仏発フレグランス「ゲラン(GUERLAIN)」の5代目調香師であるティエリー・ワッサー(Thierry Wasser)の来日イベントが10月末、富山県の日本酒醸造所IWA(いわ)/白岩(以下、IWA)で行われた。IWAを創立したのは、「ドン・ペリニヨン(DOM PERIGNON)」の醸造最高責任者として28年に渡りメゾンを率いてきた醸造家のリシャール・ジョフロワ(Richard Geoffroy)。アッサンブラージュを取り入れた既成概念を覆す画期的な日本酒を提供している。ワッサーとジョフロワは20年来の友人で、今後もその友情が続くようにと、IWAでイベントが開催された。
富山駅から車で約1時間、合掌造りのモダン建築IWAの酒蔵がのどかな風景に現れた。酒蔵を建築したのは、ジョフロワの友人である建築家の隈研吾だ。入口を入ると、土間と呼ばれる広いサロンが広がっている。日本酒の醸造からレセプションまで1つの屋根の下で行えるようになっている。
秋の田園風景を背景に行われたトークショーでは、ワッサーとジョフロワが、「ゲラン」の最高級の素材を芸術へ昇華させる香水“ラール エ ラ マティエール”と、IWAの革新的な日本酒について語り合った。
厳選された原料とアッサンブラージュが鍵
香水の原料は花々が中心で日本酒は米。どちらも農産物が原料だ。ワッサーは、「『ゲラン』は誕生して約200年。19世紀に口紅をつくったメゾンだ。その発明のDNAが今でもクリエイションと結びついている」と話す。彼は、香水に使用される1100以上の原材料がつくられている世界各国へ原料を探す旅に出るという。IWAも同じで、伝統、そしてジョフロワが培ってきた経験を通してイノベーションを行っている。「IWA」は通常ブレンドしない日本酒の製造にブレンドを取り入れた革新的なブランド。ジョフロワは、「『IWA』の仕事の中心はアッサンブラージュ(ブレンド)だ。われわれの日本酒のクオリティーに一番関わる。その鍵となるものが、人の手でつくられる原材料なのだ」と話す。香水もさまざまな香料を組み合わせたコンポジション。調香=アッサンブラージュそのものだ。「調香とは、さまざまな香りをオーケストラのように組み合わせて音調をつくるようなもの。香りの違い、時間によって変化する香りを追求する」とワッサー。
利き酒vs 香りの比較
テーブルには「IWA」の製造年が違う日本酒が3種類。アッサンブラージュもそれぞれ変えている。「味よりも、バランスや香り、口の中の感覚が大切。横よりも垂直に広がる技巧的な味わいが重要。『IWA』独特の余韻が感じられるはずだ」とジョフロワ。3種類の日本酒の利き酒をしながら、彼の話に耳を傾ける。長年シャンパーニュ醸造に関わってきたジョフロアが日本酒作りを始めたのは、日本酒の持つ可能性と彼自身のクリエイティブなインスピレーションから。彼は、「子どものようにクリエイションする中で自由に遊ぶ時間を楽しむ、その気持ちが開花した」と話す。
ワッサーは、「パリで『IWA』の日本酒を試して、その香りのすばらしさに感動したことがある。この3種類の日本酒は、それぞれ違うパーソナリティーがある」とコメント。香水が日本酒と違うのは、毎回、同じ香りをつくらなければならない点だ。ワッサーは、「『IWA』はサプライズを求められるが、『ゲラン』の“シャリマー”の香りが変化すると問題だ」と話す。利き酒の次は、4種類のローズの香りの比較だ。ローズは香水の原料の一つでトルコやブルガリア、フランスなどで栽培されている。4種類のローズは全てブルガリアで栽培されたものだが、それぞれ香りが異なる。ワッサーは、「1番目は濃くウキウキする香り、2番目は力強くフルーティー、3番目はクールーでスパイシー、4番目は戸惑うやせ細った香り。年にもよるが、1kgのローズのエッセンスを抽出するのに3500kgの花が必要だ」と説明する。今年は、暑すぎたため、1kgのエッセンスをつくるのに4トンものバラが必要だったという。ワッサーは、「抽出や蒸留などいろいろな方法があるが、生物多様性や二酸化炭素排出量などに配慮しながら、製造方法を調整して最高の商品を作り出したい」とほほえんだ。