」、90年代の「アンブロ(UMBRO)」を経て、97年以降は「ナイキ(NIKE)」が担当している。「ナイキ」以前のデザインは、ブラジルやブラジルサッカー連盟(CBF)の英字を前面にプリントしたり、透過したCBFのエンブレムを何重にも重ねたりと、南米らしい遊び心溢れるユニホームだったが、「ナイキ」以降はシンプルでスタイリッシュに路線変更している。
しかし、2022年カタール大会に挑む最新ユニホームは大胆なデザインを採用。伝統のカナリア色はそのままに、ボディにはジャガーをイメージしたという柄を落とし込み、袖と襟のグリーンにも幾何学模様をグラデーションで彩るなど、かつての遊び心が復活している。そして、左胸にあしらったCBFのエンブレムの上には、5度の優勝を意味する星が輝く。
伝統的なブルーとおんどりのエンブレム
W杯で優勝経験があるのはわずか8国で、そのうちの1国がディフェンディング・チャンピオンのフランス代表だ。優勝回数は前回の18年ロシア大会と、ジネディーヌ・ジダン(Zinedine Zidane)らを擁した自国開催の1998年フランス大会の2度。W杯には14回出場しており、ヨーロッパでは珍しく第1回大会にも参加している。これは、フランスサッカー連盟(FFF)の元会長であるジュール・リメ(Jules Rimet)が、国際サッカー連盟(FIFA)の元会長としてW杯を立ち上げたからだ。ちなみに、W杯の初ゴールは当時フランス代表のリュシアン・ローラン(Lucien Laurent)が決めている。
ユニホームは、ブルー(藍色)を基調としたカラーリングを120年近く続けている。もちろん、これは“ナショナルカラー”のトリコロールに着想したもの。このことから、同国代表はフランス語でブルーを意味する“レ・ブルー(Les bleus)”が愛称だ。また、ナショナルカラーと同等か、それ以上に伝統的なものが、おんどりをモチーフにしたFFFのエンブレムである。おんどりは、紋章学において“戦いの準備や覚悟ができていること”を暗示する生物として古来よりモチーフとなってきただけでなく、フランス人の祖先であるガリア人を指すラテン語“Gallus”もおんどりを意味する。このことから、フランス国内では数百年以上にわたって男性を象徴するものとして認識されているのだ。
最新ユニホームは“世界王者”らしいシンプルなカラーリング
W杯初優勝を決めた1998年フランス大会のサプライヤーが「アディダス」だったように、フランス代表のユニホームは72年から2010年まで40年近く同ブランドが手掛けていた。このため、“レ・ブルー”にスリーストライプスの印象を抱いている人が多いかもしれないが、「アディダス」以前は20年以上にわたって「アレンスポーツ(ALLEN SPORTS)」が担当し、FFFと同じくおんどりをロゴに掲げるフランスのスポーツブランド「ルコックスポルティフ(LE COQ SPORTIF)」が制作していたこともある。そして、2011年から現在に至るまでは「ナイキ」がサプライヤーの座を獲得している。
「アディダス」期の“レ・ブルー”は、これぞファッション大国と言わんばかりのデザイン性だったが、「ナイキ」期では一変。ブラジル代表と同じく“審判の視認性を確保するため”などの理由から、極シンプルかつクラシカルなデザインとなっている。それでも、2000年代以降に他国が軒並み襟なしユニホームへと移行する中、定期的に襟付きユニホームを採用している点はさすがと言ったところだ。
最新ユニホームは、ブルーよりもネイビーに近い色味のボディに、ゴールドでスウッシュとFFFのエンブレムをあしらい、“世界王者”を象徴するかのようなシンプルなカラーリングに仕上げている。一見すると無駄を省いたミニマルな1着だが、よく見るとボディや袖口に“強さ、連帯、平和”を意味するナラの葉とオリーブの枝をデザインしているのも実にフランスらしい。なお、アウェイユニホームには、おんどりや凱旋門、クレールフォンテーヌ(国立サッカー養成所)といった、フランスや代表選手たちにとってなじみ深いグラフィックを総柄で落とし込んでいる。
連載の第4回目は、“サッカーの母国”ことイングランド代表と、2大会ぶりの出場でリベンジに燃えるオランダ代表をピックアップする。