世界最大級のスポーツの祭典、2022年FIFAワールドカップ・カタール大会が、11月20日から12月18日まで開催される。W杯がいくら世界最大のスポーツの祭典といえど、普段サッカーを見ない人には試合観戦は退屈かもしれない。そこで、サッカーファンでなくともW杯を少しでも楽しんで観戦してもらいたく、出場国のユニホームにまつわる小話を短期集中連載で紹介する。第4回目は、“サッカーの母国”ことイングランド代表と、2大会ぶりの出場でリベンジに燃えるオランダ代表をピックアップする。
王室紋章にも登場する“スリーライオンズ”が愛称
イングランド代表は、サッカー発祥の地として古くから強豪国として知られているが、実はW杯の優勝は自国開催だった1966年イングランド大会の一度のみ。さらに、ベスト4進出も66年イングランド大会(優勝)と90年イタリア大会(4位)、2018年ロシア大会(4位)の三度で、優勝5&準優勝2のブラジルや、優勝4&準優勝4のドイツ、優勝4&準優勝2のイタリアなどの後塵を拝する結果に終わっている。また、初回大会の1930年ウルグアイ大会から38年フランス大会までは不参加だったため、意外なことに初参加は第二次世界大戦後の第4回大会である50年ブラジル大会。74年ドイツ大会と78年アルゼンチン大会、94年アメリカ大会では欧州予選で敗退しており、出場回数も全22回の大会中、16回に留まっている。
ユニホームは、白地に赤い十字の国旗“セント・ジョージ・クロス”と同じくホワイトがベースで、アクセントカラーにレッド、もしくはネイビーやブルーを用いることが多い。ホワイトをベースにするのは、1872年に行われた世界初の公式国際試合(相手はスコットランド)から続く伝統で、2022年で150年目を迎えた。
そして、イングランド代表は“スリーライオンズ”の愛称で親しまれているのだが、これには歴史が深く関係している。端的に説明すると、12世紀のプランタジネット朝のイングランド王国で初代国王に就いたヘンリー2世(1133~1189年)が、イングランド王室紋章のモチーフにライオンを採用したことがきっかけだ。続く第2代目の“獅子心王”ことリチャード1世(1157~1199年)は、モチーフとなるライオンのデザインを1頭から3頭に変更すると(理由は諸説あり)、これが現在も国章の一部として引き継がれるほど浸透していった。その結果、イングランドサッカー協会(フットボール・アソシエーション)も、リスペクトを込めて3頭のライオンが並ぶエンブレムを制作し、それを胸に戦う同国代表は“スリーライオンズ”と呼ばれるようになったのだ。
ちなみに、1996年にUEFA欧州選手権(EURO)がイングランドで開催された際、リヴァプール出身のバンド、ライトニング・シーズ(Lightning Seeds)が、デイヴィッド・バディエル(David Baddiel)とフランク・スキナー(Frank Skinner)という2人のコメディアンを迎えた同国代表の公式アンセム「Three Lions」を制作。サポーター目線で書かれた心をつかむリリックと歌いやすさから全英1位の大ヒットを記録し、現在も必ずと言っていいほど試合前に会場やパブで歌われている。
長らく続いた「アンブロ」製から「ナイキ」製に
イングランド代表のユニホームを語るうえで、同国のスポーツブランド「アンブロ(UMBRO)」との関係は切っても切り離せない。「アンブロ」は1924年の設立以降、各地でプロアマ問わずサッカークラブの御用達ブランドとなり、54年に初めて代表チームのユニホームも担当。その後、「バクタ(BUKTA)」や「アドミラル(ADMIRAL)」といった他ブランドを挟む時期があったものの、2012年まで60年近く代表チームをサポートし続けていた。しかし、07年に「アンブロ」を買収したナイキ(NIKE)が、12年にアメリカのイコニックス・ブランド・グループに同ブランドを売却。翌年から「ナイキ」が代表チームのユニホームを手掛けることになったのである。
2022年カタール大会に挑む最新作は、1992年と96年のユニホームにインスピレーションを得て制作。ホワイトをベースとする伝統は変わらず、アクセントカラーは前作のネイビーから濃淡のあるブルーに変わった。襟から肩にかけては鮮やかなグラデーションになっており、目を凝らすとスリーライオンズの“アグレッシブな爪跡”を表現したという、切り裂かれたようなホワイトのグラフィックを施している。選手の着用時には見えないが、首元の内側には“3LiONS”の文字が隠されているのもポイントだ。
王家の名前に由来するオレンジがナショナルカラー
続いては、世界屈指の強豪国であるオランダ代表について。国際サッカー連盟(FIFA)が1993年から発表している世界ランキングにおいて、これまでブラジルとドイツ、イタリア、アルゼンチン、フランス、スペイン、オランダ、ベルギーの8カ国のみが1位を経験しており、その中でベルギーと共にW杯の優勝経験がないのがオランダである。W杯には、2022年カタール大会までに10度の出場経験があり、そのうち決勝に駒に3度進んでいるものの、いずれも準優勝に終わっている。そして、前回の18年ロシア大会は予選敗退という苦汁をなめており、8年ぶりの今大会に懸ける思いは強いはずだ。
ユニホームのメインカラーには、日本と同じく国旗や国章に使用されていないオレンジを長らく採用し続けている。背景には、本連載の第2回目で取り上げたドイツと同じく、国史が絡んでいる。16世紀にオランダの独立と発展に貢献した初代君主ウィレム1世(1533~84年)の家系で、現在も王家として統べているオラニエ=ナッサウ家の“オラニエ”は、英語でオレンジを意味する。同時に、ウィレム1世が独立時に掲げていた三色旗“プリンスの旗”もオレンジ・ホワイト・ブルーで構成。現在のオランダ国旗が制定される前からオレンジがナショナルカラーとして国内に根付いていたため、代表チームも身にまとっているのである。
なおオランダサッカー協会(KNVB)は、1904年のFIFA創立に携わった8協会のひとつで、イングランドサッカー協会と同じく、エンブレムにライオンのモチーフを取り入れている。KNVBは1頭のライオンが王冠を被ったデザインで、オラニエ=ナッサウ家の紋章に由来したデザインだ。
欧州王者時代のユニホームに着想した「ナイキ」の最新作
サプライヤーは、1974年から90年まで「アディダス(ADIDAS)」が担当しており、この間に74年西ドイツ大会と78年アルゼンチン大会の2度のW杯準優勝と、88年の欧州王者という結果を残している。そのため、往年のサッカーファンはスリーストライプスやトレフォイルロゴのイメージの方が強いかもしれない。その後はイタリアのスポーツブランド「ロット(LOTTO)」を経て、1997年からは「ナイキ」がユニホームを手掛けている。
「ナイキ」とのサプライヤー契約25年目の節目の記念作で、2大会ぶりの出場に燃えるオランダ代表の最新作は、欧州王者に輝いた88年のユニホームに着想したシンプルなデザイン。ボディは光沢感があるゴージャスな雰囲気で、オレンジの濃淡で描く模様は“ライオンの毛並み”を表現している。